| 4. * * * アキが戻ってきたのは、次の日の朝のことだった。それまでリンは、何をしていたかと言 えば・・・・・・ 「まったく、毎度毎度、リンの嵐には参るぜ」 昨日夕方の光景を思い出しながら、ユゥアは呆れ顔でアキに言った。 彼女は、花束を抱えて戻ってきたオルフィウスを訳も聞かぬままに槍で追い回し、酒場を めちゃくちゃにしていたのだ。再びオルフは二階で寝込む羽目になり、酒場は一日閉店 を余儀なくされた。おかげでマスターの機嫌は最悪で、今朝から一度も顔を見せてはい ない。 「・・・だって、あんなに素敵な花束なんだもの。絶対誰かから貰ったんだと思っちゃうわ」 頬を膨らましながらリンは弁解するが、それでマスターが納得するはずもなかった。結局、 店の片付けは、アキが二階から降りてくる少し前まで掛かったのだ。 アキは、取り敢えずカウンターの席について、先ほどまでのことの次第を二人から聞いた。 ちょうど彼女の目の前に置いてある花瓶に生けてあるのが、その花束の一部らしい。その 生けてあるものだけでも、十分花束として人に渡せるほどの量があったが、よく見れば他 のテーブルにも、いくつかそういった花瓶が置いてあった。もともとの花束はいったいどれ ほどのものだったのか、想像は容易ではなかった。 リンが注いでくれた烏龍茶を飲んで一息吐いて、アキはオルフとデルタがその場にいない ことに気がついた。ユゥアが絵を書きながら答えた。 「相棒は・・・・・・まだ寝込んでるぜ。デルタの方は仕事だってよ」 「・・・ふぅん」 気のない返事を返したところで、アキは階段を誰かが降りてくる音を聞いて、そちらを振り 返った。・・・・・・オルフィウスだった。 顔色がまだ優れていなかったが、足取りは割合としっかりしていたので、アキたちは安心 した。 「あぁ、アキさん来ていましたか。おはようございます」 「起きても大丈夫なのか?相棒」 心配するユゥアの言葉に、オルフは誰もが安心するような笑みを浮かべた。 「えぇ、もう大丈夫ですよ。・・・御心配をお掛けしました」 「師匠・・・・・・ごめんなさい」 「大丈夫ですよ、リンさん。それに、紛らわしいことをしたのは私の方ですからね・・・・・・今 度、お詫びに美味しいケーキでも食べに行きましょう」 オルフの女性に対する心遣いは、完璧であった。これならば、余るほど女性が寄ってくる のも頷ける。先ほどまでの沈んだ気持ちもどこへやら、すっかり上機嫌になったリンは、秋 子と同じようにオルフの分の烏龍茶をカウンターに用意したが、彼はカウンターを通り過ぎ た。 「ん・・・相棒、どっか行くのか?」 オルフは、カウンター横に置いておいた花束を手に取って3人を振り返った。 「・・・2日、ですから」 言いにくそうにそう呟いた彼に、ユゥアは納得したように頷いて、手を振った。 「・・・・・・ああ、そうか。気をつけてな」 二人の会話を、秋子は首を傾げながら様子を見ていたが、オルフはそれ以上何も言わず に、酒場を後にした。ユゥアもリンも事情を知っているらしいが、説明をしてくれそうにもない。 秋子が何も言えないでいると、リンが明るい声で声をかけた。 「じゃあ、私たちは買い物でも行きましょ!ユゥアさん留守番お願いね」 リンは、楽しそうにアキの手を引いて戸口へ走っていった。 「おう、槍は置いていけよ」 出かけに言ったユゥアの言葉に、秋子は再び首を傾げざるを得なかった。 Ш Ш Ш ―――夢。 現実とは明らかに一線を画しているが、そこにあるものが必ずしも虚構というわけではない。 そう、存在するものだ。 現実で、あるいは現実に生きる人の心の中で、確かに存在しているものだ。 それを、良い意味でも悪い意味でも、無意識あるいは意識あるうちに具現できる場所・・・・・・ それが、夢。 自身の望むことを、夢の中で見ることができる者は少ない。だが、不可能なことではない。 ・・・・・・彼女が、そういった者の一人であるように。 「・・・落ち着いたか?」 いつの間にか、彼女は眠ってしまっていたようだった。月は完全に姿を消して、太陽が上り、 辺りは再び明るくなっている。 ・・・・・・ロストで、一夜を明かしてしまったのはディルティルスにとって初めてのことであった。 「ええ・・・・・・もう大丈夫」 ヘラは起き上がると、乱れた髪と装いを正した。 「・・・・・・夢を、見ていたのか?」 デルタのその言葉に、彼女は静かに首を横に振った。そして、深く俯いて、目を閉じた。 「もう、私はこの世界でしか、生きられない・・・・・・」 小さく語る彼女の肩は、小刻みに震えていた。目は硬く閉じられているが、それは溢れる涙 を隠すためなのかもしれない。ブロンドの髪が緩く肩に掛かっている様が、寒々しかった。 ディルティルスは、そっと彼女の双肩に手を当て、彼女を宥めた。瞼からきらきらと輝くいて いたものが、耐えきれずに静かに光の尾を引いて落ちていく。 その様を見て、ディルティルスは左手を軽く彼女の頭の上に乗せた。・・・・・・昔、遥かに昔に、 自分の妹にそうしていたように。 そして、三年前にも彼女にそうしたように。 「・・・・・・、大丈夫」 ヘラは、静かに顔を上げた。しかしその顔にはもう、涙の痕は残っていない。 その時、蒼と紫、二人の双眸は交わるが、互いの想いが交わることはなかった。・・・・・・が、 二人の視線が鋭くなったのは、ほぼ同時であった。油断なく辺りを警戒するその様子からは、 敵意よりもむしろ畏れを感じさせた。 何者かの気配――ロストに侵入者が現れたのだ。 「この気配・・・」 しかもディルティルスには、その気配に覚えがあった。 「・・・・・・知って、いるの?」 無言で頷き答えるディルティルスの表情は険しい。 おそらく、相手もこちらには気が付いているだろう。だとすれば、ここから相手が立ち去ること は、まずあり得ない。今ここには、相手にとって覚えのない、それも強い気配・・・・・・ヘラが近く にいるのだから。必ず相手は、彼を妨害するための使者を放ってくるはずだ。 なぜなら、相手は―― 「ヘラ、お前は自分の国へ帰れ。ここは私が引き受ける。お前の力なら、ここから出られるだ ろう」 彼女の答えを待たぬまま、ディルティルスは立ち上がり、その場から逃げるように駆け出す。 ・・・・・・彼女の存在を、”彼”に知られるわけにはいかない。 「――早く、ここから離れるんだ、ヘラ」 振り返りながら叫ぶその声には、明らかな緊張の色があった。 * * * 「この前聞いたかもしれないけど・・・アキって、今いくつなの?」 「私は、高校に上がったばかりだよ」 「じゃあ、私と同じなんだね」 今日は、リンはアキをバルバロイの街の中心部のバザールに連れてきていた。どちらかと 言えば、現実ではフリーマーケットに近い。 メインストリートに並ぶ露天よりも店構えは簡素だ。特に違うことと言えば、全体がスタジア ムのような構造になっており、360度に店があるということだった。その広さはなかなかの もので、見ているだけでも半日は経ってしまうことだろう。売っているものも、日用品から武 器、アクセサリーまで様々だ。 バルバロイの街であるのにも拘わらず、これほど店が集まる理由を、リンはアキに説明した。 「この世界には、バルバロイの街しか、もう人々が生活できる場所がないの。だから、人が 多いここに店が集まるのよ」 「どうして?ラルカントスにも、人は住んでいるのに」 確かに、ラルカントスの街・・・・・・特にスカッチャーが住んでいた近辺の住宅地は、生活臭 というものがなかった。相変わらずの曇天と、機械化された日常の光景が、それを感じさせ るのだろう。だが、連なっていた家の数はバルバロイの街よりもおそらく多いように見えたし、 街にはそれなりの人通りはあった。 「・・・確かに、人が多いように見えたかもしれないけど、ラルカントスの人間のほとんどは、ロ ボットなのよ。貴族の召使い。アルビノと同じね」 秋子が、スカッチャーから逃げる時に通りで見た人々・・・あれはすべて、ロボットだというの だろうか。そういえば、鏡のあったあの室内にいたもの・・・・・・姿は人間に見えたが、口調 は人間よりも硬かったかもしれない。 「今の王になってから、ラルカントスの国は大分様子が変わってしまったわ。平和で、人も数 百人はいたのかな?それが今じゃ、数十もいないでしょ。人がいないことを他の国に悟られ ないようにするために、王はロボットを作ってばらまいたの。人がいない国なんて、すぐに他 の国に侵略されちゃうしね。あ、でも、もうフェルディアとラルカントスしか国はなくなっちゃっ たから、あんまり関係ないかな」 夢の中であるにも拘わらず、争いがある。夢が、理想ばかりではないということを反映してい るが、ここまで現実に近いものになりえるのだろうか。 それほどまで、この夢を見続ける価値とは、いったい何なのか。 「王が変わったって、どういうこと?」 秋子の質問に、リンは銀色のブローチを眺めながら丁寧に答えた。 「ああ、アキは前の王を知らないのよね。王が変わることなんて滅多にないのよ。だって国 の創造主が王なんだもの」 「だから、国の様子が大分変わってしまったのね」 「そう。でも、国の形とか大きさとか、そういった大きなことに変化はなかったわ」 リンの言葉に、アキはしばらく考えるようにして、こう言った。 「それってつまり・・・・・・まだ、前の王がこの夢を見てて、ラルカントスに関わってるってこと?」 彼女の意見に、リンは頷いた。 「そう。その可能性は高いって、師匠とユゥアさんは前に言ってたわ。ラルカントスが持ってい るのも、多分前王ディルティルスがいるからだろうって」 なぜ、未だ前の王はこの夢を見ているのにも拘わらず、退いたのだろうか。 リンは続けて言った。 「どうして退位したのかはわかんないけど・・・なんか、真面目で気難しい人だったみたいよ。 あれだけの国を創造してたくらいだから、結構力はあるんだと思うけど・・・・・・本当に、どうし て放棄したのかしら。それにどうして、この夢を見続けているのかしらね」 「何か、未練があるってこと?」 自分の国を捨ててまで、王は何をこの世界でしたいのだろう。王になるということは、この世 界で何かを創造出来るだけの力を持つということだ。やりたいことがあるのならば、すぐにで も実行できる力がある。王という地位が邪魔であったのだとしても、退位して大分時が経って いるはずなので、未だにここに存在する必要もない。・・・・・・ここは所詮、夢の中であり、ここ で実現したことが、現実に投影されることは、ないなのだから。 あるいは、夢の中だからこそ、叶えたいことが彼にはあるのだろうか・・・・・・ |