15.

 一面に広がる白くうっすらと明るい世界。

徐々にそれは霧のように晴れていき、アキは自分が一人、大きな部屋の中にいることを知った。

そこは、彼女の知っている場所だった。

「ここって・・・・・・」

 初めてこの夢を見たときに、秋子がいた場所だった。でも確かそのときは、誰かがいたような気

がした。必死に思い出そうとして、ふと、自分が誰かを追いかけていたということに気がついた。


 そしてその後、気がつくとあの一面荒れ果てたロストにいて・・・・・・デルタに出会った。

でも、誰を追いかけていたのだろう・・・・・・?

 曖昧な記憶を頼りに、自分が駆けていった場所を彼女は歩いてみた。周りには何もないため、突

き当たりの壁が見えず、どのくらい広い部屋なのかは判然としなかった。ここが、果たしてあの夢の

続きなのだろうか。

 だがそのまましばらく歩いて行くと、見覚えのある人影が目の前に佇んでいるのことに、秋子は

気が付いた。――ヘラ、だった。

その表情が、曇っているように見えて、秋子は首を傾げた。

「ヘラ・・・さん?」

 秋子の姿を見て、彼女の表情は少し晴れたようだった。

「よかった・・・また、ここに戻って来てくれて」

 でもどうして、彼女はこんなところにいるのだろう。

理由を聞こうと口を開きかけた時、明らかに彼女のものとは違う第三者の声が、唐突に掛けられた。

「まったく驚きましたよ。まさか、アルビノの女性が二人、とは」

 そちらを振り返ると、そこには見知らぬ男が立っていた。

ヘラの方はどうやら知っている様子だったが、彼女の表情からするとあまり歓迎すべき相手ではな

かったようだ。

「――どうして、ここへ?案内の者はどうしたのかしら」

 秋子に掛けた声よりも明らかに低く、そして鋭さがあった。威圧感のある口調だった。だが、男は

そのことを特に気にした様子もない。

「・・・さて。大分長い時間待たされましたので、暇つぶしの相手になっていただきました」

 まるで、ゲームにでも付き合ってもらったような言い方だったが、要は案内の兵を倒してここへ来

たということなのだろう。ヘラの顔に一瞬、緊張が走った。

「それにしても・・・ね。てっきり私は、貴女がただのフェルディアの王だと思っていたのですが・・・

アルビノだったとは思いませんでした」

 アキはヘラを振り返る。ブロンドのウェーブのポニーテールに、紫の瞳。その容姿はどう見ても、自

分と同じアルビノには見えない。

 勿論、今の秋子のように化けている可能性も否定できないのだが、どうして男はヘラと自分のこ

とを、アルビノだと分かったのだろう。

「この世界には存在しえない、女のアルビノ。・・・可能性としては、2つ。一つは、ただの偶然と奇

跡。もう一つは・・・・・・それがこの世界にとって、唯一無二の重要な存在だということ。さて、どち

らでしょうね?」

 男は、薄笑いを浮かべてヘラのことを見つめている。傍で聞いている秋子には、意味がよくわか

らなかったが、どうやら今この状況はヘラにとっては都合がよくないということはわかった。

「なぜ、私がアルビノだと・・・・・・」

「見たことがありますからね変装したアルビノを。貴女と同じように、髪を金に染め、青いコンタク

トをした人を、何人もね・・・それに」

 彼はそこで言葉を切ると、勝ち誇ったように笑った。

「今、貴女が自分で認めましたから、ね」

 ヘラの瞳に、動揺の色が走る。アキはその様を見て、彼女を助けなければと思った。明らかに、

目の前の男の方がうわ手だ。

「そうとは言えないわ。彼女は、自分がアルビノだなんて認めてない」

「なぜ?彼女は確かに、『何故、私がアルビノだと?』と私に聞いたんですよ?貴女も聞いてい

たはず」

 秋子は頷いた。確かに、彼女はそう言っていた。だが、彼女が言葉半ばにしたのが幸いした。

秋子は説明する。

「確かに、彼女はそう言った。・・・でも彼女は、『どうして自分がアルビノだと分かったのか』で

はなく、『どうして自分がアルビノだと貴方は言い張るのか』と聞いたのよ」

 アキの話に、初めて男の余裕の表情が揺らいだ。余程の自信があったのか、徐々にその顔が

赤く染まり、アキの方を睨みつけた。

「うるさい奴だな。なら、何か?お前のような逃げてばかりの非力なアルビノ、この世界の神だ

とでも言うのか!?」

 何故彼は、ヘラだけでなく自分のこともアルビノだと言い張るのだろう。ふと、彼女は視界に入

った自分の髪の色を見て、愕然とする。・・・もとの銀色に、戻ってしまっていた。

「確かに、この世界は彼女のためにある。それは事実よ」

 果たしてフォローをしようとしたのか、それとも、ヘラ自身の身の安全を確保しようとしたのか、ア

キには身に覚えのないことを、ヘラは言った。

「・・・・・・ほう。それでは、貴女よりも、彼女に交渉した方がいいというわけか。世界を手に入れ

るためには」

 男の視線が急に、獲物に狙いを定める獣のように鋭く変わった。

「残念ながら、それは無理だわ・・・・・・ベンス2世」

「どうかな?こんなひ弱な女など、簡単にねじ伏せることができますよ」

 ヘラの言った名前には心当たりがあった。確か、ラルカントスの王の名前だ。だが、どうしてこん

なところにいるのか。それに、今のベンスの異常な目つき。何を彼は企んでいるのか。今にも、

アキに向かって跳びかからんとしている。

「大人しく、この世界を私に渡しなさい。手荒なことは、したくない」

 口調は落ち着いているように思うが、彼の態度からは殺気がむき出しである。そういうことには

まったく疎いアキにも、今のベンス2世は危険だと感じることができるほどだ。

「彼女に手は触れさせない・・・・・・!」

 アキに飛びかかろうとしたベンス2世は、瞬きした次の瞬間、ヘラの言葉とともに後方へまるで

何かに弾かれたように飛ばされていた。

「フェルディアで・・・・・・この世界で、勝手なことはさせない。・・・私の力がある限りは」



◇ ◇ ◇

「ここが、フェルディア城か・・・・・・」

 4人はフェルディア城を目前に息を切らして佇んでいた。近未来的な概観のラルカントス城とは違

い、こちらはヨーロッパに今も残る、城そのものだった。但し、実際のそれとは形が幾分単純な様

ではある。

 周りに見張りはなく、建物中央の大きな扉が、少し開いているようであった。・・・その、少し離れ

たところに、銀色の車が止められてある。それを見つけたリンは、思わず声を上げた。

「・・・師匠、あの車!ラルカントス城から出てきた車だわ!」

 車は、この世界では珍しいものではなかったのだが、”夢幻”の崩壊とラルカントスの衰退により、

その流通台数は極端に減っていた。そのため、もとからバルバロイの街にいたリンにとっては、

車は珍しいものであり、それだけにその記憶もはっきりと残っていたのだ。

「では、ベンス2世はもう城の中に・・・」

「俺たちも、行こう・・・・・・聞いてるのか、デルタ」

 なかなか城の中へ行こうとしないデルタに、ユゥアは声を掛ける。後ろを振り返ったユゥアは、彼が

何故立ち止まったのかを理解した。

「・・・・・・いったい、どうなってるんだ?これは」

 彼らが今しがた走ってきたフェルディアの町並み・・・・・・その先が、霞んでいた。そらも、街も、地面

も・・・・・・すべてが、白く霞んで見えるのだ。

「・・・・・・街が、消えている。・・・フェルディアが」

 それは、ヘラのこの夢に与えている影響力が弱まってきていることを示している。どうやら、時間は

あまり残されてはいないらしい。ユゥアがデルタの腕を掴んで、引いた。

「急ぐぞ!時間が、もうないんだろ!」

 振り返ったデルタに、彼が無言で頷く。二人が中に入ると、先に入っていたオルフィウスとリンが、

二手に分かれて左右へ伸びる廊下を検分していた。

「ここは、二手に別れましょう。できるだけ早く、ヘラを見つけて保護するんです」

「通る道には、印を刻んでおいた方がいいだろうな。どちらかが行き止まりでも、すぐにもう片方へ

追いつけるように」

「・・・・・・勿論だ」

 デルタが、腰のナイフに手を掛けた。リンもまた、愛用の槍を握り締めて頷く。

「私はリンさんと行きます。・・・・・・お二人とも、気をつけて」

「ああ、そっちもな。ベンスが何かを仕掛けてるかも知れねぇ・・・油断は禁物だ」

 二人ずつに分かれた一行は、それぞれの方向へ伸びた廊下を背に、向かい合う。

「では、行きましょうか、リンさん」

「行くぜ、デルタ!」

 4人は互いに視線を交わす。言葉はないが、それだけで十分だった。

そして、ほぼ同時に背後へ向かって地を蹴った。






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