第5部 銀世界の終焉



1.

◇ ◇ ◇

「・・・座ってくれ。お茶くらいしか出せないが、それでいいか?」

「・・・・・・お気遣いなく」

 取り敢えずは彼女を部屋の中に入れたものの、ほとんど初対面に近い相手をどうもてなせ

ばいいのかとユゥアは戸惑った。とりあえずは、絵を描くときに座っている椅子と、小型のテー

ブルを部屋の中央に持ってきて彼女に示したが、彼自身が座るいすがなかった。ピザをテー

ブルの上に置き、地下から椅子を運び出して、今度はお茶がまだであったことに気が付く。

 そんなことをしていたために、席についてお茶を入れた頃には、ピザは冷めてしまっていた。

「・・・どうぞ、召し上がってください」

「いや、後にする。レンジで暖めるつもりだったからな」

 そう言ってユゥアは、先ほど淹れたお茶を飲み始めた。しばらく淹れていなかったが、うまく入

ったとほっとしている彼を、彼女はしばらく眺めていた。

 そのままお茶を彼は何口か啜ったが、彼女は何も話始めようとしないので、前々から疑問に思

っていたことを訊いてみた。

「アンタはいったい何者なんだ?」

 彼女は、視線を彼の双眸に合わせた。二つの紫の視線が、虚空で交わった。

「私は、ヘラと言います。・・・・・・貴方と同じアルビノです」

 静かなその返答に、ユゥアは驚愕する。

 不自然な色のその瞳は、カラーコンタクトを使って変色させた証。青いコンタクトの下にある色

が、赤だということに、最初に視線が合ったときにユゥアは気が付いていた。この時ユゥアが

驚いたのは、彼女がアルビノであったことにではない。

彼女の名前がヘラであり、そしてヘラが、アルビノであったことに、である。

「ヘラ・・・・・・お前があの、フェルディアの王・・・」

 北の強国、フェルディア。まさかこの女性がその王だったとは・・・。それならば、オルフに攻撃

されていたのもわからないではない。そもそも夢幻を崩壊させたのが、フェルディアの攻撃に

よるものだという説が強いのだから。

 だが、そうすると、わからないことが一つ出てくる。何故あの時、デルタと一緒にいたのかとい

うことだ。偶然居合わせたとは考え難い。

「どうしてあの時・・・ロストで、デルタがいたんだ?フェルディアの王が、あそこで、何をしていた」

「私は、ディ・・・デルタと、話をしていただけです。彼は、私の古い友人なのです」

「・・・王と・・・・・・か?ただの傭兵のアイツと、王であるアンタが、どうして知り合いなんだ」

 彼女は言葉を詰まらせた。まるで、どう答えればいいのか迷っているようだった。少しして、彼

女は答えた。

「・・・彼は、私の恩人なのです。だから今度は私が、彼を助けなければなりません」

 そう言うと、ヘラは悲しそうに目を伏せた。

「だから、私は今、生きています。でも彼は、何故自分が生きているのか、その本当の理由

に気が付いていません」

 ユゥアが首を傾げる。ヘラの言葉を理解するのに、少し時間が必要だった。

「・・・まさか、お前がデルタを生かしているのか?」

「いいえ・・・・・・」

 彼女は遠くを見るように、視線を壁の絵に向けた。その視線は、やはり哀しい・・・。

「彼も、このことを、知らないのです。私は、彼を助けたいのに・・・」

 ヘラが、再びユゥアを見つめる。その視線には、先ほどのものよりもずっと強い力がある

ことに、ユゥアは気がついた。

「貴方に、お願いがあって、来ました。どうか、彼を助ける手助けをして下さい」

 ユゥアが、ヘラの視線を受け止める。彼女の視線は、あまりに真剣だ。

だが彼は、その視線を1度切って、堅い表情でヘラに訊いた。

「手伝うかどうか、答える前に、訊いておきたいことがある」

「・・・はい」

「相棒の・・・夢幻を壊したのは、アンタか」

 ヘラの視線が悲しそうな色を帯び、双眸が細まる。

「・・・・・・仕方がなかったのです」

「アンタがやっぱりやったのか?仕方がないって言うのは、どういう意味だ。あの国には、たく

さんの人が住んでいた。彼らの夢を、アンタは一瞬で壊したんだぞ!」

 ヘラは、押し黙る。ユゥアにとって、今はどんな言い訳も通用はしない。他ならぬ、彼の大切な

相棒のことなのだから。ヘラは、まるで軽々しい言い訳を避けようとするかのように、沈黙を

守った。

「俺は、仲間を信じてる。だから、相棒を・・・仲間を助けたい」

「・・・・・デルタは、貴方の仲間ではないのですか」

「そうだ。アイツも、大切な仲間だ。けどな、俺はアンタを信じることはできねえ」

 ユゥアの強い視線が、ヘラの視線を押し返した。彼女はそれを押さえきれず、俯いた。

「そう・・・ですか・・・。では、貴方が、貴方に、彼のことを託します。貴方なら、きっとできるはず

です・・・・・・」

 そう言うと、彼女は静かに立ち上がった。その姿が・・・・・・いや、少し遅れて、視界全体も一瞬ぼ

やけたように見える。ユゥアは制止の声を掛けた。

「おい、どういうことだ!アンタは、アイツを・・・デルタを助けたいんじゃないのか?」

 なぜ、簡単に諦める?

大切な人を助けたいのでは、なかったのか。

そんなに曖昧な感情で、俺に助けを求めに来たのか。

ドアのところで立ち止まり、軽く後ろ・・・ユゥアの方を振り返って、彼女は言った。

「私は、もう長くはここにいられない・・・・・・そして、ここも、そう長くは持たないわ。・・・もう、私じゃ

あ、彼を救えない・・・後は、誰かに託すしか・・・・・・一人でも多くの人にお願いすることしか、私に

はできない」

「・・・どういう意味だ」

 外へ出ようとした彼女の腕を、ユゥアが掴んだ。・・・気のせいか、また彼女の姿がぼやけたように

見えた。

「待て、ヘラ」

 振り払おうとする彼女の両腕を無理やり掴んで下がらせ、体を入れ替えた。そのままドアに立ちふ

さがるようにしてユゥアは、入れ替えた反動で床に倒れてしまったヘラを見下ろした。

 先ほどから、頭の中で何かが引っかかっていた。

「・・・・・・今のは・・・。お前は、ただの王じゃないのか」

 ヘラは何も言わない。何かを隠そうとしているようにも、先を促しているようにも思えた。

「・・・それは、お前が消えれば、ここも消えるってことか。・・・・・・お前の姿がブレた後、俺の視界もブレ

た。錯覚じゃねぇ。確かに、この世界が不安定になったんだ」

 一つの可能性が、ユゥアの脳裏に閃いた。そしてそれが確信に変わったのは、次の瞬間だった。


 見上げてきたヘラの双眸・・・・・・それはまるで、真紅の宝石だった。倒れた拍子にコンタクトを落

としたのだろうか。それは、アルビノの証であった。それで、改めて思い出した。

 この世界で存在するであろう、唯一の・・・・・・いや、秋子を含めれば2人目の・・・女性のアルビノ。

それが示すのは――

「・・・・・・アンタはまさか・・・アンタが、この夢の“神”なのか?」

 ヘラの周りの空気が、目で見えるほどの動きを見せたような気がした。彼女の気配が、一気に強く

なるのを、彼は肌で感じた。

「・・・・・・彼は、私にこの力を教えてくれました。だから、私は生きることの嬉しさを、楽しさを・・・

喜びを、知りました。今度は、私が彼を助けたいのです・・・この、命が消えてしまう前に」

 強くなった気配が、急激に弱くなっていく。いったいどうしたのか、彼女は片手で頭をを抑えた。

「おい、どうしたんだ」

 ユゥアは屈みこみ、彼女を支えようと手を伸ばす。

「まだ・・・死ぬわけには・・・・・・今ここで、目を覚ますわけには・・・」

 苦しむ彼女の姿を見て、ユゥアの頭に一つの可能性が頭をよぎった。・・・・・・それは、この世界

の真相に限りなく近い。ユゥアは口の中が妙に乾くのを感じた。

 だがしかし、それを確かめようとしたまさにその時、今度こそヘラの姿は忽然と消えてしまったの

だった。






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