| 10. * * * 「ねぇ、さっきどうして驚いたの?」 ユゥアとオルフ、2人が城の中に消えて、そろそろ半時が経つ頃だった。先ほどと同じ場所 で、辺りを警戒していたアキは、同じく様子を見ているリンにそう聞いた。 「え?だってユゥアさんが白銀の怪盗だったのよ、驚くでしょ?」 「そうなの・・・?」 リンは呆れたように、アキのことを見た。 「白いコートに白いバンダナ、紫の双眸、それに流れる銀髪・・・覚え書きにある白銀の怪 盗の特徴、そのままだわ」 「・・・・・・あ」 そうリンに説明されて、それで秋子はようやく、あのスカッチャーの屋敷で自分が白銀の 怪盗に助けられたのだということに気が付いた。そう言えばあの時、怪盗の予告状がア ルビノの中で話題になっていたことを思い出す。 あの屋敷での日々も、今では記憶の彼方の出来事なのだ。 「どうかした?」 「ううん、何でもない。・・・それより、私たちはどうすればいいのかな?辺りを見てみるとか ・・・役に立たないとは思うけど」 落ち着かないアキは、いつまでここにいなければならないのかを聞いてみた。 ここはラルカントス、しかもその城の前だ。見張りがいつ見回りに来てもおかしくはない。 化けているとはいえ、アルビノである自分が兵に見つかりでもすれば、スカッチャーの屋敷 どころの問題ではないのだ。どちらかといえば、長居はできるだけしたくはなかった。 「予告状の時刻が24時だから・・・あと半時ね。大丈夫、師匠たちならきっと、王を連れて 来るわ」 どうやらリンは、自分の心配よりもオルフたちの方を心配する質のようだった。 そうではなくて・・・と訂正しようとしたとき、リンが後ろ手にアキの口を閉ざした。 アキもまた、彼女の見つめる方を見ていると、一台の銀色の車が、城からすべるように滑ら かな動きで出てくるところが見えた。鋭い曲線を描く形の、いかにも未来の世界で出てく るようなその車は、門のところで停止した。 その場で耳を済ませていると、人の話し声が小さく聞こえてきた。 「――様、どちらへ?」 「・・・フェルディアだ。直接・・・・・・」 どうやら、声の主はフェルディアへ向かうようだが、声が遠いため何の目的なのかまでは、 聞き取れない。 「・・・の方はよいのですか?」 「・・・・・・ない。・・・が始末するだろう・・・・・・」 会話はそこで切れて、車はそのまま右折していった。・・・一方、門のところにいた警備兵の 方は、城の中へと消えてしまった。・・・いったい、何が起きたのだろう。 秋子が首を傾げていると、リンが緊張した面もちで彼女を振り返った。 「・・・師匠たちが、危ないわ。私、助けに行く」 突然の提案に、アキは戸惑った。先ほどの兵が中に入ったということは、自分たちも彼らに 会う可能性があるだろうし、おそらく警備兵は彼らだけではないだろう。 とてもではないが、秋子には彼らと戦うことなどできないし、逃げ切ることも難しいかもしれな い。 「無理よ、私たちだけじゃあ、無謀だわ」 「アキはいいの、ここで隠れて待ってて。それでもしも、ユゥアさんか師匠のどちらかが着たら、 先に戻ってて欲しいの」 「そんな」 無謀な案だったが、リンの目は、真剣そのものだった。引き止めようとするも、その目を見ては、 秋子は言葉が見つからない。 「大丈夫、アキだって、酒場での私の話は聞いたことがあるでしょ?」 そう言えば彼女は、これまで幾度か暴れて、酒場をめちゃくちゃにしたことがあるということ を、ユゥアから聞いたことがあった。1日掛かりで片付けなければならないほどなのだから、 その破壊力をもってすれば、警備兵を散らすことなどそう難しくはないかもしれないと、秋子 は思う。 「だから私は大丈夫。アキは・・・アキ?」 気をつけて、と秋子が彼女に言おうとしたその時、リンは立ち尽くして秋子のことを見ていた。 「ど・・・・・・どうしたの、アキ!体が・・・」 アキの視界がぶれた。いったい、何が起きたのだろう。徐々に自分の視界が暗くなっていく ことに、アキは気が付いた。 「アキ・・・!」 伸ばしたリンの手が、空を切った。秋子の存在が不安定になっているのだ。しかし、どうして こんなことが起きるのだろう。戸惑うリンの姿が、視界からどんどん薄れていく。リンは、槍を 構えた。 「ここで待ってて、アキ。必ず、師匠を連れてくるから」 目が覚めたのは、早朝のことだった。まだ、日の光が部屋にはない。 気が付くと、秋子は薄暗い部屋の天井を見つめていた。・・・・・・あれ、リンはどうしたんだろ う。 起き上がってみると、目の前の机の上に目覚ましが見えて、それで彼女は、自分が夢を 見ていたことに気が付いた。時刻は5時を少し回ったところである。どうしてこんなに早く目が 覚めたんだろう。 ・・・別に今日は、テストがあるわけでも、日直なわけでもない。 秋子は再びベッドの中にもぐりこみ、寝返りを打って再び目を閉じた。まだ、2時間も寝てい られるのだ。もう少し寝よう。 ・・・けれども、秋子が目覚ましで起きるまでの間、彼女が先ほどの夢を見ることはなかった。 ◇ ◇ ◇ 二人は、膠着状態だった。 剣を持つユゥアと、その剣の刃を素手で抑えるデルタと。 そして同時に二人とも、それ以上身動きすることができなかった。 「・・・あの時は、こうはならなかったな」 「・・・・・・そうだな」 ユゥアは、以前にデルタと対峙したときのことを思い出していた。どうやら、それはデルタの方 も同じだったようだ。 それにしても、デルタはなぜ動けないのか。今もこうして、ユゥアの剣を押し留めている。 ヘラが生かしているからだろうか。それとも、ユゥアに迷惑を掛けたくないと思うからだろうか。 ・・・・・・けれども、そのどちらの理由も、デルタ自身を納得させることはできないだろう。 もしかすると・・・・・・デルタは、もっともあって欲しくない可能性を考えているのかもしれない。 ――自分には、まだやらなくてはならないことがあり、そのためにこうして剣を抑えているという 可能性を。 一方のユゥアもまた、葛藤の最中にいた。 大切な仲間を信じたい。 ・・・・・・けれども、いくら自分が信じていても、相手がそれに必ずしも応えてくれるとは限らな いのだ。だから、リールクともう会うことはないのだと、ユゥアはそのことを悔いていた。 信じているのなら、無理やりにでも連れていけばよかったのだ。・・・アキと同じように。 それをしなかった自分が、悔しく、苦しい。 それは、デルタに対しても同じだ。デルタのことは、信じている。信じたい。・・・・・・だが、同時 にリールクと同じようになってしまうことを、恐れてもいた。・・・だから今、こうして剣を構えている。 デルタが自分の剣を止めることを、信じているから、そうしているのだ。 だが、これで目を覚まして欲しい・・・そう願う気持ちがあることもまた、事実だった。それで、どう したらいいのかが、わからなくなってしまっていた。 ―――デルタの目が、ユゥアを見る。 ―――ユゥアの目が、デルタを見る。 † † † どのくらい、そうしていたのだろうか。 やがて、どちらかともなく押し合う力を抑えていき・・・・・・ついにユゥアは、剣をデルタの手から奪 うような形で、床に投げ捨てた。乾いた金属音が、虚しく響き渡る。 「デルタ・・・・・・俺に、こんな馬鹿げたことを、させないでくれ」 「・・・・・・・・・すまない」 二人とも、決まりが悪そうに顔を背けた。 落ち着いて、ふと視線をユゥアに向けると、彼が時計を見ている様子が目に入った。 ・・・彼には、事情を話さなければならないだろう。少なくとも・・・彼には話せるのではないかと いう気がした。 ゆっくりと、デルタの唇が動く。 「――私に・・・・・・妹ができてから、私はずっと、お兄さんだから、というふうに親から言われて きた。お兄さんはしっかりしないといけない、と・・・。気が付いたら、それが自分の将来を・・・自分 を、縛っていた」 突然の話に、何のことを言っているのか理解できなかったらしいユゥアは、怪訝な顔をした。 「だから、私は、両親や妹の迷惑にならないようにと、自分で努力するようにしていた。だがそ れが、いつの間にか、両親に無理な期待を持たせてしまったらしい」 彼は俯いた。 「将来は何になれ、そのためにはどこの大学を目指せ、部活より試験を頑張れ・・・・・・親だけで はなく、先生や友人からも、そんな目で見られるようになってしまった。・・それが、とても耐え難 かった」 「いいじゃねえか。親にとっては、自慢の息子じゃないのか?」 そんな風に言うユゥアに、デルタは恨めしい視線を向けた。 「お前は耐えられるか?何かれ親に言われて、優等生として周りから蔑められることに。・・・試験 の点数で機嫌が変わって、急に優しくなる親、宿題の答えを見せたときだけ近づいてくる級友・・・ ・・・仕舞には妹にも呆れられて、口も聞かなくなった。・・・ずっと、自分独りで歩いているような気 がした。・・・だが、助けは呼べない」 哀れみの色を込めた視線を、ユゥアは苦笑と共にデルタに送った。 「・・・・・・いや、耐えられないな、俺にも」 デルタは、深く息を吐いた。まるで、自分の中にある悪い毒すべてを、外に吐き出すかのように。 「耐えられなかった。・・・だが、そもそも自分のせいなのだから、誰に文句を言うわけにもいかな いし、言う相手もいなかった。・・・・・・消えてしまいたいと、思ったよ」 彼の視線が、側に落ちている剣に向けられたことに気が付いて、ユゥアは何気ない動作でその剣 を腰のベルトに納めた。 「自分が消えられたら、どんなにいいだろうと。まるで初めから、誰もいなかったかのように・・・・・・。 そんな時だった。目の前で妹が、交通事故に遭ったのは」 その時の光景が、デルタの脳裏で早送りで蘇る。いつまでも・・・夢の中でさえも、忘れられない光 景だった。 |