| 16. * * * 「・・・邪魔者が、入ってきたようですな、ヘラ」 相変わらずの余裕な口調で、ベンス2世は言う。乱れた髪を整えながら立ち上がり、ヘラを見つ める。一方、彼と対峙したヘラは、”邪魔者”の気配を読むように視線を虚空へ巡らせた。 「・・・・・・問題ないわ」 「少々私には都合が悪いのですがね・・・。まあ、いいでしょう。彼らがここへ辿り着くまでに、カタ をつければいいだけのことです」 そうして再び、アキの方へ視線を向けた。そのベンスの顔を見て、彼女は何か違和感を覚えた。 「力を・・・渡しなさい。そうすれば、貴女もきっといい夢が見られますよ。滅びることのない国、ア ルビノを差別しない国・・・、そう、アルビノが力を発揮する国を、私が創る・・・・・・私が、世界の 神になるのです」 アキは、アルビノと言われて、ようやくその違和感の正体に気がついた。ベンスの片目は赤く宝 石のように輝いていた。・・・おそらくは、先ほど弾き飛ばされて、コンタクトを落としたせいだろう。 彼も、アルビノなのだ。 話しながら興奮したのか、ベンス2世は爛々と輝く瞳で、少しずつアキに迫っていた。彼女の方 は、そんな彼の様子を警戒しながら、少しずつ後ずさることしかできなかった。 だが、ベンス2世の足は突然止まり、ヘラに鋭い視線が投げられる。 「また邪魔をする気ですか・・・?・・・それほど、今の地位が惜しいのですか?ヘラ」 彼の問いに、ヘラはしばし瞑目して、それに答える。 「・・・・・・惜しいわ。・・・私にはまだ、遣り残したことが、あるから・・・」 決然たる口調で答えたヘラに、質問者は少し怯んだ様子を見せたが、やはりまたもとの余裕な 表情に戻り、片手をこちらに向けた。 右の手のひらを虚空で止めるような形で、彼はヘラを睨んだ。 「まあ、いいでしょう。・・・こんな壁、いくらでも壊して見せますよ」 どうやら、ヘラはベンス2世をアキから遠ざけるために、透明な壁を作り出したらしかった。この 隙に、なんとかベンスから逃れなければならなかった。だが振り返った彼女にヘラは、なぜか この場に留まるよう願った。 「ここにいても、大丈夫。ここは私の最後の場所だから」 Ψ Ψ Ψ 「師匠・・・アキ、大丈夫かな」 長い廊下をひたすらに走り続け、息がかなり上がってきたために速度を緩めながら、リンはオル フに聞いた。 ・・・地平線が消えかかっていた先ほどの光景を見てから、ずっと彼女の胸に湧き起こって来る 不安。それを抑えるには、オルフの、穏やかに心を流れる言葉が必要だった。だから、無意識に 彼女はオルフィウスの声を求めていた。 「・・・・・・大丈夫ですよ、きっと。アキさんを・・・・・・ヘラさんを、信じましょう」 「・・・うん」 それにしても・・・前方に伸びる廊下は果てもなく続いている。左右の壁には扉はおろか、窓もな い。ただ、一定の間隔でシャンデリアが天井からぶら下がっているだけだ。また、ラルカントス城 と違い、ここには兵士の影もなかった。 「でも師匠・・・ここ、どこまで続いているのかな?」 走る速度が落ちていたリンは、とうとう疲れのあまり足を止めなければならなかった。その様子 に、オルフィウスもまた足を止めた。 「大丈夫ですか?リンさん」 「うん」 いったい、どこまで行けばいいというのだろう。 「・・・・・・師匠、あれ!」 振り返ってみれば、後ろに伸びていたはずの廊下の輪郭が、徐々にぼやけてきていた。ここも、 街と同じように崩壊していくというのだろうか。 「ここまで・・・・・・いや、この感じは、何者かの力・・・ヘラのものではない」 「どうしよう、師匠っ」 槍を構えながら、リンは動揺した口調でオルフに意見を求めた。 もう、デルタとユゥアのところへは戻ることができないのだ。 「行きましょう、リンさん。必ず、道は開けるはずです」 リンの手を取り、オルフは駆け出した。リンも必死についてくる。 駆けながら、オルフィウスはヘラの気配を探した。それさえ分かれば、あとは彼の力でどうにか そこへの道を作ることはできるからだ。だが・・・オルフの感覚を持ってしても、ヘラの気配を感じ 取ることができない。 「師匠、あれ!」 なんと気が付けば、前の方からも崩壊が近づいてきていた。・・・道は一本道。これは罠だ。 ようやく、オルフは気がついた。これはベンスの仕業だ。 逃げ道は作るしかない。だが、どこへつくればいい? 闇雲に作れば、きっとこの罠を作った者の思う壺になってしまうだろう。 「こちらへ――」 突然聞こえた女の声に、オルフとリンは同時に左手の壁を振り返った。そこに・・・・・・何処かへ と続く暗い入り口が、壁に開いていた。声が再び頭上から振ってくる。 「時間が、ありません。・・・・・・ここから、早く逃げてください」 声の主は、おそらくヘラだ。 「ヘラ、貴女を探しています・・・今、どこにいるのですか」 「ヘラさん、大丈夫なの!?」 「・・・・・・そこは、ベンスの術中。・・・今となっては、私が罠に手を出すことも、貴方が壊すことも 難しいのです・・・・・・貴方は、彼女とここから逃げてください。この夢から・・・」 ヘラの声からは、必死さが伝わってきた。きっと、もう最後の力を振り絞っているのだろう。・・・こ こで彼女の力を無駄に使わせては、ここまで来た意味が無い。 オルフィウスは、この夢での退場の時を知った。 「・・・・・・わかりました。・・・ここを、離れます。・・・彼を、頼みます、ヘラ」 「師匠っ!」 リンは、オルフィウスに向かって叫んだ。その彼女を、オルフは宥める。 「ここにいては、彼女に力を使わせてしまう。これ以上、彼女に負担は掛けられません」 「でも・・・・・・」 「大丈夫。私たちに出来ることは、やったでしょう?」 リンは、師匠の言葉に頷くしかなかった。確かにこれ以上、自分がヘラの元に行っても、何もで きそうにないのだ。 「・・・・・・ありがとう。・・・あとは、彼を信じてください。・・・本当に、ありがとう」 ヘラが深く頭を下げる様子が、目に浮かぶようだった。静かに、彼女は感謝の言葉を二度、二人 に掛けた。オルフが再び、リンの手を取った。 「行きましょう、リンさん。ヘラさんと・・・デルタさんを信じましょう」 「うんっ」 二人は、一緒に地を蹴った。その体が、あっという間に暗闇へと飲み込まれていく。 どこへ繋がっている空間なのかは分からない。だが、オルフの心に不安はなかった。 左手の温もりを確かめて、その身を抱き寄せる。 ―――師匠? 振り返った栗色の瞳が暗闇の中、群青色と交わった。 ―――大丈夫。・・・・・・私は、貴女を守ることが出来たから。 今度も大丈夫だ。 そして何処かへと、二人の夢は続く。 |