4.

◇ ◇ ◇

 アキが目を覚ましたのは、夕方近くになってからのことだった。

階下に下りた彼女に最初に声を掛けたのは、カウンターで白いノートほどの大きさの

キャンバスに向かって、何かを描いているユゥアだ。

 鉛筆を動かしながら、階段を下りる足音に気がついたユゥアは、背後を確認せずに声

を掛けた。

「よお、よく眠れたか?」

 時間にすれば、寧ろ寝すぎたと言った方が正しい時間帯であったが、この世界での時

間の感覚がいまいち掴めていないらしいアキは、朝の挨拶で返した。

「ええ、おはよう。・・・・・・リンたちは?」

「ああ、相棒とリンなら、買い物に出てるぜ。デルタは相変わらず行方不明だ」

「そう・・・」

 カウンターの席に着いたアキは、マスターにウーロン茶を注文した。

「何を描いてるの?」

「ラルカントス城」

 覗き見てみれば、白いキャンバス全体に、無数の円筒形状の何かが描かれている。

大小さまざまな円筒は無数に伸びていて、細かい線が縦に入っている。まるで、いびつな

霜柱を縦に伸ばして地面に突き立てたような全景である。これが、ラルカントスの城なの

か。

 あまりにも城として不自然な外観に疑問に思ったのか、アキは再度問う。

「これが、お城なの?」

 確かに、メルヘン物語に出てくるような石造りの城の持つ重厚さとは、また違った趣きだ。

いかなる強風も、そこで阻まれてしまうような堅牢さがある。この絵からは全体の大きさが

判然としないが、上層階からならば、おそらくラルカントスを楽に一望できるだろう。

「ああ。・・・そっか、アキは見たことがないんだよな。俺と相棒は、たまにアルビノを探しにラ

ルカントスに行くことがあるからな。・・・とは言っても、高層ビルよりもずっと高いから、上まで

見上げることができないんだけどな」

「そんなに高いの・・・?」

「ああ。でもまあ、見た目ほど厄介じゃなさそうだけどな」

 ユゥアはその顔に悪戯めいたな笑みを浮かべながら、鉛筆を走らせて建物に陰影を付ける。

彼の言った”厄介”という言葉の意味は、おそらくアキには分からないだろう。

首を傾げたアキに、ユゥアは付け足した。

「ん?・・・ああ、こっちの話だ。それより、前から聞きたかったんだけどな」

 これ以上訊かれないように、ユゥアはアキの疑問には答えず、唐突に話題を変えた。

「何・・・?」

「アキは、デルタのことをどう思ってるんだ?」

「え?」

 あまりにも突然の質問に、アキは含んだウーロン茶を噴出した。ユゥアの意図することが、

すぐには理解できなかったようだ。

「いや、そういう意味じゃなかったんだが・・・・・・」

 アキの態度に、自分の言葉が足りなかったことに気がついて、彼は質問を訂正した。

「・・・リンにも、同じことを訊かれた」

「だろうな・・・。リンは、ああいう話が好きだからな。・・・・・・俺の訊きたいのは、そういう

ことじゃない」

 ユゥアが初めてアキに会ったのは、ラルカントスのスカッチャーの屋敷前だった。あの時

から、アキとは酒場でずっとこの夢を過ごしてきたのだが、アキとデルタが話しているとこ

ろを彼は見たことがなかった。もともと、デルタは言葉数が少ないほうだから、それも仕

方がないのかもしれないが、近づこうとさえしないのは何故だろうか。しかも、一度は自殺

を図っているのだ。

 だがその一方で、デルタはアキのことをとても心配しており、スカの屋敷からの救出の

ために、ユゥアに一仕事依頼さえしている。それは、ただアキが、アルビノの女性である

からというだけではないような気がした。

 いずれにしても、アキがここに来てからというもの、デルタの行動には不審なところが

多かった。原因は判然としないが、もしかすると、彼はアキをすぐに回収できなかったこと

をとても後悔しており、その後ろめたさのために返って彼女に話しかけにくくなっているの

かもしれない。ユゥアは友人として、デルタが悩んでいる姿を放っておくことはできなかっ

たため、アキに事情を聞いておく必要があると思ったのだ。

 鉛筆を置いて、カンバスの消しカスを軽くはたきながら彼は言った。

「アキは、デルタが嫌いか?」

「・・・そんなことはないけど、そう見えるの?」

「ああ。なんか、避けてるみたいだ。おまえも、デルタも」

 アキはウーロン茶の入ったグラスに視線を落としながら、首を傾げた。

「リンにもそう言われた。・・・そんなつもりはないんだけど、でも、少し避けちゃうかな」

 ユゥアはアキの横顔をちらりと見た。

「避ける・・・?敵だったからか?」

「ううん、そうじゃないの。・・・・・・なんていうのかな。似てるんだ、あの人」

「・・・知り合いに、か?」

「うん・・・そうだと、思う。でも、誰だかはちょっとわからない」



* * *

 そういえば、どうして自分はデルタを避けているのだろうと、少し秋子は考えてみた。

別に姿は誰にも似ていないはずだ。実際、大して会って話したこともない。けれども、な

んとなく避けてしまう。・・・それが、相手に対して失礼なことだとは分かっているのだけ

れども。

「・・・・・・アイツは、何か言っていなかったか?お前を知っているとか」

「ううん、そんなことを言われたことはないわ・・・多分」

 夢の中の記憶は曖昧で、真剣に思い出そうとして手を伸ばしても、ほとんどの場合掴む

ことは出来ない。・・・よほどのことがない限り、思い出すことは難しかった。

「・・・・・・アイツは、何かのことで、傷ついている。自分を、責め続けているんだ」

 ユゥアの突然の告白に、アキは思わず彼を振り返った。

「アイツは一度、死のうとした。・・・この屋上で、短剣を喉に突き立ててた。もう少し俺が駆けつ

けるのが遅れたら、間に合わなかったと思う」

 秋子の目が丸く見開かれる。・・・しばらくここにいたのに、まったくそんなことは知らなかった

のだ。ユゥアが続ける。

「どうしてなのか、アイツは話しちゃくれないんだ。俺にも、相棒にも。だからヘラは、悩んでいた」

「ヘラって、あの金髪の女の人のこと?」

「ああ」

 ユゥアは、昨夜のアトリエでの出来事を手短にアキに話した。


ヘラがフェルディアの女王であるとともに、この世界の神である可能性が高いということ。

彼女の最近の存在は不安定で、いつこの世界が消えてもおかしくはないということ。

ヘラは、デルタのことをとても気に掛けているということ。


 そして最後に、こう付け加える。

「ヘラは、デルタを助けたいらしい。だが、彼女はもう、身が持たない。だから、俺に頼みに来

たらしいんだが・・・。勿論俺も、仲間を放っておきたくはないからな。何とかしたいとは思ってる」

 仲間に何かがあったら、どうにかせずにはいられない・・・・・・そういう仲間思いの性格なのだろ

う、ユゥアは。そんな彼の姿を見て、アキも彼の力になりたいと思うようになっていた。

 だがそれにしても、秋子にはどうしても、フェルディアの女王がデルタのことを気にかけ

ているのかがわからなかった。

「ヘラさんは、どうしてデルタさんのことを・・・?」

「なんでも、恩人なんだそうだ。デルタは。詳しいことは、ヘラも教えちゃくれなかったけどな」

「恩人・・・・・・」

「ヘラに力を与えたのが、デルタだとか、そんなことを言ってたな。・・・マスター、そろそろ夕

飯を頼む!」

 裏口の辺りで酒の整理をしていたマスターに声を掛けると、ユゥアはカンバスを閉じた。






[BACK]   [TOP]  [NEXT]