| ――貴方は、どうしてここにいるの・・・? 私の問いに、彼はしばらく私を見つめ、やがて穏やかに笑って答えた。 「私は・・・そなたが見ているこの姿は、私の意志だ。体は、遠い昔に失ってしまって いる」 彼の声は、想像していたよりも低く、落ち着きがある。それは彼が、見た目よりもずっ と長く生きているからに他ならない。 やはり、この人はエマソニルその人・・・の心なのだ。でも、いったい何故、私の前に 現れたのだろう。それに、ここはいったい・・・他の皆はどこへ? 次々に浮かんでくる質問に、私はきっと困惑した表情をしていたに違いない。エマソ ニルはまた少し笑みを見せたけれども、すぐに真顔に戻って・・・そして視線を虚空に向 けて、話をし始めた。 「よく来た。・・・ここは、この剣の力が作り出した世界。剣を手にすると、心だけ、ここに 来ることができる。・・・そなたは、窓に触れたから、ここに来れた。・・・あの紅い宝玉だ」 ということは、リオンやカインもまた、ここへ来たことになるのかしら・・・? エマソニルと、出会っている・・・。 「もちろん、そなたの知っている彼らも、ここへ来た。そして、今度はそなたが」 彼は、一瞬寂しそうな顔をしたが、すぐに元の表情に戻した。 「なぜ、私と話がしたいのだ」 エマソニルの言葉に、私は驚いた。どうして、彼がそのことを知っているのだろう。 目を丸くした私を見た彼は・・・呆れたのかもしれない・・・溜め息を吐いて、私の疑問に 答えてくれた。 「先ほどそなたが聞いていた声は、ほとんどが私のものだ。・・・そなたは、そのグラブを通 じて、私に話しかけていただろう」 言われて、私は自分の手にはめられたグラブを見つめた。 確かに先ほどまで私は、グラブで応戦しながら魔剣に話しかけていた。ということはつま り、これまでに時折聞こえた、魔剣の声だと思っていた声は、彼のもの・・・なのかしら。 私はエマソニルに、私はカインを魔剣の呪いから解いてもらいたくて、剣に向かって話 しかけていたことを説明した。それを聞いた彼は、少し首を傾げた。 「魔剣・・・・・・?この剣には、魔剣と呼ぶにふさわしい力はない。ましてや呪いなどは」 今度は私が首を傾げる番だった。じゃあ、いったいリオンやカインの不審な行動は、な んだったのかしら・・・? それに、当のエマソニルが魔剣のせいで死んでしまったのではなかったの・・・? 戸惑う私に気がついたのか、彼は私に訊いた。 「そなたは、この剣のことを、どのくらい知っているのだ」 私は、ディーンの日記を読んで知ったことと、カインやリオンから聞いて知ったことを話 した。 全て・・・といっても、そんなに多くのことではなかったけれども・・・を聞き終えて、エマ ソニルはしばらく遠くを見つめていた。 彼は瞑目し、やがて彼は話始めた。・・・何から話したらよいのかを、考えていたのか もしれない。 「強い力を手にすることで、同時に、背負わなければならないものがある。・・・それに気 が付く者は少なく、大抵はさらに強い力を求めようとする。・・・それが、結果として悲劇を 生む」 突然の難しそうな話に私は、話を聞き漏らさないように気をつけた。そして、最後の”悲 劇”という強い響きにたじろぎ、そしてふと思いついた。 その悲劇とは・・・もしかして、魔剣を手放したときに、次の所有者に殺されてしまうこと を言っているのかしら・・・。 思わず聞こうとした私を、けれども彼は制して先を続ける。 「この剣には、強い力がある。・・・手にした者を、滅ぼすほどの。人は、弱い。だからい つの時も、強い力を望む。この剣よりも、さらに強い力を追い求めようとする」 ――・・・・・・。 怖い。 私にはそのことが、とても怖いと思った。きっと、填まってしまうと、どんどん抜けること ができなくなってしまう。・・・でも、当人はそのことに気が付かない。 でもきっと、魔剣に殺されてしまったエマソニルは、殺される前から気がついていたのに 違いない・・・。 エマソニルは、深く頷いた。彼は、私の思ったことが分かったらしい。 「私はこの剣で、この国を作り、そして守ってきた。私の手にこの剣があった時も、手 から離れてからも、私は剣から目を離さなかった。・・・・・・この剣の力は、我々が想像 するよりも遥かに強い。・・・むしろ、この剣は力そのもので、剣の形を取っているだけ だと言った方が正しい」 ――・・・そう、それで、この剣は持ち主によって形を変える・・・。 一人ひとりの力の形は、皆違うから・・・。 エマソニルの話を聞いているうちに、なんとなく、魔剣がどういうものなのかが分かっ てきたような気がした。 「私は、この土地を・・・この国を、豊かなものにしたかった。そのためには先ず、この 土地を、皆を、守らなければならなかった。・・・だが国としてどんなに安定していても、 人の間に起こる争いがなくなることはなかった。・・・この国には、二つの種族が住ん でいるからだ」 悲しそうな彼の告白に、私はクリスの母親の話を思い出していた。 ・・・・・・時とともに、自分の位置を決めてしまったクリスとカイン。 あるいは、リオンとカイン。 「私は、なんとか解決したくて、力を尽くした。・・・必要なときには、剣を持って。だが、 私が角を持つ民だからなのか、争いはなかなか収まらない。そんな私の心に、ある時ふ と、不安が浮かんだ。・・・この剣よりも強い剣を持った者が現れたら、いったいこの国は どうなるのかと」 建国当初、この国が治まっていたのは、エマソニルの強い力で抑えていたから・・・。 けれども、それは単に抑えているだけで、その問題の根本が消えるわけではない。 何とか抑えているエマソニルが倒れてしまったら・・・あるいは、エマソニルを倒すほどの 力が現れたのなら・・・。 きっと、そのバランスは崩れてしまう。 エマソニルは、苦しそうに顔を歪めていた。・・・きっと、当時のことを思い出したんだと、 思う。それでも、彼は続けた。 「私は、苦しかった。独りで考え事をすることが多くなって、それで剣の力でこの場所を作 り上げた。・・・皆に、迷惑を掛けたくはなかった。ここでいろいろなことを考えたが、だが 結局のところ、私は、何もできていない。だから私は、この世界に残ってこの国を見守るこ とにしたのだ。何百年でも、この国が安定する様を、この目で見られるその日まで」 それでようやく私は分かった。 エマソニルは、魔剣に殺されたわけではなかったのだ。 そしてまた、魔剣よりもさらに強い力を求めたわけでも、魔剣の力を恐れたわけでもな かった。 ただ彼は独りで、この国を背負い続けていたのだ。 ・・・・・・next page >> |