| 6. * * * しばらくバザールを見た二人は遅めの朝食を取ることになり、バザールの中心部にあるフー ドマーケットに入っていた。甘いものは別腹、と昼食前にストロベリーパフェを頬張る満足そうな リンの顔を見ながら、秋子は先ほどふと気になったことを聞いてみた。 「・・・・・・リンはどうして、この夢を見てるの?」 訊かれた彼女は、スプーンを動かす手を止めて、じっとパフェを見つめたまま考え込んだ。その まましばらく黙ってしまったので、余計なことを聞いてしまったかな、と心配をし始めた秋子であっ たが、彼女はやがてこう言った。 「私ね、前から変な夢を見るの」 「変な夢・・・?」 「あ、この夢を見る前にって言う意味なんだけど・・・。この夢を見る前、必ず、同じ夢を見るの」 どんな夢なのか、と訊こうとして、秋子は躊躇った。リンの顔が、いつになく悲しそうに見えたか らだ。だが、彼女は言った。 「綺麗な街にいるの。どこかわからないんだけど・・・。私の傍を、誰かが一緒に歩いていて・・・ とても、素敵な人。誰なのかはわからないんだけど・・・でも、どこかで会ったことがあったような 気がする人なの。でも、その人は目の前で消えてしまう。いつも、その人が私のことを呼びな がら、真っ白な世界に消えてしまうところで、この世界で目が覚めるの」 不思議なことがあるものだ。夢の世界で、夢を見るなんて。 「その人って、全然リンに心当たりのない人なの?」 「うーん・・・・・・どこかで会ったような気がするんだけど、思い出せないの。ずっと、思い出そう としてるんだけど・・・思い出したいんだけど」 秋子は、少し考えてリンに訊いてみる。 「その人・・・オルフさんじゃないの?」 決して有り得なくはないと、アキは考えた。彼女とオルフの仲のよさは、酒場では有名な話で ある。昔は、半月もしないうちにオルフの隣には新しい女性が現れていたようだが、リンとの 関係は長く、マスターの話では半年が経とうとしているほどらしい。 「わかんないわ・・・まさか、師匠に訊くわけにもいかないし。・・・私、その夢の中で、いつもその 人の名前が呼べないの。相手は呼んでくれているのに。・・・・・・その夢が正夢で、それと同じ ことがここで起こってしまったら・・・・・・私、師匠の名前、呼べないのかな?こんなに好きな人 なのに・・・何もなかったかのように、夢が消えちゃうのかな?」 「そんなことないよ。だって、リンはオルフさんのこと、とっても慕ってるじゃない。・・・大丈夫、大 切な人のことは、きっと、思い出せるから」 秋子はそう彼女を励ましながら、自分で言った言葉を心の中で繰り返した。 そして、忘れられずにいる・・・・・・兄、冬雄のことを思い出していた。 兄の存在が、秋子を苦しめていた。兄が眠ったままとなってしまった事故も、もともとは秋子が 原因なのである。 いなければ良いと思っていた、兄。それができないのなら、自分が消えてしまえばいい―― 結局は兄が事故に遭い、家族から切り離された状態となってしまった。ある意味、それは秋子 が望んだ結末と言えよう。だが、あれほど、いなければ良いと思っていた兄だが、3年経った今 も、忘れることができないでいる。 それは、自らが犯してしまったことへの罪の意識なのか。それとも―― 「うん、そう・・・だよね。・・・・・・アキにも、そう言う人がいるの?」 「ううん・・・私には、いないよ。まだ」 軽く笑いながら、秋子は首を横に振った。好きな芸能人はいるが、まだ実際の恋を楽しんだこ とは、残念ながら彼女にはない。それで少しばかり、リンのことがうらやましいと思っていたりも するのだった。 「デルタさん・・・・・・て、どんな風なの?」 「え?」 唐突に訊いたリンの質問は、秋子にはあまりに意外だった。 「だから、デルタさん。あの人って、酒場にあんまりいないから私よく知らないんだけど・・・アキ のこと、助けてくれたんでしょ?ロストで」 どうやら、デルタのことをどう思っているのかということを彼女は訊いているようだったが、残念 ながら今まで敵と思っていた人のことを、そういう観点から見ることはアキにはできなかった。 「よく・・・わからない。あまり、話さないから」 「そうね、確かにデルタさんって無口だし・・・・・・近づきにくい雰囲気があるのよね、師匠と違 って」 再びパフェをつつき始めたリンは、ため息を吐きながら言った。その残念そうな様子に、秋子は フォローを入れた。 「うーん・・・でも、どこかで会ったような気はするかな」 「・・・え?デルタさんに?」 「うん。でも、どこでかな・・・。誰かに、似てるような気がして・・・それで、知らず知らずのうち に避けちゃうんだ」 最近・・・・・・バルバロイの酒場で過ごすようになってから、彼女のデルタと接する機会が増 えた。そのせいか、アキはデルタが誰かに似ているような気がしてしまい、気がつくと彼のこ とを避けているのだ。そのことは、おそらくリンも気がついているのだろう。納得したような顔 をして、彼女も頷いた。 「通りで、デルタさんと話してないわけね。うーん、残念」 「・・・何が?」 「ううん、なんでもない」 ごまかしながら再びパフェを食べ始めたリンは、思わず大きなアイスの塊を口の中に放りこん でしまい、咳き込んだ。秋子は、しょうがないなぁと水をもらってきて彼女に飲ませる。 そんなことをしていると、突然、遠くから聞き覚えのある声が聞こえてきた。 「おーい!リン、アキ!どこだ!」 声の主は、ユゥアであった。彼は酒場で絵を描いていたはずだが、どうしてこんなところに来 たのだろう。 だが、声の調子からして、どうやら早めの昼食を食べに来たわけではなさそうだった。二人の 席にたどり着いたとき、彼の息は上がっていた。 「こんなところにいたのか」 「どうしたの?ユゥアさん」 ユゥアはアキの用意した椅子に軽く腰掛けて息を整えると、再び立ち上がって言った。 「どうもロストの様子がおかしい。相棒があっちに行ってるから、心配だ」 その表情が、妙に真剣であった。それで、秋子もなぜか胸騒ぎを覚えた。 「でも、師匠だったら大丈夫よ。これまで何度もロストに入ってるんだもの」 「・・・わかった。じゃあ、俺一人でも行くからな」 余程急いでいるのだろう。それだけ言って駆け去ろうとしたユゥアの背に、思わず秋子は席を 立って叫んだ。 「私も行くわ!」 残されたリンは、パフェの最後の一口を前にして二人の方を見た。アキも行くとなれば、まさ か自分が行かないわけにはいかないのだろう。 「え、ちょっと、アキ!・・・・・・わかったわよ、私も行くー!」 スプーンごと最後のパフェを頬張りながら、彼女もまた二人のあとを追って駆け出した。 二人がいたのは街の中心部。ロストまでは、半時以上掛かるかもしれない。何も起こらない ことを・・・そして、オルフだけでなく、無意識のうちに何の関係もないだろうデルタの心配もして いる秋子であった。 |