| 17. † † † 淡い色の絨毯の敷かれた長い廊下を走りながら、ユゥアは少し後ろを駆けるデルタに聞い た。 「ヘラの気配、分かるか?」 「・・・上、だな。階段を見つける必要があるが・・・・・・ベンスの気配もヘラに近い。追いかけ る者を邪魔するために、城の階段では罠があるかもしれない」 「了解。なら、作るまでだな」 言うや否や、左脚に取り付けてあるベルトから、筆を引き抜いて作業を開始するユゥア。 その様子は、見事なほど手馴れている。 一方のデルタは、少し離れたところで辺りの様子を伺っていた。・・・スカッチャーの気配が 近くにないとはいえ、何を仕掛けてくるかは分からない上に、この世界の主であるヘラの力が 弱くなっているため、気を抜くことは決してできなかった。 いままで走って来た方角を見ていると、ふと、青い光が遠くの方で見えたような気がした。 咄嗟に、短剣の握りへと手をやったデルタだったが、瞬きをした次の瞬間にはその光が消 えてしまっていたので、ゆっくりとその手を下ろした。 「・・・・・・ん?どうかしたか?」 「いや、気のせいだ」 彼に背を向けて作業を進めながら、ユゥアは訊いた。 そのまま作業を進めてから、ユゥアはふと、思い出したかのように再びデルタに訊いた。 「なあ、ヘラは、いったいどうやってお前を助けたいんだと思う?」 唐突にそう訊かれて、デルタは答えに詰まった。彼は続ける。 「・・・・・・俺の考えを、言わせてくれ」 答えが返ってこないことを予想していたかのように、彼はそう言った。 「デルタを助けたいとヘラは言っていた。だが、お前はまだ助かっていない。・・・お前の 様子を見ていると、少なくともお前はまだ救われてないように、俺には思える」 彼の指摘は、正しかった。 「彼女が何をいったいやりたいのか。・・・・・・ヘラには、もう力がほとんどない。すでに、 彼女はなんらかのことをしているんじゃないかと、俺は思う」 デルタは、目を見開いた。 すでに、何かをしている・・・・・・彼には、その心当たりがまったくなかった。 「・・・俺には、アキがそれのように思えてならないんだ」 「アキ・・・が?」 ユゥアの考えに、デルタは戸惑った。それだけは、あり得ない。あってほしくないことだ からだ。何故ならば、デルタがここにい続けることになった原因・・・いや、なっている原 因が、彼女でもあるからなのだ。 「お前が、そう言うのは分かるよ。けど」 「そんなのは、逆効果だ。それに・・・アキにも、辛い思いをさせることになる」 デルタは、もうこれ以上その話をしたくないという嫌悪感をこめた声で、そう叫んだ。 だが、ユゥアは続けた。 「最後まで、聞いてくれ。・・・・・・俺が・・・・・・俺の見間違いでなければ、お前は大事 なことに気がついてないことになるんだ」 作業の手を休めることなく、ユゥアは言う。その表情は、背中しか見えないデルタには、 伺い知れない。 「ロストで・・・・・・お前たちのところに駆けつけたとき、ヘラとアキの姿が、ブレたんだ。 ヘラの力が弱まったせいなのはわかる。だから、ヘラに生かされてるアキも、一緒に ブレた。・・・・・・けど、お前は、そのままだった」 手を止めて、ユゥアがデルタの方を振り返った。その彼の背後の壁には、ほぼ完成し た梯子の絵がある。ユゥアがデルタの瞳を見つめた。 「デルタ。お前は前に、ヘラが自分のことを生かしていると言っていたな」 「・・・・・・ああ」 「だが、お前の姿はブレたりしていない。今も、アキが消えたのに、お前はこうしてちゃ んと存在している」 「・・・・・・じゃあ、じゃあいったい誰が私を生かしているというんだ!私は、もう、生きてい くのが辛くて絶えられないというのに!」 ヒステリックな口調で、デルタが反論する。それは、ユゥアが度々見てきたデルタの憂 いの表情の裏に秘められた感情を、凝集させたかのようだった。 負けじとばかりに、ユゥアも噛み付くような勢いで叫んだ。これだけは、デルタは知らな ければならなかった。 「アキなんだよ!!・・・デルタ、お前を生かしているのは、アキだ!ヘラは、お前にその ことを気付かせようとしてるんだよ!!」 デルタの双眸が、見開かれた。彼の周りの時間が止まったかのように、身動き一つし ない。何か言おうとするも、口元が微かに震えるだけだ。 デルタは明らかに動揺していた。無理もない。 妹がそんな風に・・・いや、妹がどのように自分のことを思っていたかなど、考えたこと がなかった・・・考えるのが怖かった。いつまでも、一緒に仲良く遊んでいた子供の頃の ままの兄妹でいたかった。 いつからだろう。いつから、自分は秋子の視線が怖くなったのだろう。いつから、言葉 が途切れたのだろう。 いつまで、続くのだろう。自分は、どうしたらいいのか・・・それすらも、考えられなくなって しまった。そんな時・・・あの事故が起きた。 彼に再び背を向けて、ユゥアは絵筆を大きく一振りした。それで絵が完成したのか、 次の瞬間にその絵は歪み、上へと続く梯子が具現化していた。さらに梯子が続く天井に 向かって筆を一振りすると、そこに付着した絵の具のそのはねた形そのままに、天井に 穴が開く。絵筆を脚に戻したユゥアは振り返って、動けないでいるデルタに言った。 「行くぜ、デルタ!・・・カタをつけるために」 デルタの躊躇いは、だがユゥアの掛け声に吹き飛ばされた。ユゥアの視線が、確かめ るようにデルタの双眸を捕らえる。意を決したように、彼は頷き、そし強い色を帯びた 瞳で梯子の伸びる天井を見つめた。 ・・・・・・その先にある、ヘラの待つ上の階を。 そこへたどり着いた二人を待っていたのは、アキに支えられながらもヘラがベンス2 世と対峙しているという光景であった。周囲には何もないその場所は、大きなダンスホ ールのようでもあった。 「ヘラ!!」 デルタが叫ぶ。あと少しというところまで迫っていたベンス2世は、忌々しげな視線 を辿り着いた二人に寄越した。 「・・・まさか、こんなに早く来るとは思いませんでしたよ、ディルティルス。それに、白 銀の怪盗」 「へえ、俺のことも知ってるのか」 感心したように、ユゥアはベンスを見る。いつもの余裕に満ちた笑みには、若干の緊 張が混じっているように見えた。 「勿論・・・・・・相棒の神官の方もね。だが、あなたが来たと言うことは・・・今頃、彼ら が無事だといいのですが」 にやりと嫌な笑みを見せるベンスに、白銀の怪盗は殺気立った。 「貴様・・・・・・相棒をどうした!」 「ふふ・・・・・・罠に、掛かっていれば今頃は」 道理で、デルタたちが難なくここまで来れたわけだ。反対側の通路には、ベンスの 仕掛けた罠が張ってあったのだ。先ほど見たあの光は、彼らの何らかの抵抗によるも のだったのだろう。 二人は、当初の目的を忘れてベンスを睨みつけた。 「心配要らないわ・・・・・・もう、この夢からは出て行くことができたから」 だがベンスのその余裕な態度は、ヘラの言葉によって一蹴された。それで、益々 ベンス2世の顔は醜く歪んだ。 「ヘラ!!お前はただ私に力を渡せばいいのに・・・・・・何故だ!何故そこまで私の 邪魔をする。それほどまでに、私のことが憎いか?羨ましいか?妬ましいか?・・・そ れはそうだろうな。私は、ディルティルスに見込まれたほどの、才を持つ者なのだか ら!お前よりもずっと、この世界を治めるのにふさわしい・・・・・・そうは思わないか、 ディルティルス?」 だが、当のデルタの視線はベンスにではなく、アキの方に向けられていた。 「アッコ・・・・・・何故・・・なんだ」 突然声を掛けられて、秋子は初め、自分に声が掛けられたことに気がつかなかった ようだ。 「え・・・?」 「どうして、私のことを・・・・・・」 「ディルティルス!貴様も私を無視するというのか!そもそも王位を私に譲ったのは、 貴様ではないか!見る目があるとは思いましたが・・・最後の最後に怖気づくとは、貴 方もそれだけの男だったというわけですね!いいでしょう!」 相手にされなかったベンス2世は、今度はデルタに向かって構えた。その双眸には、も はや正気の色は感じられない。 「ここで、貴方に引導を渡して差し上げますよ!そして・・・・・・自らの力で、私はこの世界 の支配者となる!新しいゲームの始まりだ!」 だがここに来て、その場にいた全員をベンス2世は敵に回すこととなった。デルタの視線 が、徐々に険しいものへと変わっていく。 「ベンス・・・・・・それが、貴様の本音か」 ニヤリと笑い、彼は答える。 「勿論。世界は、私のものになるのです。やはり、ゲームは主人公になるのが一番です からね。・・・貴方も、そうだったはず」 「私は・・・・・・そんな風に思ったことはない。ヘラも、ユゥアも・・・・・・アキも」 デルタの言葉に、ヘラがほんの少し笑ったように見えた。 「馬鹿な。夢など、所詮はゲームと同じ。目が覚めた瞬間、消えてしまうではないですか。 それを」 ベンスの告白は、半ばにして遮られる。・・・背後から、ユゥアがきつく羽交い絞めにした のだ。 「お前・・・・・・少し喋りすぎだぜ。男はもう少し、静かな方がカッコいいだよ!」 ユゥアは身動きできずにもがく彼に向かってそう言うと、今度はヘラに視線をやって叫ん だ。 「ヘラ、今のうちに、早く他の夢に通じる穴を開けてくれ!・・・・・・俺は、こいつとこの夢を 出る!」 「何・・・き、貴様、何をする!?」 「――ユゥア!」 ベンスとデルタ、二人が同時に叫ぶ。 ヘラとユゥアの視線が虚空で一瞬、だが確かに交わった。彼女の周りの空気が揺らい だように見え、それと同時にユゥアの近くの床が歪んで、大人が両手を広げたくらいの大 きさの黒い穴が現れた。 「デルタ、お前と知り合えてよかった。またいつか、必ず会おうぜ!」 「ユゥアッ!」 「じゃあな!」 いつも酒場で彼に見せていた、悪戯めいた笑みを浮かべて、ユゥアはベンスを抑える力 を強める。そして――― 「貴様ぁぁあ!」 叫ぶベンスを押さえたまま、重心を穴の中へと移動させて体を傾ける。その光景が、スロ ーモーションのようにデルタには見えた。ベンスの重さも加わって、あっと言う間に2人は暗 い穴の中へと落ちていく。 デルタとアキは穴へ駆け寄るが、覗き込んだ穴の底は下の階ではなく、ただの暗闇が奥ま で続いているだけだった。 |