| 8. 気が付くと、秋子はリン達と一緒に大きな塔を目前にしていた。隠れるようにして、近くの 建物の影に立っていた。 そこには、見覚えのあるラルカントスの街並みがあった。建物の色はやはり銀一色で、 ところどころに立つ蛍光灯の光が、無表情な外壁を夜闇の中どこまでも晒していた。色に満ち 溢れていたバルバロイの町が懐かしく思える。 ・・・・・・そういえば、この感じは前にも感じたことがあると、秋子は思う。 そうだ、ここは、私の心の中と同じなんだ・・・・・・ 無彩色以外の色と言えば、いつもの服装で城の様子を見守っているリンとオルフ、それ に自分だけ。ユゥアと言えば、初めて会った時と同じ白いコートにいつもの青いバンダナを 首にしている。 「これがラルカントス城かー。やっぱり大きいな〜」 興奮した口調で、リンが言う。・・・・・・どうやら、秋子が塔だと思ったのは、城だったようだ。 そういえば、ユゥアのキャンパスに描かれていていた建物も、こんな感じだったかもしれ ない。 中世に西洋で造られた城とは、あまりにかけ離れた外観――長さの違う巨大な鉄の柱を 束にして、そのまま地面に突き立てたような形だ。窓は小さく、不規則にところどころはある ようだが、あまり目立たない。 「でも、白銀の怪盗は、こんなに大きな城のいったいどこから入るのかしら?それが分から ないと、見に来た甲斐がないよー」 困ったようにリンは、ユゥアと師匠であるオルフを交互に見つめた。それに対して、何故か ユゥアがニヤニヤと笑いながらオルフに言う。 「そうだな・・・どこがいいと思う?相棒」 その視線を受けて、彼は当然のように答えた。 「そうですねぇ・・・。やはり、入りやすい所から、入るのではないでしょうか?」 「だよな?」 二人の会話がどことなくすれ違っているような気がして、秋子は首を傾げた。 「でも、王がどこにいるかが分からなければ、怪盗も手が出せないわ」 「まあ、そうだろうが、仮にもラルカントスを造り上げた王だ。他のヤツとは、力の格が違う だろうよ」 どこか得意気に言うユゥアに、オルフも同意する。そしてオルフはそのまま、遠くを見つめ るような視線で、しばらく城の方を向いていた。 「・・・・・・はっきりとした力の源は、2つ。恐らく、ディルティルスとベンス2世のものでしょう」 相棒の言葉に、ユゥアも城をしばし振り返る。 「・・・だな。けど、妙だな、相棒。一つは頂上、もう一つは地下だぜ?」 どうやら二人は、城の中にある気配のようなものを感じ取っているのだということが、アキ とリンには分かった。つまり、フェルディアに送られる元の王が、この城の頂上か地下にい るのだ。 「・・・そうですねぇ。ですが、消去法で考えると、地下にいる方がディルティルスでしょうね」 「え、どうして?師匠」 「仮にもベンス2世は王ですからね。王ならば、人の下よりも上に居を構えるでしょう。それ にベンスは、怪盗ごときを恐れるような性格ではなさそうですし、ね」 そう彼が説明を終えたところで、どこからともなく、鐘の音が響いてきた。 「23時・・・か。そろそろ始めるか、相棒」 いささか緊張の色を含んだ低い声で告げるユゥアに、リンは首を傾げた。 「始めるって、何を――」 ユゥアが何気ない仕草でバンダナを外して、一つに結っていた髪を解いた。そして、外した バンダナを裏返して頭に巻き直す。その様を見て、リンは言葉半ばにして目を見開いた。 「う・・・そ―――」 呆然と目を見開いて佇むリンと、状況が飲み込めないアキ。 二人を置いて、建物の影から飛び出したユゥアは、疾走する。それは姿はまるで、夜空を駆 ける白き流星のようだ。 髪が風に揺れ、白銀色に輝く。その銀色が、暗闇の中どこまでも尾を引いていた。 「うまくフォローしてくれよ、相棒!」 相方の声に、オルフもまた、城への歩みを進めた。 Ш Ш Ш あれはもう、3年も前に交わされた、懐かしい会話だ。 しばらく回想に耽っていたディルティルスだったが、視線を牢の鉄格子に変えて、それを止 めた。創られた世界を見て、そして彼女の笑顔を見てから・・・・・・私はこの夢を去った。 そうして再び、夢の中を彷徨い続け・・・・・・ この世界に、彼は再び戻ってきた。 いや、戻らされたと言うべきだろう。自分は、意図してここへ戻ってきたわけではない。だ から、自分がここへ来たのは、彼女の・・・ヘラの意志なのだと、ディルティルスは思った。 そして、今も生かされている。 ――何故なんだ、ヘラ 何故お前は、この夢を見続けている。この夢が続いているのは、誰かがこの夢を見続け ているから・・・・・・それは、他ならぬヘラ自身。 何故、目を覚まさない。そんなに、この夢が楽しいのか。 冬雄・・・ディルティルスは、その身を起こした。妙に意識がはっきりとしていた。 ――両親に、会わなくていいのか。 彼がここに戻ってきてから、・・・特に最近は、彼女の具合が、夢の中でさえも悪くなってい るのがわかるほど、よくない。国が消えているのも、彼女がこの夢を維持できなくなったからに 相違ない。 ・・・・・・オルフには気の毒なことだったのだが、そんなことを彼に言っても、彼のヘラに対する 憎しみは消えないだろう。 もちろん、仲間として、オルフの誤解を解いてやることも必要だ。だが。 今のヘラを前に、それはできない。もはや、彼女に寄り道をさせる時間は、ないのだ。 早く、この夢から覚まさなければ、と彼は思う。そうでなければ、彼女は一年前から・・・私 がこの夢を見始めてから、ほとんど目を覚ましていないのだ・・・ずっと、まともに両親と会って いないことになる。このまま彼女が死んでしまったら、冬雄は、会ったこともない彼女や彼女の 両親にどう詫びればいいのだろう。 自分があんなことを言わなければ・・・・・・楽しい夢を見ろなどと、言ったばかりに、彼女は現 実に戻らなくなってしまったのだから・・・・・・。 冬雄がここにいるとき、ヘラの気配はたいていはこの夢の中にあった。時々は目を覚まして いたのかもしれないが・・・・・・彼がこの夢を見続けていたことで、この夢自体が消えることは なかった。何故、自分がこの夢から去れなかったのか・・・何故、ほかの夢を見ようとしなかった のかは、わからない。ヘラのことが気に掛かっていなかったわけではないのだが、敢えてこの夢 を見続けようと思ったこともまたなかった。 いや、わからないのではなく、彼はずっと、ヘラが彼をここにいさせているからだと思ってきた。 思いたかった。 ・・・・・・自分なんかは、いないほうがいいのに。 でも、彼女が生かし続けているから、まだ死ぬことができない。・・・この夢から、・・・現実からも 消えることが。 冬雄は・・・・・・ディルティルスとして存在している彼は、自分の履き慣れたブーツを見下ろした。 ・・・その側面には、外側からは見えないよう、カモフラージュさせた短剣が刺さっている。 彼は思った。 牢屋には、今は一人。当分は・・・・・・ヘラからの連絡が来るまでは、誰も、来るはずはない。 ディルティルスタは、無造作に、ブーツに忍ばせた短剣を引き抜いた。 ――ここで私が消えれば、彼女も気がつくだろうか。 この夢を見続けることの、無意味さに。 そして彼は問う。 ・・・・・・何故、そこまでして、自分を生かすのかということを。 |