| 9. リンは、あちこちの店を紹介しながら、裏通りへと足を進めていた。 狭い裏通りとはいえ、人の数はそれほど変わらない。目に付く看板の中には、いかが わしいものもいくつかあったが、それでもラルカントスより賑わっていた。 裏通りには表通りよりも規模の小さな店が目立った。露店も、敷物の上に商品を並べ ただけの、屋根のない、暗い顔をした店主の開く怪しい店の多いこと。 リンの話によれば、ここでは裏の顔を持つ人々を専門にする店が多いらしい。 「確かこの辺りだったような―――」 左右の建物・・・露店ではない・・・を見回していると、戸口から出てくるオルフィウスの 姿を見つけた。 「あ!師匠!」 うれしそうに駆け出すリンに、はぐれまいとアキも彼女の後を駆けていった。 聞きなれたリンの声に足を止めて、オルフはこちらを振り返った。 「ああ、こちらの方まで来ていましたか」 「ユゥアさんから聞いたのよ」 「そうですか。ちょうどよいところでしたね」 そう言うと、オルフは後から来たアキを見て自分に付いてくるよう頼んだ。 「私も行きたい!」 「リンさんは、申し訳ありませんが、先に酒場へ戻っていてくださいませんか。二人だ けで話をしたいので」 オルフの”二人だけ”という言葉に、リンの目付きが変わったのだが、オルフは気に 止めることもなくアキを連れて行く。アキはと言えば、オルフとリンの顔を交互に見て、 結局オルフの後を追いかけた。一人残されることになったリンの叫ぶ声が、アキの背 中に突き刺さった。 「・・・・・・な、なんなの〜!」 酒場に戻った彼女は、昼間からヤケ酒でのどを潤したらしい。 ◇ ◇ ◇ 再び室内に響いたアルミパイプの音に、ユゥアは少しイラつきながら筆を止めた。筆 の進む今日に限って客が多いのは神のいたずらだろうかと、他愛のないことを考 えて上げた視線の先には、珍しい客が立っていた。 「よう、お前がここに来るなんて珍しいな」 客は、デルタだった。 仕事があるわけでもないのに、履き慣らしたブーツに短剣を取り付けた革ベルト。ジャ ケットには切り傷が目立ち、身分を示すネックレスのIDプレートには、銃弾が貫通し た跡が残っていた。愛想のないことこの上ない風体だった。 「・・・・・・どうした?なんか用か?」 再び絵を描き始めたユゥアだったが、デルタは何も言わない。 しばらく絵描きに集中しようと頑張っていたユゥアだったが、沈黙に耐えかねて本日何度 目かにはなるが筆を置いた。そして、こうなったらもう今日は集中して描くものかと、心に 誓う。 デルタは、ユゥアの描いた絵を静かに見ていた。 「お前は、絵を描くために、ここにいるんだな」 ユゥアの視線に気が付いたのか、彼はそう言った。 だったら俺の邪魔をするな、と思わず彼は言いかけたが、すんでのところで止めた。 「ん?それがどうかしたか?」 振り向いた彼の視線が、いつにも増して暗い光を帯びていることに、ユゥアは気が 付いた。 付き合いは長くなるが、彼が明るい表情でいるところをユゥアは見たことがなかった。 どうしてなのかはわからないが、彼が、いつも自分の存在を気にかけていない・・・・ ・・生きていることに喜びを感じていないということに、ユゥアたちは気が付いている。 「・・・私は、何のためにここにいるのかがわからない」 「そんなの、おまえ自身のために決まってるだろ」 ユゥアは、自分の思っていることをそのままデルタにぶつけた。この世界での存在 理由は決まっている。 ―――自分が生きていたい。 そう思う気持ちだけが、存在を許している。あるいは、誰かが存在を望んでいるの だ。失われていい存在など、この世界には存在しない・・・はずだ。 「私は、ここにいることを望んだことなどない!」 突然大声を出したデルタに、彼は驚きのあまり席を立ち上がった。 「・・・私は、もう、耐え切れない」 低く、小さい・・・・・・だが、確かな力を持った言葉が、ユゥアの心に届いた。 「いったい、どうしたっていうんだ?昨日から、なんだかおかしいぜ」 一昨日の夜の出来事・・・彼はオルフから報告を聞いていた・・・から、デルタの様 子がなんだかおかしかった。夕食やその後の飲みにも来なかった。 何かを避けているようだった。 「・・・もしかして、アキのことか?」 黙したまま、彼は何も言わない。ただ、両手が小さく震えていた。 「心配するな、誤解なら、今相棒が解いてるはずだ。それとも、他のことか?」 「・・・・・・いや」 それだけ答えて、デルタは踵を返した。 「邪魔をして、すまない・・・」 何かを抑えるように、なにも語らないままデルタはアトリエを後にした。その後姿 を、ユゥアは静かに見送った。 * * * 「案内したいところって、ここ?」 「ええ、そうです」 軽くそう返事をして、すたすたとオルフィウスは建物の中へ入っていってしまった。 秋子は、どうしたものかとオルフの後姿を見ていた。中に入る勇気がない。 小さい平屋建ての建物で、店外に出ている看板には、「質屋」と書かれていた。 戸惑っていると、オルフが中から顔を出して、手招きした。その様子を見て、彼女 は意を決して店内に足を踏み入れた。 中に入ると、店内が建物の概観よりもずっと狭いことに驚いた。ショーケースには、 わずかな品だけが並んでいる。それも、さして値打ちのあるものには見えなかっ た。薄暗い店内は陰気で、やはり入るべきではなかったと、彼女は後悔した。 「ああ、オルフの旦那。お久しぶりで」 「はい。西の方で仕事をしていたんですが、消えてしまいましてね」 「シーデリーですね。あそこも長くないとは思っていましたが、やはり消えましたか」 「ええ、せっかくの稼ぎ口が消えてしまって、困っています」 「ははは、オルフの旦那が困る必要はねぇでしょう」 奥から出てきた店主と一通りの挨拶を終えると、オルフは用件を切り出した。 「ところで、今日はどうですか?」 「ああ、最近はないね。この前、デルタさんが一人連れて行ったが、それきりアル ビノは入ってねぇな」 店主のその言葉を聴いて、アキははっと二人を振り返った。その顔が、疑いと軽 蔑の色に染まる。 「ははは・・・少し声が大きいですよ、店長」 「おっと、これは失礼。また入りやしたら、酒場に”白酒”を送っておきますよ」 ”白い”酒を送るというのは、おそらく”アルビノ”が入ったという合図なのだろう。 「ありがとうございます。では、私はこれで」 オルフが気が付く前に、アキはすでに店を出て行ってしまっていた。のんびりと外に 出てきたオルフと、店を出たところで合流する。その、オルフを見つめる視線に、敵 意をこめた。 「ここは、いったい何?」 「場所を変えましょう。貴女は知らないことが多すぎます」 視線を合わせずに、オルフはアキに言った。 「知ってるわ!」 「何を、ですか?」 むきになって、秋子は叫んだ。そこに頭上から、オルフィウスの静かな声が降る。 アキを振り返ったオルフの瞳には、冷たい光が宿っていた。 「私が貴女をここへ連れてきた理由を、その真意を理解しているのでしたら、そん な目はしないはずです。・・・・・・説明させていただけませんか」 あくまでも静かに、紳士的な口調で彼は訊ねる。その態度に、なにか抗いがたいも のを感じて、秋子はオルフの後を付いていった。 |