14.

†  †  †

「そう言えば、私、アキと一緒に外で待機していたときに、車が去って行くのを見たわ。確か、

その時に中にいた誰かが、フェルディアが・・・ヘラに直接何とかって言ってた」

 リンの突然の報告に、三人は動きを止めた。

「それは、いつのことでしたか、リンさん」

「えぇと・・・師匠たち遅いなって、時計を見た時だから・・・そう、11時半だわ」

 三人は顔を見合わせた。

「誰だと思う?」

「間違いない、ベンスだ」

 答えるデルタの声に、淀みはない。

「じ・・・じゃあ、私が見たのはラルカントスの王だったの?でも、ベンスはデルタさんを渡す

代わりに、友好条約を結ぼうとしたのよね?」

 リンの言うことは正かった。但しそれは、新聞や号外などで伝えられる、表向きの話だ。オル

フが説明を加えた。

「それは恐らく、表面上の都合の話しでしょう。ベンスは、そんな甘い考えをする男ではあり

ませんよ。きっと、フェルディアごとこの夢を乗っ取るつもりです。・・・それもどうやら、人質す

ら出さずに、ね」

 ここで言う人質とは、勿論デルタのことである。怪盗が彼に引き付けられているうちに・・・

そしてまた、彼が動けないでいるうちに、ベンスはフェルディアに向かったのだ。

「王とはいえ、ヘラは女だ。力付くでなら、フェルディアの支配を奪い取れると考えたのかも

しれない・・・・・・迂闊だった」

 デルタは、ベンスの狙いに何故早く気が付かなかったのかと、奥歯を噛み締めた。それでな

くても、ヘラはもう大分弱っているのだ。余計な刺激を与えれば、それだけ夢も、彼女自身も

維持が難しくなる。

「・・・急ぎましょう。フェルディアの城へ」

「もう、ベンスの野郎が城を出てから、1時間近く経ってる。勿論ヘラも簡単には近づけさせな

いだろうが、あんまり時間はねぇな」

「行きましょう!デルタさん!」


――ユゥア、オルフ、リン。三人の視線が、デルタに集まった。皆、デルタの返事を待っていた。

 声を発するのに、これほど勇気が必要だった瞬間は今までになかった。それだけ、デルタ自

身が答えを先延ばしにしていたからだ。

「・・・・・・行こう、フェルディア城へ」

 そして4人は一路、フェルディア城へ駆け出した。



* * *

「アッコ、お兄さん大丈夫だった?」

 学校に着くなり、京子は秋子に聞いた。都合が良ければ今日は自分も行くと、彼女は付け足

した。

「うん、大丈夫・・・だったよ。なんか、昨夜は脳波に問題があったみたいだけど、今は安定に

向かってるみたいだから」

「そう・・・・・・じゃあ、まだ行かない方がいいかな、私」

「京子がそんなに心配しなくても大丈夫だよ。母さんも行ってるから」

 母親は、今日も朝から病院へ出掛けていた。けれども何故、自分は同じ身内・・・兄のことを

母のように心配することができないのだろう・・・。

「今日も病院・・・・・・だよね」

 控え目に、京子は聞いた。もうすぐ期末テストが控えている。彼女もできればいつものように、

そろそろ試験の準備をしたいと思っているのだろうけれど、状況が状況だけに、いくら幼なじ

みでも無理を言うのは憚られるのだろう。

「ううん、大丈夫だよ。・・・私が傍にいても、何もできないし。・・・それに、夜まで家を空けて

おくのも、物騒だから・・・・・・」

 京子は気を遣わせて申し訳ない・・・その気持ちの他に、秋子の言葉には兄から逃げてい

る気持ちが含まれているようにも聞こえたかもしれない。

「いいの・・・・・・アッコ、それで」

 だが秋子は秋子で、改めてそう問われてしまうと、自分でも気づかないようにと抑えていた

迷いが、返って沸き起こってしまうのだった。


 京子は気が付いている。

自分に必要なのは、自身の背中を押す力なのだということを。

「もう、行ってきなさいよ。期末の勉強は明日か明後日にやればいいし!・・・ほら、返事は?」

 半ば強引な京子の提案に、秋子は歯切れの悪い返事をした。

 だが彼女は同時に、心の奥ではそんな幼なじみに感謝をしてもいた。

自分では、どうにもならない。あと一歩のところで、尻込みしてしまう。そんな弱い自分のこ

とを、秋子自身、そして京子も知っていた。



 学校からの帰り、いつものように秋子は病院へ寄った。病室では、昨日と同じように母親

がベッド脇の椅子に腰掛けて、冬雄の様子を見ていた。

「アッコ、今日は別によかったのに。テスト勉強、そろそろ始めないといけないでしょう」

 部屋に入るなり、小声で母親に秋子はそう言われた。大抵のことよりも勉強が優先されて

いたが、この時に限っては、秋子にはそれが有り難かった。それは勿論、京子に病院へ行

く必要がないと言ったのと同じ理由からである。

 椅子に座ろうかどうしようかと迷って立ったままでいると、あとから病室に愛美の母親が入

ってきた。

「あら、秋ちゃんいらっしゃい。今日もお兄さんのお見舞い?」

 これまでずっと、愛美の母親は朝と夜遅くに見舞いに来ていたため、彼女は秋子が平日の

学校帰りにはたいてい病院に立ち寄っていることを知らなかった。つい3日前にも、学校の

帰りの秋子の姿を見たためか、彼女は、頑張ってねと声を掛けてベッド脇の椅子へと戻って

いった。

 そして、眠ったままの愛美の手をそっと握りしめる。

「アッコ、あなたは帰って勉強なさい。夕食は、自分で何か買って。お母さん今日も夜まで

いるから」

 再度そう指示されて、秋子は家に帰ることにした。そして病室を出る際に、愛美の母親に

軽く頭を下げた。・・・・・・と、その時だ。


――・・・あれ、ヘラ・・・・・・さん?

 聞き覚えのあるような名前が、突然頭の上から降ってきたような感じだった。どうして彼

女がこんなところにいるんだろうと、少し考えて、ここが現実で、彼女はただヘラに似てい

る愛美の母親だということに気が付いた。


―――夢。


 病室を出て、秋子ははっとする。そう言えば、自分は夢を見ていなかったか。

考えてみれば、授業中や休み時間にも少し寝ていたが、今朝からいつも見ていたあの夢を

見ていない。中途半端のままに目を覚ましていたような気がする。今まで、ずっと見続けてい

た夢なのに、どうして気がつかなかったのだろう。

 何故だか分からないが、彼女は胸騒ぎを覚えた。そして漠然と、あの夢を見なければなら

ないという衝動に駆られた。いや、中途半端なままのあの夢を最後まで見たいという衝動に

近いのかもしれない。


――もう一度・・・一度だけでいい。あの夢を、見たい。


 強く願えば、きっとまた見ることができる。・・・何故なら、夢は自意識の一部を反映しているか

らだ。きっと、大丈夫。

 そう信じて、その日の夜、秋子はいつもよりも早く眠りに着いた。






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