| 顔を覗かせた途端、湿った匂いが私の鼻をついた。 ・・・・・・あまり、いい臭いではない。 まるで長い間掃除を忘れていた納屋のような、埃とカビの混ざった匂い。 けれども中にあるのは、やはり本であった。そのまま中に入った私は、間近にそ れらを見て、この匂いの訳を知った。 ・・・明らかに、この部屋の外にあった本とは、作られた時代が違うのだ。 補修や金属補強のしてあるものがほとんどで、紙は見事なまでに茶色に焼けてしま っている。あまりに焼け過ぎていて、書かれた・・・それも手書きにようだ・・・文字を読 むのに苦労しそうだった。 いったいどんな本があるのだろうと、中を歩こうとした時、ちょうど脇の本棚から先客 が現れたので、私はぶつかるまいと身を竦めた。 「・・・・・・ここには、旅人は入れない」 聞き覚えのある声に顔を上げると・・・目の前に立っていたのは、なんとリオンだった。 無感情なその声が自分を責めている様に感じて、勝手に中に入ってしまった私は彼に 侘びた。 それはそうと、どうしてこんなところにいるのだろう? 彼は、他にも何かを言いたそうだったが、そのまま無表情に部屋を出て行こうとした。 ――・・・やっぱり、ここには私は入れないんだ。 少し残念に思いながら、彼の後に続いて出て行こうとすると、彼はふと、出入り口の ところで立ち止まって、振り返らずにこう言った。 「・・・短い用が済んでも、鍵を掛ける必要はない」 思わず、私は彼の言葉を聞き返そうとしたが、彼は既に外に出ていった後であった。 ・・・・・・多分、私に向かって言ったのだと思う。 私は心の中で部屋を出て行ったリオンにお礼を言うと、急いで中を探索した。 この部屋の匂いから想像していたほど、本自体はひどい有り様ではなかった。 むしろ手入れが行き届いており、エマソンの人々が大切にしてきた財産なのだと いうことが伺えた。 エマソニルと、聖剣について書かれた資料はいくつかあったが、残念なことにい ずれもこの国の言葉で書かれている。もちろん、”魔剣”と言う言葉は見つからない。 リオンは、早く調べて来い・・・という意味だったんだと思う・・・と言っていたのだか ら、あまりのんびりとここで調べている訳にもいかない。5、6冊手にとって調べて みたところで、私は半ば諦めてしまった。 ・・・勿論、無理矢理中に入れてもらった・・・ということになるんだと思う・・・のだから、 リオンの好意に応えたいという気持ちもある。 どのくらいここにいてもいいのかが判断出来なかったけれど、そろそろ出なくて は行けないだろう。時間が気になった私は、念のため部屋を一回りしてから出よ うと思い、部屋の奥へと回った。 ・・・・・・そこには、小さな椅子と机が置かれてあった。 その机の上には小さな花を模したランプと・・・小さな薄い本が置いてある。 ――誰かが読みかけのまま置き忘れたのかしら・・・? その小さな・・・まるで日記帳みたいだ・・・本には、しおりが挟んであった。よく見 ると、私の読める文字で、リオンと書かれてある。 『ディーンの日記』 そう、表紙には手書きで書かれていた。その本の他に、リオンの所持品らしいもの は見当たらない。 ――リオンはいったいどこに行ったのかしら・・・? 彼はまた、ここに戻ってくるつもりだったのだろうか。それならば、問題はないけれ ども・・・ 一度部屋の外に出て、私は図書館内を確認する。でも、リオンの姿はない。何処 かに行ってしまったのかしら・・・。 ちょうどその時、先ほど私を案内してくれた背の高い女性がやって来たので、私 はリオンを見なかったかどうかを訊いてみた。 「リオン様なら、特別書庫の本の借出し手続きをされて、先ほど出ていかれまし たが」 ということは、彼があの部屋に戻ってくることはないのかもしれない。私は、奥 の部屋のことを訊いてみた。 「一般の方は入室禁止になっておりますので、立ち入りはお控えください」 端的に話す彼女に、リオンが鍵を開けたまま何処かに行ってしまったことを知ら せる。・・・それから、何かを忘れていったかもしれないことも、付け加えた。 彼女は少し首を傾げて、私をその場に残したまま奥の部屋を確かめに行った。私 も、部屋の前へ行ってみる。 中に入って少しして、彼女は出てきた。・・・その手には、先ほどの日記帳を持って いた。 「本を忘れていかれたみたい。・・・きっと、長旅でお疲れなのね」 本を手に持ったまま、彼女は書庫の鍵を閉めた。・・・念のため私は、どのような手 続きをすれば中に入れるのかを訊いてみる。まだ、この部屋の中には、調べてい ない資料がたくさんのあるはずだった。それを、途中で諦めてしまうのはあまりに 残念だったからだ。 けれども彼女は、一般の人は中に入れないの一点張りで、まるで応じてはくれな かった。彼女の事務的な口調はとりつく島もなく、再び中に入ることは到底できそ うになかった。 ・・・・・・next page >> |