| 7. Ψ Ψ Ψ リン=アルカレインは、目覚める前に必ず夢を見ていた。 おそらくこの夢の世界ではない、別の夢を。 でも、いつの頃からのことなのかは、よく覚えていない。夢の中での時間の概念は、現実 のそれよりもずっと曖昧だ。 ・・・・・・多分、1年位前からのことだろう。 「ねえ、見て・・・!」 振り返る背後には、見覚えのある容姿の男がこちらに歩みを進めている。 頭上を再び見上げれば、七色の光彩を放つタワーのその上空が、輝きを増した。 「わあ、綺麗―――」 まるで季節はずれのクリスマスツリーのようだと、目の前の光景に見とれていると、 誰かが自分を呼ぶ声が聞こえた。 「逃げろ!逃げるんだ、リンー!!」 切羽詰ったような声の主を振り返り、それが見知った相手からのものだということ に安堵し、思わず微笑んだ。 「・・・え?なに?」 瞬間、強い光が辺り一面を白一色に染め上げる。 その白い光の中で、最後まで、男の髪の青い色が目に残っていた。 そこで夢が終わり、こちらでの世界が始まるのだ。 起き上がってみて、初めて彼女は自分の隣のベッドに誰かが眠っていることに気が 付いた。 ・・・だが問題は、そんなことではない。 問題はそこに寝ているのが、オルフではないということだ。 もやもやと霧に包まれたような気分が、一気に晴れた。 「だ・・・誰なの!?」 まだ眠っているのか、その人物は仰向きのまま、規則正しく胸を上下させている。 動く気配のないその様子に、リンは息を殺しながらそっと床に足をつけた。そしてゆっ くりと音を立てないようにベッドの人物が見える位置へと近づいた。 「・・・お・・・女?」 寝ているのは、暗いブロンドヘアをショートカットにした、どうやら女性のようだった。 悪い夢を見ているようだった。隣に寝ているはずのオルフが、女に変わってしまった などということは信じたくもない。顔つきも体格も、明らかに女のものだ。 消滅―――次の瞬間、その言葉がリンの頭の中に現れ、次第にそれで頭がいっぱ いになった。 まさか、この世界から消滅してしまったのだろうか。 ・・・・・・いつも見るあの夢が、まるで暗示していたかのように。 呆然と佇むリンを我に返らせたのは、ドアを叩く音だった。 「俺だ、リン、起きてるか?」 ドアの向こうから聞こえたユゥアの声に、リンは駆け足でドアに向かって行き、鍵を 開けた。そして彼の顔を見るや否や、オルフはどうしたのかと問いただした。 「相棒ならデルタの部屋で寝てるんじゃないか?俺が休んでる間に色々あったみ たいだしな」 その言葉で安心したリンは、今度は横で寝ている女は誰なのかを訊いた。 「ああ。俺もまだ名前はちゃんと聞いてないんだけどな。まあ、あとからデルタがな んとかいうだろうよ。なんか、ちょっと誤解があるみたいだからな」 ことの成り行きについていけずに、リンは首をひねるばかりであった。ユゥアは、そ れ以上何も言わずに踵を返した。 「じゃ、俺はアトリエに行くからな。そいつは客みたいなもんだから、そっと寝かして おいてやってくれ。事情は、相棒が知ってる」 そう言い残して、ユゥアはあくびをかみ殺しながら階段を下りていった。 リンが事情を知ったのは、結局秋子が目を覚ました後のことであった。見ず知 らずの人の横で寝るなどリンには考えられなかったのだが、あれから2度寝をし て目が覚めた時には昼を回っていた。 しかも、彼女の目を覚ましたのはオルフィウスの起こす声が聞こえたからだった。 「あ、師匠ー!どこに行ってたんですか!?こんな時間まで!」 「お前こそこんな時間までよく寝てるよな・・・」 呆れたような第三の声を背後に受けて、リンは飛び上がった。入り口のところに、 ユゥアがいたのだ。振り返れば、隣のベッドの脇の椅子には、いつの間に目を覚ま したのか先ほどの女が座っている。 「そういえば、デルタさんの姿が見えないけど?」 「デルタさんなら、今朝早くに戻られましたよ」 「てか、アイツもまだ寝てんのか・・・リンの上がいたな」 からかって笑うユゥアに、悪かったですねと膨れるリン。それを見て、オルフィウスは 困ったような顔をして言った。 「・・・すみません。ちょっと手加減が難しかったもので・・・・・・」 相棒の言葉に笑いを止めてユゥアは訊き直した。 「・・・え?・・・・・・て、相棒、まさかデルタに眼力を使ったのか?」 「ええ・・・。ちょっと止められそうにありませんでしたからね」 そう言った彼の視線がアルビノの女・・・アキに向いて、ユゥアはそういうことかと納得し た。今まで寝ていたリンは、事の次第が理解できずに首を傾げている。 「え、なに?」 「まぁ、詳しい話はあとで聞かせてもらうが、眼力はやりすぎなんじゃねえか?」 「すみません。・・・無事だといいのですが」 本当に申し訳無さそうに、オルフが侘びる。だが、それを一蹴するかのような鋭い声が 跳んだ。 「無事じゃなくてもいいわ・・・・・・あんな人」 それまで口を閉ざしていたアキが、オルフの言葉を聞いてそうこぼしたのだ。嫌悪感も あらわな彼女の言葉に、3人は顔を見合わせた。 「貴方たちも、アイツの仲間なの?」 「ふむ・・・、そうとも言えますし、違うとも言えますね」 答えたオルフに、彼女は訝しげな視線を送った。 何から話すべきかと、しばらく彼らは各々無言で悩み、そしてオルフがゆっくりと説明し 始めた。 「私達は、この世界で生きていくために、ここで働いています。いわゆる、仕事仲間とで も言うべき関係にあります。ですから、仲間と言えば仲間なのかもしれませんね」 頷いたユゥアやリンを見て、彼は続ける。 「ですが、普段は私達も別々に暮らしています。特にデルタさんは、バルバロイの村を出 ているときが多いので、そこまで親密というわけではありません。ユゥアさんは、ここにア トリエがありますから、酒場でよく飲み交わしますが」 「ここでいったい、何をしているの?」 相変わらずの固い口調で、アキが訊いた。 「主な仕事は、傭兵ですね。でも、どんな仕事でもこだわらずに請け負っています。何で も屋、といったところでしょうか」 「アルビノを捕まえるのも、仕事?」 言葉を聞いた時は一瞬戸惑ったが、オルフィウスは続けた。そしてもしかすると、今のは 少し、彼女の本音が出たのかもしれないと、安堵感を覚えていた。 「それは、仕事ではなくこの世界での義務なんですよ」 努めて、彼はやさしく丁寧な口調で話した。 「私たちは、傭兵として各国を必要に応じて巡っています。・・・私がユゥアさんやデルタさん と出会ったのは、ちょうど一年前のことです」 「出会ったのは、デルタがお前を見つけた、ロストだったな・・・・・・」 そう振り返るユゥアの顔に、懐かしさ・・・というよりもむしろ、憔悴の色が一瞬浮かんだよ うに見えた。アキは少し首を傾げたようだったが、彼女はまだ、ユゥアがリラを探し回った果て にロストでオルフと出会ったということを知らないのだ。 「私たちは国を離れ、そしてこの地に身を置きました。ここは、王による支配がありません。 消えたければ、自然と消えることができるし、力があるならば、自分で望んだものを創造 する事もできます。この夢を見たいという気持ちが、ここでの存在を許します。ところが、王 がいる国ではそうはいきません」 「どういう、意味?」 話に付いてきている様だったが、口調はまだ固いままだ。オルフたちに気を許したわけで はないのだろう。できるだけこの世界の仕組みについて、知っておきたいのかもしれない。 「国を創っているのは王と呼ばれる、力のあるものです。つまり国とは、王の想像の産物 です。この力というのは、想像力と意志の強さを合わせたようなもので、王のように力の あるものが存在を望めば、その存在は消えたくても消えることができないのです」 「じゃあ、王が想像を止めるとどうなるの?」 「国が、消えます。これは、力を持たない人々も同じです。王がこの夢から消えたいと望め ば、人々と同様に存在が想像物とともに消えます。実際、これまでいくつもの国が生まれ、 そして消えてきました」 「だが、何事にも例外はある」 オルフの後を継いで、今度はユゥアが話始めた。 「ロスト・・・あそこにもう王はいない。でも、消滅するはずの都市の残骸は、残ったままだ」 ユゥアの視線が秋子に向いた。まるで、これがどういうことを意味しているか、と問わんば かりに。 「・・・・・・俺たちは、この世界には、国を支配する王以外の存在、つまり世界全体を支配 する神の存在を考えてる。」 「つまり、神がロストを残している・・・?」 「そういうことだな。何の目的があるのかは知らないし、本当に神がいるのかもわからな いが、その可能性は高い。なにしろ、これだけの人がこの夢に集まっているのに、安定し てるんだからな」 首を少し傾げた彼女に、オルフは説明を付け足した。 「夢は、基本的には見るものの意志に応じて変化するものです。二つの夢が重複するこ とは、よほどのことがなければ無理でしょう。それが、ここで可能となっています・・・この 世界全体を見ている者がいても、何ら不思議はないでしょう」 話をしているうちに、アキの視線が険しくなっているようにオルフィウスは感じた。 無理も無いのかもしれない。これほどこの世界に精通しているのは、今ここにいる自分たち くらいのものだろう。この夢の核心に近づこうとしているのだから、畏怖の念を抱いたり、 警戒するのが普通だ。今まで彼女が出遭った者・・・スカッチャーの屋敷にいた者の誰一人 として、このようなことを話題にしたことはなかったはずだ。 「あなたたち・・・いったい何者なの?」 ふと気が付いたときには、彼女は、お約束の疑問を口にしていた。 取り乱さずに、オルフは静かに答える。 「別に、この世界で生きている普通の人ですよ。ただ、他の人よりも、少しここにいる時間 が長いかもしれませんが」 「要するに、単にもの好きなだけってわけさ」 少しでもアキの警戒心を拭うため、3人は笑いながらそう言った。だがしかし、彼女は鋭い 口調のまま、再び訊いた。 「あの女も、そうなの?」 「・・・・・・え?女?」 「あの、デルタとか言うやつよ」 彼女の言葉に、一瞬3人は沈黙し、顔を見合わせる。 そして次の瞬間、今度は3人とも声を上げて笑うこととなった。彼女には悪いと思ったが、 抑えようとすると余計に笑いがこみ上げてしまう。 勿論笑われた当人は、何事かとむっとしている。彼女は、とんでもない勘違いをしていた のだ。一通り笑い終えてから、オルフは言った。 「デルタさんは、ああ見えても男なんですよ」 「・・・・・・え?」 「まあ、仕方ねぇよな。リンだって間違ったんだからな」 「しょうがないじゃないですか!でもあれは、半分以上、デルタさんの責任ですよ!」 夕方になってようやく目を覚ましたデルタは、この日一日中クシャミをしていたのだった。 |