9.

◇ ◇ ◇

 「遅いぜ、監視カメラのスピードなんかな!」

 追跡しようとする監視カメラを、その持ち前のスピードと身の軽さで、次々と白銀の怪盗は

交わしていく。だから、警報システムが作動し始めたのは、ユゥアがすでに内部へ侵入し、中

にいる兵士と対面した時だった。

「白銀の怪盗だッー!首を取れッ!!」

「『都市制御装置』を守れー!!」

 次々と叫びながら向かってくる兵士をナイフと素手で軽く蹴散らしながら、ユゥアは首を捻る。

「・・・都市制御装置?・・・・・・この国の宝は元王じゃなくて、そんなものなのか?」

 しかし、考え事をしながら軽く片付けているとはいえ、集まってくる兵士の数は、増える一方

だ。見たところ、すでに50はいる。・・・これだけの規模の城だ、いったい、総勢でどのくらい

いるというのだろう。

「・・・・・・・ディープブルー!」

 艶のある声があたりに響くと同時に、すぐ横を過ぎた蒼い光が兵士たちを残らず卒倒させてい

く。

「あっぶね!・・・相棒、俺を巻き込むなよ!」

「すみません、手加減が難しいもので・・・・・・」

 間一髪、オルフの気配を感じて青い光を避けたユゥアは、そう文句を言った。だが、そうは言い

ながらも、彼は余裕の笑みを顔に浮かべている。

「ここは私に任せてください。先へ――!」

「ああ、頼んだぜ相棒っ!!」

 白いコートをマントのように翻し、ユゥアは城の地下へと急ぐ。時計は・・・・・・23時15分を示

していた。



Ш Ш Ш

 ディルティルスは短剣を構えて頭上を見上げる。

あの屋上で見た、美しい満月の夜と同じように。

だが、この頭上に明かりはない。あるのは、暗い天井だけだ。けれどもそれは、彼にとっては

都合がよかったかもしれない。なぜなら―――


 もう一度あの月を見ていたら、もしかすると彼のことを思い出してしまいそうだったから。

そうすればきっと、この短剣を握る手の力が、落ちてしまうだろうから。

だからこれでいいのだと、ディルティルスは思った。


・・・・・・だが。

彼はまたしても、運に恵まれなかった。

「・・・・・・?なんだ、この騒ぎは――」

 剣を構えたその姿勢のまま、ディルティルスは視線を辺りに巡らせ、耳をそばだてた。・・・上

の様子が、妙に慌しいのだ。そのまま、兵士たちの気配を探った時だった。

―――彼の頭上が、何の前触れもなく、崩れて落ちてきた。

「―――っと、やっぱここか」

 頭上からは、聞き覚えのある声が響いてくる。ディルティルスは、自分の目を疑った。

目の前・・・頭上、遥か遠くにある白い姿は・・・・・・ユゥアだ。

「・・・・・・ッ!?」

 ユゥアは、何かを叫んだようだった。何を言ったのかは分からない。だが彼は何を思ったのか、

そのまま彼は、牢の中に落下してきた。その紫の双眸に、強い色が浮かんでいたことを、ディ

ルティルスは見て取った。

「お前ッ!?」

 あまりのことに、ディルティルスは避けることも、落ちてくるユゥアを支えることもできなかった。

そのまま彼は、ユゥアの下敷きになるように倒れた。・・・そこに、短剣の転がる音が響く。

 ユゥアはしばらく、荒く肩で息をしながらディルティルスのことを見つめていたが、やがて視線

を短剣に移して言った。

「・・・・・・こういうことだったのか。まさか、お前がディルティルスだったとはな。正直、驚いた」

 彼はひょいとディルティルスの上からどくと、そばに落ちていた短剣を拾った。

「けど、ありえないことじゃない。冷静に考えればな。・・・・・・けどまさか、身近に王が二人も

いるなんてな、デルタ」

 そう、自嘲気味に笑いながら言うと、彼はディルティルス・・・・・・デルタのことを、鋭く睨んだ。

「だが・・・、どう冷静に考えても、俺には理解が出来ないことが一つある」

 短剣を握るユゥアの腕に、力がこもる。

その様を、上半身を起こした状態のまま、デルタはじっと見ていた。

「なぜ、お前は一人で背負い込む?・・・何を背負っている?何に苦しんでるんだ、お前は、デ

ルタ」

 デルタもまた立ち上がり、ユゥアの強い視線を受け止めた。

「・・・私は・・・・・・」

 だが、彼はその先を言い淀む。

「そんなに死にたいのか?死んですべてが解決するとでも思っているのか?」

 ユゥアの鋭い言葉に、デルタは反論できない。

 ふとユゥアは何を思ったのか、先ほど拾った短剣をデルタに投げて寄越した。

そして、左足に付けられた筆を引き抜き、怪訝な顔をするデルタの目の前の虚空に、何かを

描き始める。

「もしも、お前がそれを望んでいるなら・・・・・・その望み、俺が叶えてやるッ!!」

 描かれたユゥアの大剣が、虚空で具現化し、ユゥアの右手に収まった。両手に構えた剣を、

ユゥアは低姿勢で走りこみながら横になぎ払った。

 突然の攻撃に、デルタは驚いて身をかわす。

「戦え!・・・自分で死にたいのなら、俺を止めてみろ、デルタッ!!」

 ユゥアの叫び声が、部屋中に響き渡る。デルタもまた、短剣を構えた。

「・・・ユゥア、私は――」

「止められるなら止めてみろ、デルタ。この・・・白銀の怪盗と呼ばれたアルビノを!」

 ユゥアが再び地を蹴った。デルタもまた、攻撃を避けるために後退する。ユゥアの動きの早さ

については、彼は以前に貴族の屋敷で対峙したときに知っている。気を抜けば、いくら素早さ

が取り柄のデルタだとしても、斬られるだろう。

 だが必死に攻撃を避ける彼だったが、場所はそう広くはない牢屋の中。そうそう逃げてばかりも

いられない。


 だが何故、自分が抵抗するのか・・・・・・デルタはユゥアの剣を短剣で受けながら思った。

「相変わらずやるじゃねぇか、デルタ。あの時と、変わらねぇ」

 ユゥアが、にやりと笑った。それはいつも酒場で見る、余裕に満ちた笑みだ。

ユゥアの剣が、デルタの剣を強い力で押し返す。

「ユゥア・・・・・・。私は、お前を巻き込みたくはない。・・・巻き込みたくないんだ」

「今さらか・・・・・・?」

 彼の返事に、デルタが、怪訝な顔をする。

「ここまで巻き込んでおいて、今さら関わるなって言うのか?・・・俺は、そんな安っちい思い

で、お前と一緒にいたわけじゃねぇ!仲間ってのは、そんな中途半端な間なのか!?」

 ユゥアの思いが、そのままの勢いで彼にぶつかる。もしかしたらユゥアは、リールクや自分

自身にも同じことを言いたかったのかもしれない。

「ヘラでさえ、言ってたぜ。お前を助けたいってな・・・・・・なのに、ヘラより付き合い長い、

お前は!!」

 ユゥアの剣が、デルタの短剣を打ち払った。

 これで終わりになるのか――

このままここから消えることができるのなら・・・・・・それはそれで、デルタにとってはよ

かった。

 ユゥアの剣が、真っ直ぐにデルタの胸を狙っていた。






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