| 5. そんなことをアキが考えていると、リンが違った視点からの意見を教えてくれた。 「・・・そうね。あるいは、誰かが彼の存在を望んでいるのかも」 リンの話に、アキは心の中に引っかかるものを感じた。あまりにも妙な気持ちだったので、彼 女は頭の中でリンの言葉を繰り返してみた。 ―――存在を、望む。 引っかかったのは、この言葉だ。この夢を見るのは、見たいと望む気持ちだと前にオルフィウ スが言っていた。 私は、この夢を見続けたいと望まなかった。早く、この悪夢が終わってほしいと願っていたの だ。にも拘わらず、私はここにいる。それは、私以外の誰かが、私の存在を望んでいるからな のではないだろうか。 口を結んで、硬い表情のまま考え込む秋子を振り返って、リンは声を掛けた。考え込んでいた ので、秋子は急に話しかけられたような気がして焦ってしまった。 「―――どうしたの?」 「う、ううん、何でもない」 その返事の仕方が不自然だったのか、リンは首を軽く傾げたが、それ以上は何も聞いてはこ なかった。二人はそのまま買い物を続けていたが、秋子はずっとそのことを頭の端で考えてい た。 Ψ Ψ Ψ ゆったりとした足取りで、男は歩いていた。表情は穏やかなようだが、眼光は鋭い・・・・・・意 識を、周囲に集中させていた。 どうやら性懲りもなく、侵入者が現れたようだ。 一年前のあの出来事があって以来、荒らしを目的とした侵入者が絶えない。そのことごとくを “使者”によって彼は追い払っているが、中には使者を倒してしまう者もいるのだから、油断は できなかった。・・・・・・例えば、今いる侵入者のように。 侵入者は、許さない。 ここは、墓と同じなのだから。大切なあの人が眠る・・・・・・そして、自身の心が眠っている、神 聖な場所なのだから―― 侵入者の気配は二つ。うち一つは彼には覚えがあった。彼には、ここロストに存在する全て の者の気配を感じることができる。なぜなら彼は・・・・・・聖都“夢幻”の王、その人なのだから。 近くに現れた覚えのある気配に、男・・・オルフィウスは、足を止めた。彼の鋭かった視線が、 一瞬緩んだように見えたのは、気のせいだろうか。 そこに姿を現したのは―― 「こんなところでお会いするとは思いませんでした、デルタさん」 崩れ掛けた灰色のコンクリートの塊の陰から姿を現したのは、予想していた気配の相手・・・・・・ デルタであった。だがその表情が、いつもの気難しげな顔がなぜか一層引き締まっているという ことに、ひと目見た瞬間からオルフィウスは気が付いていた。 「なぜ、ここに・・・?」 「ああ、お忘れでしたか。・・・・・・今日は、命日なんですよ」 オルフの返事を聞いて、デルタは納得したように頷いたが、相変わらず緊張は解いていないよ うだった。・・・勿論、ここは無法地帯で、いつ誰に襲われるかも分からない所なのだから、知り 合いと合流しただけで安易に緊張を解けないのも無理はない。 だがオルフには・・・・・・夢幻の全てを知る彼には、その原因が、恐らく先程までデルタと共に あった強い気配のせいなのだと、確信していた。 オルフは、彼がここにいる理由を聞くことは敢えてせず、穏やかに話し掛けた。 「せっかくですから、少し歩きましょうか。私も、今来たばかりですから」 デルタは黙って頷いて、静かに歩き出したオルフの横に並んだ。その動きが、どことなくぎこち ない。 空は、相変わらずの曇天で、昼も近いというのに、夕暮れ時の肌寒さを感じさせる天気であっ た。地平線の遥か先まで、全天に渡って雲は続いている。ここ、ロストの光景もまた同じだ。 髪を時折舞い上げる風は、砂にざらつき、目に痛かった。建物の外壁の残骸や窓ガラスの細か い破片が、空の薄明かりを反射して銀色に鈍く輝いている。それが、遠くにまで続いており、同色 である空と地上との境界線は判然としなかった。ここには、建物の白か、雲の灰色か、影の黒い 色、すなわちモノトーンの色相しか見当たらない。だから、二人の歩く姿は・・・特に、オルフィ ウスの持つ青い色彩は傍から見れば異様であり、その部分だけがロストから切り離されて、そ の光景だけが浮かび上がっているように見えた。 二人は、しばらく無言で歩いていた。やがて二人はロストの・・・聖都”夢幻”の中心部に辿 り着き、そこで・・・・・・石の小さく積み上げられた所で立ち止まった。オルフは屈んで、持って いた花束を、その積み上げられた石の前にそっと置いた。 「ここに、何があったかご存知ですか?」 唐突に聞かれてデルタは、戸惑いながらも昔何度か訪れた夢幻の光景を思い浮かべたよう だった。視線が、墓標の、さらに遠くを見つめていた。 あらゆる国を歩いてきただろうデルタだが、あの国ほど夢の中にも拘わらず、現実を忠実に 再現していた国は見たことがないはずだ。もしかすると、友達を探し歩いていたことなどもあっ たかもしれない。 そう、その時に、夢幻の中心部にあったものは―― 「・・・・・・クリスタルタワー、か」 それは、夢幻のシンボルだった、透明な高い塔の名前。現実で言えば、東京タワーによく似 ている。透明なその塔は、昼間は太陽光に輪郭を神々しく浮かび上がらせ、そして夜には、 周りの建物の数多の光源を受けて、七色に煌めきを変えるのだ。 「えぇ・・・・・・。もう、一年前のことになります。時が経つのは早いものですね・・・」 オルフィウスは”墓標”を見上げ、そしてデルタと同じ、その上・・・はるか遠くの空を見つめた。 「ここで・・・・・・ここだったんですよ。私が、彼女を失ったのは。」 そう語る彼の声は、いつになく静かで、低い。デルタは、何も言わずにその先の言葉を促 した。 「今でも、私は忘れません。あの、滅びの瞬間を。・・・・・・何者かが、手を下した時のことを」 デルタは、その双眸を細めた。・・・オルフは気がついていた。 デルタが生唾を飲み込んだ音が、彼には聞こえた。 「ずっと・・・・・・気になっていたんですよ。貴方が、なぜ度々ここを訪れているのか」 オルフの言葉が、デルタの仮説をすべて肯定へと導いていた。 オルフィウスが、夢幻の王であるということ。 夢幻が滅んだのが、何者かによるものだということ。 その者が、何者なのかということにオルフは感づいているということ。 そして・・・・・・その者を、デルタが知っているのだということ。 「・・・話しては、頂けないでしょうか」 デルタは、硬く口を閉ざしていた。話したその後のことを考えて、話すことができないのかも しれない。 オルフは彼の方を振り返って、静かに見つめている。まるで、彼の行動すべてを、封じようと するかのごとく。 「私が、夢幻の王だということに、貴方は気づいているでしょう。それなのに、身を省みずに隠 し通そうとするのは、何故ですか?」 身を省みる・・・そのオルフの言葉に、デルタの緊張はいっそう強くなったようだった。勿論、彼は デルタを脅したのだ。王ともなればこの世界での力は強大で、ましてやその領域内であれば、 存在を消してしまうことなど容易い。 「私は、知りたいんです。何故、この国が滅びなければならなかったのか・・・・・・。もしも、そ の理由を知っていて、それを貴方は隠そうとしているのならば―――」 その刹那、オルフィウスの周囲の空気の流れが、変わった。 それは知覚したわけではなく、それはデルタの目にも見えるほどの、明らかな変化だ。 彼の周囲の空気が、もやもやと蒼く立ち上っていた。レンズの向こうの瞳が、深い藍色に染ま っていくのが見えたのか、デルタはその視線を避けた。 ・・・・・・今、本気になった彼の眼力を、受けるわけにはいかないのだろう。 おそらくそれは、死を意味することになるのだから。 「私は、・・・・・・貴方を許すわけにはいきません」 決然たる口調で宣言したオルフの目には、青い輝きとはまた別の輝きが宿っていた。 |