| それからしばらくの間、私は一日の大半を読書・・・とは言っても、日記帳だけれど も・・・に費やした。 その間、リオンは本当に宿には戻ってこなかった。 日記を読んでいて、ふと、まさか死に場所を探しに行ったのではないかという不 安が頭を過ったけれど、即座に私はその考えを否定した。・・・リオンは、そんなこと はしない。しないはずだと、私は彼を信じることにした。 カインや・・・おそらくクリスと同じように。 リオンの姿が消えて何日か経って、私は日記を読み終えた。 ・・・・・・読んでみれば、私は全てを知ることができると思っていたけれども、それ は間違いだった。 分からないことと、分かったことが交互に私の頭の中を通り過ぎ、私は混乱し た。 感傷的にならないように、事実を見極められるように、自分を落ち着かせるの に、それからさらに数日掛かってしまった。 ・・・・・・その時の私は、女将さんやクリスには、とても迷惑になってしまったことだろう。 その間も、リオンはまだ戻っては来なかった。私はずっと宿の自室で過ごしていたわ けだけれども、特に何事も無く、ゆっくりと時間を掛けて考え事をすることができた。 ・・・その数日後、クリスが城の警備勤務のために、丸一日宿に戻らなくなることが あった。クリスはそのことを、前の日の・・・一昨日の夜に話に来た。 「貴方は、宿にずっといる?」 もちろん、ディーンの日記のことで頭がいっぱいだった私は、彼女の問いに迷わず頷 いていた。 それにしても、一日中の勤務とは、とても大変な仕事だ。 「そうでもないわ。当番は10日に一度だもの。・・・それに、日中の勤務じゃあできな いことが色々できるから、結構楽しいわ」 彼女のその表情は、本当に楽しそうに見えた。だから私は、つい、好奇心に誘われ て、その一日中の勤務をやってみたいと言ってしまった。 彼女は少し考えて、けれどもこう答えた。 「え?・・・うーん、そうね。リオン様に断れば、貴女を傭兵として雇って、出来るかも しれないわ。・・・リオン様が戻られたら、訊いてみるわね」 そのことが嬉しくて、私は夕食時にとてもはしゃいでしまった。 次の日、私はクリスを見送って自室に籠った。・・・その時に、ふと冷静な気持ちが 自らの内に沸き起こった。 嬉しさのあまり気がつくのが遅れてしまったけれども、クリスの提案はあまりにも無茶 なことなのだ。 クリスが気をつかってくれるのはとても嬉しい。けれども、私のただの我が侭で、 クリスやリオンに迷惑を掛けたくはなかった。 ・・・この国の、角を持たない人に対する扱いは、街のレストランや図書館の様子で 何となく想像ができた。 角を持っているならばともかく、持っていないただの人である私の望みなど、どれほ どの扱いとなるのだろう。クリスは、リオンを通してと話していたけれど、リオンは騎士 団長とは言え、聖剣を盗んだ疑いを持たれている。彼の許可で簡単に叶うとは思え なかった。 結果としてそれは、二人に大きな迷惑を掛けてしまうことになる。 おまけに、お城の警備と言う仕事がどういうものなのか、なんとなく想像することしか できないけれども、無力な私なんかが簡単にできる仕事とも思えない・・・。それは、 雇ってくれたクリスの顔に・・・そしてリオンの顔にも、泥を塗ることになってしまう。 クリスが戻ってきたら、先ほどの私の提案は、無かったことにしてもらおう。 そんなことを考えて、それから日記のことをどうにか整理して、鍛冶屋に行くことを 思い付いたとき、ちょうど一日中の仕事から帰ってきたクリスから、樹海の秘宝をバッ ツさんが何とかしてくれたという連絡を受けた。 魔剣のことで頭が溢れていた私は、その思いがけないタイミングに飛び上がった。 そして時間はすでに夕刻に近かったけれども、私は迷わず、鍛冶屋へと飛び出していた。 バッツさんは、大きな・・・多分、私の頭二つ分くらい・・・両の手のひらで、ペンダン トになった樹海の秘宝を、大事そうに持ってきてくれた。 そのあまりに精緻な出来栄えに、私は文字通り、目を丸くした。 細い銀色の線で、植物の枝葉を模した透かし細工の雫が、樹海の秘宝を包み込ん でいる。その雫の透かし模様の間から、中で秘宝が碧や青の色に輝いていた。 実際に自分の手に取ってみて、それが、いかに丁寧に作られているかが分かった。 手縫い糸数本を束ねたくらいの細い銀色の金属が、緩やかな曲線を描いて続いていて、 ところどころに葉や莟の模様が彫られている。角張った、硬いイメージである金属を、 このように柔らかに見せることができる親方さんの腕は、どれほど優れているのだ ろう。・・・・・・この大きな手が、どのように動いていたのか、少し興味が沸きもしたけ れども。 「英雄さんも、クリスと同じような顔をしなさるなぁ。そんなに俺の手の大きさで出来 るのが不思議かい?」 ・・・どうやら、クリスもバッツさんの手先の器用さに驚いていたらしい。よく考えてみ ると、それはとても失礼なことだった。 せっかく作ってもらったのに、失礼なことをしてすまないと謝った私に、バッツさん は悪びれた様子もなく豪快に笑った。 「なぁに、英雄さんが身につけるって聞いただけで、職人としちゃあ嬉しいわけよ。 その、なんだ、折角だから、付けてみてくれないか」 私は早速、ペンダントの鎖に頭を通した。・・・そう言えば、昔はよく家の前の畑に 咲いた花を摘んで、ティアラやネックレスを作って身に付けて遊んでいた。 首から提げてみると、樹海の秘宝は、ちょうど私の胸の高さのところで煌いていた。 その綺麗な碧い光が間近に透けて見えて、とても素敵だった。 私は、心からバッツさんにお礼を言うと、彼は片手で頭を掻きながら、照れくさそうに 言った。 「それだけ神経を使ったのは、聖剣の時以来だなぁ」 その彼の言葉が・・・・・・それは、私の聞きたいことでもあって、私ははっとした。 もともと、私がここに来たのは、樹海の秘宝を受け取るためだけではなかったことを、 忘れてしまっていた。 もっとも、私は彼の鍛冶屋としての繋がりで知っているだろう、聖剣についての知 識を教えてもらいたかっただけなのだけれど・・・。 「ん?聖剣のことを知りたい?」 私の言葉に、驚いたような・・・というよりも、少し興味深そうな顔で、バッツさんは問 い返した。 私は、この街に来てからこれまでに、聖剣とエマソニルのことについて調べてきた ことを、彼に話した。そのきっかけとなったのが、リオンであり、彼を助けるためには 聖剣のことを知らなければならないということ、そして、そのことがクリスやカインの ことを助けることにも繋がっているのだということ。・・・私は、旅で世話になったクリス やリオンを、助けたかった。 とは言うものの、私は口下手で、全てを伝えることは出来なかっただろう。 長々とした・・・どちらかといえば要領の得ない話になっていたし、バッツさんも時折首 を捻って私に、要点をついた質問をしてくれた。 一通り説明を終えたところで、バッツさんは頭を掻きながら、困ったように言った。 「ふぅむ、つまり、お前さんは、俺が鍛え直した聖剣について知りたいってわけだな」 私は、彼の問いにゆっくり頷いた。 「・・・俺の口から言えることは、大したことじゃないんだけんどよ・・・・・・。そうだな、 あれは・・・カイン様の即位式の・・・一月くらい前の話だったなぁ」 バッツさんは、遠くを見るような目付きで、少しずつ話を始めた。 ・・・・・・next page >> |