| 5. † † † デルタが酒場に戻ってきたのは、日付が変わってからのことだった。その顔には、明らか に憔悴の色があった。 「よぉ、ようやく帰ってきたな」 「・・・ああ。マスター、ダークラムを頼む」 席に着くなり、デルタは注文をする。ユゥアは、そんな彼のことをじっと観察するように眺め ていた。 「・・・・・・なんだ?」 憮然とした声でそう聞かれて、ユゥアは肩をすくめた。 「人に仕事を押し付けておいて、礼のひとつもなしかよ」 「・・・なにがだ?」 「とぼけるな」 マスターが運んできたラム酒のグラスを、ユゥアは横取りして口をつけた。 「おやおや・・・ユゥアさん、飲み過ぎてますね」 憮然とした様子でダークラムを飲み干すユゥアを見ながら、やれやれと首を振ってマスター に新たな注文をした。マスターが奥に入ったころを見計らって、デルタは呟いた。 「・・・私は知らないことになっているんだがな」 「ん?・・・・・・ああ、そうだったか?」 悪戯めいた笑みをユゥアは浮かべた。 無理もない。 ユゥアが白銀の怪盗だということは、相棒のオルフしか知らないことになっているのだか ら。なんとなく気が付いていたデルタだったが、その推測が正しいとわかったのは、たま たま傭兵として現場に居合わせた時のことだ。 ラルカントスの貴族の屋敷で、戦士として初めてあいまみえた二人だったが―――それ はまた別の話である。 「それで、例のアルビノはどうした?屋敷の周辺では見つからなかったが」 「屋敷?・・・おいおい、あんなとこまで行ってたのか」 「屋敷の周りには、何者かにやられた警備兵しかいなかった。相当な手練れだろうな」 「だろーな」 やはりにやにやと笑いながら、ユゥアはマスターに5杯目の酒を注文する。やったのは 他の誰でもない、相棒のオルフィウスだ。 「・・・で、話を戻すが肝心のアルビノはどうしたんだ?」 ようやくありつけたラム酒のグラスを片手に、彼は訊ねる。 「相棒と一緒だ。”化け”させてるとこさ」 化けさせるというのは、アルビノをカモフラージュさせるという意味だ。 バルバロイの街ではまだしも、諸国においてアルビノは人として扱われていない。特に ラルカントスでは、売り買いは当たり前だ。 特殊な能力を持つ、アルビノ。本来ならば、普通の人間よりも優位な立場にいるはずの 彼らだが、その人数の少なさゆえに力を失い、常人から虐げられるようになった。アル ビノの肩を持つものは非難され、地位を失い、ついには世界から消えていった。 ―――いつでもそうだ。 デルタは思う。 ―――いつでも、一時的な主観が立場を決めていくのだ。冷静に見れば、そんなこと は考えられないはずなのに。 髪のカラーリングやカラーコンタクトなどによる”変装”は、そうした人々の目を欺くため に行われるようになった。アルビノが、アルビノたることを捨てたのだ。 だから、デルタが貴族の屋敷でユゥアと対峙した時、彼は衝撃を受けた。 彼の瞳が、パープル・アイだったからだ。 いつもはブロンドにしている髪は、白銀の名の通りプラチナブロンドに戻っていたが、瞳 の色だけは、いつもの紫だった。 本人は、相手のアルビノを威圧するためにやっていると言っていたが、デルタはその 理由が別にあるということを知っている。 ―――なぜならば。 世界の全てを、デルタは見てきたのだから。 「朝までには戻るだろうよ。弟子に知られたら大変だからな」 「・・・・・・そうだな」 リンが逆上して酒場をめちゃくちゃにした時のことを思い出し、デルタは苦笑した。 「―――ところで、例のアルビノのことだが」 声を低くして、彼は呟くように言った。 「・・・やっぱお前も、気になるか?」 「・・・・・・誰かに、生かされている・・・か」 独り言のようにそう呟いて、何かを考えるかのようにカウンターをしばし無言で見つめ ていた。その様子に、ユゥアもまた”彼女”を保護した時の様子を思い出していた。 振り返ったその、彼女の服に残っていたのは乾いた血だった。 「服に、血糊が付いていた。それも、尋常な量じゃねぇ。よくあれで、他のアルビノから 狩られなかったもんだ」 おそらく、彼が屋敷に侵入する直前に”狩り”にあったのだろう。だが、彼女は怪我を した・・・・・・それも重傷を負った状態で屋敷から逃げることが出来たのだ。 相当にこの世界で生きる意志が強い・・・という可能性も否定はできないが、彼女の 場合は、こう考えるのが適切だろう。 ―――誰かに生かされている、と。 デルタが彼・・・・・・秋子と出会ったのは、ロストだ。いくらアルビノとはいえ、無力な 彼がロストで生きてきたとは思えない。どう考えても、あの時、何者かによってこの 世界に呼び込まれたとしか考えられないのだ。 では、いったい誰が。 「生かされてるヤツってのがいるって言う話は、噂には聞いてたけどな。本当にいると は思わなかったぜ」 彼の言葉に、デルタは内心苦笑した。デルタ自身もまた、他人によって・・・おそらくは ヘラによって生かされている存在の一人なのだから。 「やっぱ呼び出したヤツに、この世界で逢わせてやりたいよな?」 「・・・・・・・・・ん、ああ、そうだな」 「さて。仕事も済んだことだしな。俺は先に休むぜ」 6杯目のグラスも空けてカウンターの隅に置いてあったスケッチブックを手に取ると、 彼はお金も払わずにそのまま階段を上っていった。おそらく、すべて奢れという意味な のだろう。 「やれやれ・・・・・・」 飲みかけのラム酒に再び口をつけ、ふと、デルタはあることを思い、そして否定した。 ―――まさか、無意識のうちに、俺がアイツを呼び込んだというのか・・・。この罪を、 断罪するために――― 全ては、3年前に起きた。あれが、終わりだと思っていたのに。 忘れ去ろうとしていた、あの思いが、再び彼の心の中に芽生え始めていた。 * * * 「よく、似合ってますよ」 隣を歩くオルフィウスが言う。鏡に映った秋子は、もはやアルビノには見えなかった。 銀色だった髪の色は、ダークブラウンの金髪に染まり、瞳は黄色のコンタクトにより明 るいキャラメル色に変わった。 「まっすぐ酒場に戻りますか?それとも、少し寄り道していきますか?」 変装をした店を出る前、時計は午前3時を差していた。こんな時間にどこへ行こうとい うのだろうと、オルフィウスを少し警戒しながら秋子は言葉を返した。 「酒場に戻るわ」 「そうですか・・・そうですね。もしかしたら、デルタさんも戻っているかもしれませんし」 そうだ。 いまは一刻も早く、あの女に借りを返さなければならないのだ。折角チャンスが廻って きたのだから、絶対に逃すことはできない。 秋子は、懐に隠したナイフの存在を、もう一度確認した。落としてしまっていては、役 に立たない。 店から酒場までは10分とかからなかった。心持ち、足早になっていたのかもしれな い。オルフは裏口に向かい、酒場に足を踏み入れた。その際、一瞬だが彼の足が止 まった。 |