| 2. * * * 昼休みはいつも、京子たちと一緒に弁当を食べるのが日課だった。今日も、京子と隣の林 田さんの机を並べて、それを囲むようにして4人で食べていた。 「あ〜、もうすぐ夏休みだよ!早く八月にならないかな〜」 「でもその前にテストがあるよ」 「じゃあ明日から夏休みがいーな〜」 卵焼きを頬張りながら、クラスメートの林田貴美は言った。彼女の現実逃避癖は今日も健在 だ。因みに、今日はまだ7月1日だ。 「早いって・・・まだ七夕も来てないのに」 「だって七夕って大したことなくない?子供のためのお祭りみたいで。天の川の下でデート、 ていうのも悪くないけど、いっつも見えないし。あんまりロマンチックじゃないんだよね〜」 貴美の言葉に、秋子は喉が詰まるような思いがした。確かに、七夕の日の夜空は大抵曇っ ていて星など見えないし、クリスマスの時のように街のお店のイルミネーションが雰囲気を盛 り上げるというようなこともない。けれども、彼女にとっては、大切にしたい日であった。 「まあ、私たちにとってはあんまり大したイベントじゃないけどね。うちは弟がいつも大はしゃ ぎよ」 溜息を吐きながら、まるで秋子を弁護するように京子が言う。 京子には、彼女の下に年の離れた弟がいる。何年か前に七五三をやっていたから、今頃は 小学校中学年だろうか。まだまだかわいい盛りの年頃で、たまに京子の家にお邪魔をする 秋子にも、よく懐いている。確かに、京子の家ならば、家族の一大イベントになっているかも しれない。 「夏と言えば海よ!今年は彼とどこに行こーかなっ」 「また彼氏かよ〜、佐菜ー」 茶髪のショートに、右耳に彼氏とペアのピアスを付けた梅宮佐菜は、秋子とは中学校からの 付き合いだ。美人の上に歌が上手いので、クラスではアイドル的な存在だが、彼女にはす でに小学校から付き合っているという彼がいた。自分は意外と一途なのだと、佐菜は前に言 い張っていた。 「私はバイトかなー。お金貯めとかないと、秋の純也のライブにも行けないし」 京子の言葉に、大の赤谷純也ファンの秋子の目が輝いた。 「あ、そういえばいつだっけ、京?体育の日?」 「そうだよ〜」 「あ、そっか、秋ちゃんて純也のファンだったんだよね」 「でもライブの日忘れちゃ、ファン失格だよ、アッコ〜」 京子のからかいに、秋子はそんなことないもん、と頬を膨らませた。 二人は、根っからの赤谷純也ファンだった。さすがは幼馴染みと言うべきか、芸能人の好 みだけでなく、趣味も興味も重なるものが多かった。性格も合ったため、二人の付き合いは 高校生になってからも続いており、幼馴染み・・・というよりも、親友として、そして時には姉 妹のようにお互いに助け合い、励ましあってきた。いや、姉妹よりも、ずっと仲が良いかもしれ ない。特に、3年前の交通事故があってからは、秋子にとって京子は、大きな心の支えとなっ ていた。 最後のチーズ入りささみカツに秋子が箸を伸ばしたとき、教室に体育係の松野君が教室の 入り口のところで大声で叫ぶのが聞こえた。 「今日はプールだから、1時10分にはプールサイドで待機しておいてくださーい!」 連絡が行き渡った途端、教室の中はいつもの昼休み以上にざわつき始めた。 「えー。昼休みのんびりできないじゃーん」 「えー!私はこの暑い教室で授業受ける方が耐えられないけどな〜」 「内職できないからヤだな、俺」 賛否両論が、教室内に飛び交う。高校の授業でプールというのも珍しいが、秋子の学校で は水泳の全国大会出場にとても力を入れており、部活では勿論、通常の授業においても 水泳を行っていた。 アナウンスを聞いた秋子たちは、早々に弁当の片づけを始める。・・・・・・プールの準備をし なければならないため、彼女たちの休み時間は短くなってしまうのだ。 校舎を出て、体育館に併設されたプールに向かう秋子の耳に、アブラゼミの声が届いてきた。 季節はもう、すっかり夏だった。 Ψ Ψ Ψ 昼下がりのバルバロイの街のメインストリート。そこに、ゆっくりとした足取りで歩く、長身の 男の姿があった。 陽光に反射したグラスの下に隠れた双眸の色は、南の蒼海を思わせるコバルトブルー。同 色の眉は、優美に緩やかな弧を描き、時折視界を遮る前髪の色もまた同じ色であった。そ の外見から受ける柔和な印象に合わず、双眸から発せられる光は強いものだったが、眼前 に掛けられた眼鏡が周りの者にそれを気付かせずにいる。顔は勿論2枚目ではあるのだが、 それだけでは済ませることのできない魅力・・・カリスマ性のようなものを、彼は備えていた。 その心中は、深海のごとく静かで、安らかだった。数多の女性が、その瞳の海に溺れたの は言うまでもない。 だが、そんな彼・・・・・・オルフィウスを、夢中にさせた女性が一人いた。 溢れんばかりのエネルギー。太陽のように暖かな笑顔。そんな平凡なところに、惹かれたの かもしれない。 オルフは雑踏から視線を上げた。バルバロイの街の空は、ラルカントス同様にどんよりとし た雲が垂れ込めていた。だが、今の彼の目に映っているのは、晴天だった。 ・・・聖都“夢幻”に広がるのは、その瞳の色にも似た、晴天である。時折浮かぶ白い綿雲は、 鮮やかな青をより引き立てていた。 懐かしかった。 一年前の、その光景が。あの時が。 ・・・・・・けれども今は、廃墟とともに楽しかった日々の思い出だけが、この胸の中に残ってい る。オルフには、どうすればいいのかがわからなかった。 何のために、自分は今、ここに留まっているのかがわからない。 無くした思い出を取り戻すためか。無くしたその理由を知るためなのか。 それとも―― 通りを歩く彼の歩みは、まるで彼自身の心の中のようにゆっくりとしていた。視界の端で絡も うとする女性たちからの視線にはもう慣れきっていて、まるで気にならない。 雲に阻まれながらも尚、淡い輝きを見せつけている陽の光に、彼は目を細めた。あの、聖都 の爆発の前に見た上空の光とは、規模こそ比にはならないほど小さいものの、例えるならば あのときの光は太陽のそれに近いかもしれない。 夢とはいえども、滅びの時は簡単には忘れられない。積み重ねてきた全てのものが、流れ を一変させて、自分から遠のいていくようだった。まるで、その瞬間が、収束点だったかの ように。だが、広がっていくのは時の流れだけで、自分はいつまでもその一点から、離れる ことが出来ないでいた。しがみつく腕の力を落とせず、ロストという都市の残骸と、オルフ自 身の抜け殻が今ここには存在している。 |