4.

「で、お前はなんて言う名前なんだ?」

 頃合いをみて、ユゥアは彼女に訊いた。・・・デルタからは”アルビノ”としか聞いていない

のだから、多少の気まずさは感じても、まずは名前から聞くしかない。

 だが、カクテルに、オレンジ色に染まったグラスを注視したまま、彼女は何も言おうとは

しなかった。

・・・まあ、無理もない話だろう。ユゥア自身もラルカントスにいたときは、仲間以外の人

間など・・・特にアルビノ以外の人間は、全く信じることができなかったのだから。

「まあ、言いたくないなら言わなくてもいいけどよ。けど、その格好でうろつくのはまずい

ぜ。特に、ラルカントスはな」

「なんで、そんなことを教えるの?」

 ようやく聞けた彼女の言葉からは、明らかに警戒の色が伺えた。

「・・・そりゃあ、俺もアルビノだしな。同じアルビノのお前をほっとくわけにもいかないだろ」

「・・・・・・アルビノ?」

 指摘されて、ユゥアはあぁ、と彼女の言わんとしていることに気が付いた。自分の目を指差

しながら説明を足した。

「コンタクト」

「・・・・・・?」

「赤い目はアルビノの証だからな。今は青いやつをつけてるから、紫に見える。それから髪

は、普段はブロンドに染めてる」

 それらは、この世界でアルビノであることを隠して暮らすための手段だ。だが、もちろん全

てのアルビノが知っているわけではない。生きることに執着した者のみが、知り得る情報

だった。

「・・・・・・アルビノだから、信用するの?」

 唐突に聞かれて彼は、内心苦笑した。彼女の声には、明らかに非難の色があったからだ。

 確かに、スカッチャーの屋敷のアルビノは気の許せない者が多かった。・・・・・・アルビノ

狩りは、それを象徴している。それでも彼は、仲間というものを信じたかったのだ。それが、

彼の信念だった。

・・・だが結局、リラはいまだここには来ていない。

「いや、アルビノだからじゃない。俺は、俺の信じたいヤツを信じるだけさ」

 言って、ユゥアは一気にグラスを煽った。それは傍から見れば、やけ酒のようにも見えたこ

とだろう。

「マスター!もう一杯くれ!」

「飲んでますね、ユゥアさん」

「お、戻ってきたのか」

 階段を降りてきたオルフィウスは、先ほどと同じ彼女の隣の席に着くと、飲みかけのウォ

ッカを飲み干した。

「どうです、オルフさんも、もう一杯」

「いえ、私はこれで結構です」

「へぇ、オルフの旦那にも、酒の飲めない夜があるんですねぇ」

「ははは・・・。いや、ちょっと用事があるだけですよ」

にこやかに笑いながら、再び彼は席を立つ。

「さて、じゃあ行きましょうか」

「ん・・・頼んだぜ、相棒」

 何をしに行くのか気になったのか、オルフィウスを振り返った彼女は、それでようやく自分を

見ている彼に気が付いたようだった。

「ちょっと、付き合っていただけないでしょうか。悪いようにはしませんから」

 彼が顔に浮かべた人のよさそうな笑みには勿論悪意はないのだが、だからこそなのか

余計に警戒されているようだった。

返事もしないで彼を睨む秋子の前に、ひるむことなくオルフは佇む。

「・・・人を、探しているんじゃありませんか?」

「・・・・・・え?」

 突然振られて、彼女は戸惑っていた。

「人の心がわかるんですよ、私には」

 やはりにこやかに、そう告げるオルフィウス。彼は眼力によって人の心に侵入することが

できるため、人の心を読むことなど朝飯前だ。彼が女性との付き合いを広げているその手

段のひとつは、眼力による”占い”なのだ。・・・もっとも、今回に限っては予め情報があるた

め、眼力を使ってはいないのだろうが。

「・・・ええ、そうよ」

「ですから、その人を探す手伝いを、して差し上げます」

彼女の表情からして、どうやらデルタが探しているアルビノに間違いはないようであった。

だがユゥアは、これは彼女にしてみれば、それ以上に願ってもない機会だということを知ら

ない。これが、彼女にとって忌々しいデルタに復讐をする機会になるということなど・・・。

「今から、行くの?」

「ええ・・・。それから、貴女自身の身を護るようにしないと・・・」

「身を護る?」

「手短に言えば、俺みたいになるってことだな」

 眉をひそめた彼女に、2杯目のジンを愉しんでいたユゥアは答えた。

「こういうことは、人目につかないうちにしておかないと、色々と面倒ですから・・・」

「しょっ引かれた後じゃ、手遅れだからな」

 なるほど。彼女は納得したように頷いた。

つまりは、また牢屋送りにならないようにするわけだが・・・。

だが、妙に素直に納得した彼女の行動に、多少の引っ掛かりをユゥアは感じた。

「わかった。行くわ」

「じゃあ、留守を頼みましたよ、ユゥアさん」

「ああ」

 再度裏口の方から、二人は通りに出ていった。外は静かだ。ラルカントスと違い、ここ

には十分な明かりもない。その光景はどこか、寂しさを感じさせる。

彼女の様子が、どことなく寂しげなことに、ユゥアは気が付いていた。

―――この世界で、私は独りなんだ。

そんな風に、彼女は思っているのかもしれない。



* * *

 はっと、目が覚めた。

そこは、病院の一室だった。

兄のベッドの横にある椅子に座って参考書を読んでいたら、いつの間にか眠ってしまって

いたのだ。時計を見ると、時刻はまだ6時だった。京子と別れたのが5時頃だったから、ま

だここには1時間もいないことになる。

「ん・・・?」

 見上げれば、戸棚に飾ってある写真立てが目に入った。

・・・・・・かなり、前の写真だった。事故のあった3年・・・・・・いや、もっと前の写真だ。

兄が、懐かしい制服を着ている。これは、中学校のときの制服だったはずだ。

「ああ、中学校の入学式の日の写真か・・・」

 映っているのは、兄と両親と、それに自分だ。・・・・・・二人とも、満面の笑みを浮かべている。

 ふと、秋子は写真から目を逸らした。

これ以上、その写真を見たくなかったのだ。

 そして彼女の目に入ったのは、向かいにある愛美のベッド横の棚だった。

棚の上に、見覚えのある小さなガラスのオルゴールが置いてある。彼女自身が、2年前の

愛美の誕生日にあげたものだ。

 席を立って、秋子はそのオルゴールを手に取った。

少し、埃が積もっている。彼女の両親も忙しいのだろう。前に、愛美の母親に会ったことが

あったが、確かその時に、両親は共働きだということを秋子は聞いた。軽くハンカチで埃を吹

いて、彼女は底にある螺旋を巻いた。

何年か前に流行った懐かしい曲が、どこか寂しさを伴う凛とした音色で奏でられる。確か、

「マイ・ウィル」と言う曲だったはずだ。

 秋子がオルゴールを置いた隣には、七夕飾りの施された笹が花瓶に差してあった。

来週末は、七夕だ。

どうせ、帰るまで時間はまだあった。・・・・・・いや。

家に帰るには、まだ早い。家に帰っても、仕方がないだろう。

家には、自分の居場所など、ないのだから・・・・・・。

 再び席について、秋子は参考書を開いた。期末試験は今月末だ。もうすぐ、テスト範囲が

言い渡されるはずである。・・・そう、もうすぐ、高校1年の一学期が終わるのだ。

 ふと、秋子は病床に横たわる兄の顔を見た。・・・あれは、ちょうど冬雄が高校1年の、ま

さに今の秋子の年齢の時に起こった事故なのだ。

 そういえば、あの時にも、愛美のベッドの横には七夕飾りがあったことを彼女は思い出し

ていた。・・・秋子はまさに、三つ離れた兄を追い抜こうとしていた。

兄の経験していない一学期の期末試験、そして高校生の夏休み。

・・・・・・兄があの事故に遭わなかったら、どんな高校時代を送っていたことだろう。そして

代わりに、自分が事故に遭っていたら―――

無意識のうちに、秋子は微笑んでいた。

 おそらくはそれで、永遠に兄に追いつけなくなっていただろう。それで、よかったのに。そ

れを、私は望んでいたのに・・・・・・しかし彼女の望みが叶うことはなかった。

「私は・・・、どうして生きているのかしら」

 呟いた彼女の言葉を、愛美は瞑目したまま静かに聞いていた。






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