そして・・・広場へあと少しのところで、中から何者かが現れた。

――フェンリル、だった。


 フェンリルは、私たちの姿に驚くこともなく、その場に佇んで静かにこちらを見ていた。

「・・・・・・この国は、同じ歴史を繰り返してきた」

 私たちが足を止めると、いつものように唐突に、彼は告げた。

「・・・貴方は?」

 クリスが、訝しげにフェンリルのことを見つめた。私も何も言わず、彼の言葉に耳を傾

ける。

「強すぎる力に、意味はない。・・・・・・今一度、問う。お前は、力を望むか」

 フェンリルの言葉を、私は真正面から受け止めて、そして答えを返した。

言うべきことは・・・決まっていたから。


――私は、このままでいい。私は、自分の力で、大切な人を助けたい。


 その私の言葉に納得したのか、はたまた失望したのか・・・彼は表情を変えずに、ゆっ

くりと立ち去りながら、ただこう言った。

「・・・・・・語るだけ、思うだけは容易いことだ」

・・・彼は、いったい私にどうしろと言うのだろう。私の考えは、間違っている・・・・・・と言

いたい訳では、ないようだけれども。

 クリスは立ち去る彼の背を一瞬睨んで、そして私のほうを見た。

「彼は・・・・・誰?」

 その問いに私は答えられず、ただ生返事を返しただけだった。・・・それよりも今は、広

場に行かなくてはならないかったから。

「まあ、いいわ。今はリオン様を追わないと・・・!」

 クリスと私は、再び駆け出した。そして、青い光のトンネルを抜けた・・・その先。


 薄蒼い広場の奥の、エマソニルの像の前に、彼はこちらに背を向けて佇んでいた。

「――どうして、ここへ来た?」

 足音で私たちに気がついたのか、彼は良く通る声で、振り返らずにそう言った。

「リオン様こそ、どうして私たちを置いて行かれたのですか?・・・・・・あの時も、そし

て今夜も」

 クリスのその言葉を受けて、しばらくそのまま、リオンは何も言わなかった。


――カイン様を助けたかったのは、リオンだけではなかったはず・・・。


 私の言葉に、リオンが小さく、そうだな、と呟くのが聞こえた。

彼は、再び頭を上げて語り始めた。

「この国の象徴であるエマソニルの聖剣は、度々失われてきた。だが、いつの間に

か聖剣はここに戻ってくる」


 いつか、カインから聞いたことと同じことを、エマソニルの像を見上げる彼は語る。

そういえば、エマソニルの像には、聖剣のレプリカが握られていたと思ったのだけれ

ども、今この像は、持っていなかった。

 すると、リオンは鞘から剣をすらりと引き出した。

・・・・・・薄青い刀身に、二つの紅い宝玉・・・・・・形からして、聖剣のレプリカだった。

でも、どうして、リオンがレプリカを?


「・・・もともと、この像の持つ剣は、本物の聖剣だった。それが、時々失われたこと

で、このような代用としての偽物が作られた。・・・・・・これが本物かどうかを確かめ

る方法は、実のところ一つしかない」

 リオンは、こちらを振り返った。その様子が、先ほど・・・宿で見たとき・・・までと違い

憔悴していることに、私は気がついた。

「国王の即位式には、別に本物の聖剣を用いる必要はない。記録では、ここ数代は

むしろ代用品を使っていたようだ。・・・カインの即位式で本物が使われることを知っ

たのは、偶然だった」

 その時の様子を、リオンは手短に説明してくれた。・・・たまたま、大臣の密談を聞

いてしまったということだった。

「その時初めて、聖剣の真実の一端を知った。それで私は、彼らが読んだと言っ

ていたディーンの日記を探して、誰にも知られないように聖剣について調べた。

・・・・・・そして、彼らが何をしようとしているのかを、知った」

 私は、無言で頷いて、先を促した。

「皮肉なことだ。・・・それまで国の象徴として憧れの目で見てきた聖剣が、国を創った

エマソニルの命を奪った魔剣だったとは」

 聖剣・・・それが魔剣であるということは、ディーンの日記を読んで分かった。

聖剣だと思われていたその剣は、持ち主に力を与える代わりに、持つ者を力で縛り付

けたのだ。

「それまで、エマソニルの死は謎に包まれていた。暗殺、戦争、自殺・・・様々な説が

発表されていたが、そのどれも外れだったようだ。そして・・・そのエマソニルと同じ

方法で、カインが殺されてしまう。それが、大臣の狙いだった」


 リオンの説明によると、やはり大臣は次期国王の座を狙っているらしい。それで、こ

の魔剣を使う方法を思い付いたのだ。

 それを妨害するために、リオンは魔剣を持ってこの国を出た――


――・・・・・・でも、どうして魔剣はリオンをここに連れて来たの?


リオンは、暗い顔で、その答えを教えてくれた。

「魔剣を、望む者がいるからだ。魔剣が欲しいと、私より強く思う者が」

 そう言うと、彼は瞑目した。


いったい、誰が魔剣を欲しているというのだろう・・・・・・?


「――迂闊だった。カインに、もう少しちゃんと話しておくべきだった。・・・魔剣を手

に取ってはいけないと。おまけに、魔剣を手放して初めて分かったことがある」


 リオンが言葉を切ったその時、遠くの方・・・広場の入り口の方から、何者かの声

が聞こえてきた。城の衛兵の姿が見えたのは、それから間もなくのことだった。

「リオン様・・・・・・カ、カイン様がっ!」

 それは悲鳴に近い叫び声だった。驚いて、私はリオンを振り返った。


――どうしたの・・・カインはいったい・・・?


 そう彼に問う前に、私は答えを知った。

当のカインが、広場にやって来たからだった。・・・・・・その背に黒い翼を生やし、そ

の手に抜き身の魔剣を持って。

 リオンが静かな声で、続きを言った。


「魔剣を手放してしまった者は、次の魔剣の所有者に、殺される――」







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