8.

――それは、同時に起こった。

 オルフィウスが彼に対し最後の眼力を放とうとしたのと、突然、彼の目の前の視界が遮られた

のは。

 デルタのいたであろう場所と、オルフの間に突如として現れたのは、天へと伸びた無数の石

柱であった。いったい、何が起こったのか――

 石柱は、オルフの背の高さの三倍はありそうだった。容易に越えられそうにはない。

彼は、見上げた柱の、その数本のうちの一つに、細い人影を見た。その姿には見覚えがある。

 ウェーブの掛かったブロンドの髪に、薄紅色のドレスの女性――スカッチャーの屋敷の裏で、

そして、ユゥアのアトリエで見かけた女性だ。

 何故、こんなところに。そして、いったい何者なのか。

 その女性は、柱の上からまっすぐに、オルフのことを見つめていた。憂いと悲しみを帯びた

表情で。

「もう、止めて、頂けませんか・・・・・・どうか」

 初めて聞く彼女の声は、か細く儚い。今は弱いが、この女性が、先ほどまでデルタといた、も

う一つの強い気配の持ち主なのだろうか。

「・・・・・・貴女は?」

 問いかけた声が硬くなってしまったのは、先ほどの戦いのときの影響である。

「私の名は、ヘラ・・・・・・」

「ヘラ・・・・・・フェルディアの王が、何故、ここに。それに、どうして、デルタさんを・・・・・・」

 様々な疑問がオルフの頭に沸いてきたが、そのどれ一つにも、彼女は答えなかった。

「お願いです・・・・・・。もう、これ以上は・・・・・・」

 懇願する彼女に、オルフは冷たい視線を送った。何故、彼女もまた、何も答えようとしない

のか。


 そして、何故ロストに侵入してきたのか。


オルフィウスの周りの空気が、再び蒼い光を帯びた。

「すべてを教えていただけなければ、貴女も、許すわけにはいきません」

 強くなった青い眼光に、石柱が一瞬にして崩れ落ちた。

逃げ遅れたヘラは、ポニーテールとドレスを靡かせながら、土砂とともに地へと転落する。

 舞い上がる土砂と塵の晴れた彼の視界の向こうには、デルタと、その傍に倒れるヘラが

いた。

 デルタは意識を失っているようだったが、ヘラの方はさしたる外傷はないようだ。さすがは

一国の主というべきか。

 オルフは黙したまま、二人に向かって歩みを進めた。もはや、やるべきことは決まっていた。

「・・・・・・」

 だが、彼にとっても幸いと言うべきなのだろうか。

ゆっくりと歩みを進める彼の耳に、聞き覚えのある声が届いてきたのだった。



◇ ◇ ◇

「相棒ーっ!!」

 力の限り、ユゥアは叫んだ。オルフの強い気配を頼りに、彼はリンとアキを連れてロストを

一直線に駆け抜けた。

 もう、目と鼻の先であった。

あの石柱を越えた向こうに、オルフの、そしてデルタの気配がある。

 どうやって越えたらいいものかと考えながら走っていると、急に、瞬きをしたその瞬間、

石柱が崩れ去るのが見えて、彼は足を止めた。巻き込まれたら一溜まりもないが、いっ

たい、何が起きたというのだろう。

 砂埃が静まるのを待って、再び駆け出すと、すぐにオルフの姿がぼんやりとした視界の

中に見えた。どうやら、オルフ自身は怪我をしていないようだが―――

 オルフから少し離れたところで、彼は足を止めた。・・・・・・いや、正確には止めさせら

れた、と言った方が正しいかもしれない。オルフの気配が、そして表情が、いつもよりも

ずっと近寄り難いものにしていた。これが、”王”という存在との隔たりなのだろうか。

「・・・・・・相棒」

 ユゥアの呼びかけに、オルフが乾いた声で答えた。

「・・・・・・ユゥア、さん・・・」

 次の瞬間、オルフの周りにあった強い気配が、風に吹かれたかのように掻き消えた。

表情も、先ほどまでの怖いものではなく、放心した・・・・・・そしてどこか憔悴したような

顔に変わっていた。

「師匠ーっっ!!」

 静かに吹いていた辺りの風を押しのけるようにして、ユゥアの後ろから駆けてきたリン

が、オルフィウスに跳びついた。

「リンさん・・・・・・」

「師匠の馬鹿っ!リンをこんなに心配させるなんて!!」

「・・・・・・すみません・・・」

 泣きじゃくりながら顔をオルフの胸にこすり付けるリンの頭を、彼は優しく撫でた。もう、

もとの優しい表情へと彼の顔は戻っていた。

「貴女は・・・・・・確か」

 アキの声を聞いたユゥアは、少し離れたところに倒れた人影に気がついた。


―――デルタと・・・・・・見知らぬ女。


いや。

 アキが介抱しようと両肩を支えた女の、その姿を見たユゥアは、自分の目を疑った。

疲弊した様子の女の姿と、アキの姿が一瞬ぶれたように見えて、そしてぼやけた。

「・・・・・・おい、アキ?」

 だが、ユゥアが話しかけると同時に、二人の姿は元のようにはっきりと見えるようになっ

ていた。声を掛けられた彼女は、その女性のことを聞いていると勘違いしたらしく、大丈

夫みたい、と返事を返した。

 目の前のことに一瞬呆然とした彼だったが、アキが介抱している女性をもう一度見て、

再び彼は目を見開いた。

・・・・・・ブロンドのポニーテールに、薄桃色のドレス。

 以前、自分のアトリエに足を運んできてくれた女性だった。だが、何故こんなところに。

アキが彼女を知っていることも気になったが、どうしてデルタと一緒にいたのか。

「知り合いなのか?」

「ええ・・・・・・。スカッチャーの屋敷で、会ったわ」

 女はオルフの攻撃を受けたためか顔色が悪かったが、アキの手を離させると自分で静

かに立ち上がり、意識を失ったままのデルタを一瞥した。

「・・・また、会いましょう」

「・・・・・・え?」

 その言葉は、いったい誰に向けられたものだったのか。

女はそう言うと、まるで風に掻き消されてしまうかのように、その姿は薄くなっていった。

「おい、ちょっと待て!」

「待って・・・折角また会えたのに」

 彼らの静止も虚しく、彼女は忽然と彼らの前から姿を消したのだった。


 





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