夕食時に家々から漏れる談笑も、食事のよい匂いも、こぼれる暖かなランプの光も、

すべてが音や熱や色彩を失って、私の周りを凍りつかせていた。緊張が、私を氷付

けにする。


 すっと、その中の一人が前に出て、私に言った。

「――聖剣の在りかを、知っているな」

 それは、低い男の声で、訊いている、という感じのものではなかった。・・・明らか

に、私が聖剣のことを知っていることを、知っているという口調だった。

 ・・・・・・脅されているのだ、私は。


「・・・・・・知っているな」

 再度、彼は念を押すかのように、問う。

問い掛ける声はどこまでも冷たく、何より力が籠っていた。まるで、巨人の大きな手の

ひらが路地いっぱいに広がって、私を隅に追いやり、潰そうとしているような感じだ。


 あまりの威圧感と・・・そしてこの状況に、私は何も言えなかった。何かを話すこと

・・・助けてと叫ぶことですら、今の私には出来ない。

言葉は、まるで怖がっているように喉のところで立ち往生しているし、そもそも言葉自

体も形となってはいなかった。


「英雄殿に、手荒なことはしたくなかったのだが・・・・・・やむを得まい」

 だが、恐怖のためにいつまでも何も言おうとしない私を、相手は拒絶と取ったらしい。

先頭の男が手を上げて何かを合図すると、後ろに控えていた人たちが、一斉にだがゆ

っくりと横に広がった。その様子に思わず、私は身を強張らせた。


・・・・・・どうしたら、いいだろう。


 唯一の武器であるグラブは、宿の部屋に置いてきてしまっている。

どうにかして、助けを呼ばないと・・・逃げられる道は、他にないかしら。そう考えてい

る間にも、彼らは私との間合いを徐々に詰めている。


 何とか振りほどいて、逃げ延びるしかない・・・。


 勿論、今はゆっくりと歩いているとはいえ、簡単に逃してもらえそうな相手ではない

だろう。それでも、大声を上げて暴れれば、近くを通った誰かが気がつくかもしれない。

 私は、暴れた時に落とさないよう、樹海の秘宝を服の中に入れた。そして身構え

て――覚悟を決めた。


 次の瞬間に、一斉に駆け出してきたローブの人たちから、私は必死に身を交わそう

とした。

闇雲に駆け出して、掴まれた腕を振りほどき、払いのけ、懸命に突き飛ばした。


 けれども、どう考えても力の弱い私の方が不利だったし、何より相手の数が多い。

大きな両手で軽々と抱え上げられてしまった時は、さすがに絶望的な気持ちになっ

た。それでも、何とか逃げようと手を振り回し、足を目一杯振り上げて持ち上げてい

る腕を蹴ってできるだけ引き離そうとした。

 すると、ローブの人はその抱えた状態のまま私を、人のいなかった地面へと投げ

つけた。


――っ・・・!!


 あまりの衝撃に、体全体が悲鳴を上げた。・・・家で梯子から落ちた時でさえ、これ

ほど痛くはなかったのだ。

「傷つけてもいい。人に見つかる前に、回収しろ」

 背中と腰を強く打ち付けたそのままの格好で、私は動くことができなかった。衝撃を

受けた後の体は、痺れたようにまるで力が入らない。

 ローブ姿の人たちが私を取り囲む。・・・・・・もう、これ以上抵抗するのは、私にはと

ても無理だった。


 囲んでいた一人が、無理矢理私を引きずり起こしかけたときだった。

「――そこで、何をしている」

 その声に、囲んでいたローブの人たちの動きがひたり、と止まった。

そしてその視線が、いっせいに声のした方へと向かう。


 突如掛けられたその声には、聞き覚えがあった。でも、まさか・・・・・・。

私は、取り囲んだ人の足元のその間から、なんとかして声の主を探そうと、顔だけ

をそちらに向けた。

「――殺れ」

 一人、路地の入り口に残っていた男が、再び指示を出す。

その指令に、私を囲んでいた数人が、俊敏な動きを見せた。

 そのせいで、私は声の主の姿を確認することができた。素早く・・・多分、私を追っ

ていたときよりも、ずっと素早く・・・迫る数人を前に、声の主・・・リオンは、剣を構えた。


 あっという間だった。リオンの剣のさばきは、素早く、力強い。

彼に近づいたローブの人たちは、次々に倒れていった。・・・その、倒れた人たちの手

には、鋭く光るものが握られていた。・・・多分、短剣だと思う。


 剣を下ろし、こちらを・・・というよりも、先ほど指示を出していた男の方を、リオンはじ

っと見つめる。・・・・・・その姿に、私は何となく違和感を覚えた。


 ローブの男は、あまりのことに驚いたのか、少しの間身動き一つしなかった。が、すぐ

に次の指示を出した。

「――そいつにもう用はない。・・・退くぞ」

 その言葉に、残っていた彼らはあっという間にリオンの横を通り過ぎて、路地裏

から姿を消した。


 あまりにも短い間に起きた出来事だったので、私はしばらく呆然と・・・自分でも分

かるほど、きょとんとした顔で、その場から動けなかった。

 その私の様子に呆れたのか、リオンは剣を収めてこちらにやって来た。・・・近づいて

くるリオンの姿に、私はやはり何かの違和感を感じていた。

「――大丈夫か?」

 そのまま、彼に助け起こされた私は、まだ少し痛む腰を擦った。

「彼らはもうやっては来ない。安心していい」

 そしてもう夜だから、宿に戻ろうと、彼は言った。

私は、しばらく振りに・・・と言っても、1週間くらいだけれども・・・会えたリオンに、色々

と聞きたくてしかたがなかった。

 そして、思わず口走って――


――リオン、魔剣が・・・・・・


私は気がついた。

 そうだ、彼は今、魔剣を持っていない。先ほどから感じていた違和感の正体は、これ

だったのだ。

 背に生えていた翼も、今は見えない。・・・やはり、あれは魔剣の力によるものだっ

たのだろうか。

「日記を、読んだようだな」

 いつも見ていたよりも、穏やかに見える表情で、彼は私に訊いた。

・・・私は、少し遠慮がちに頷いた。

 もともと、私は読んではならないものなのだから。


 けれども、リオンは私を咎めるどころか、笑みを浮かべて・・・彼がそんな顔をするの

は、初めて見る・・・頷いた。

「それでいい。本は宿にあるのか?」

 そんなことよりも、魔剣は宿にあるままで、大丈夫なのだろうか。なぜ、魔剣から

リオンは離れることができたのだろう。

「詳しいことは、宿に戻ってからにしよう。・・・奴らの仲間に聞かれていたら、面倒だ」

 彼らはいったい、何者なのだろう。

どうして、突然私の前に現れたの?目的は・・・・・・

 次々に訊きたいことが頭の中に浮かんできて、訊きたいという衝動は抑えきれず

に溢れかえりそうだった。

 とにかく、どこがで落ち着いて話をしたかった。・・・考えてみれば、夕食もまだ食

べていないのだ。ひとまず、私たちは宿に戻ることにした。






                                    ・・・・・・next page >>






[Back]          [Top]