| 3. § § § ぶ厚い雲に阻まれて、月明かりは地上にはほとんど届いてはこない。代わりに歩道を照 らすために完備された街灯は、虚空を照らすには十分な明かりではない。 郊外にある一軒の貴族の屋敷の屋根から、彼女は事の次第を見下ろしていた。 「これで、一段落・・・・・・かしら」 彼らは、二手に分かれた。アルビノを連れて逃亡を図る方と、囮になる方と。だがしかし、 そんなことをしなくても彼らのほうが警備兵よりもずっと有利だということは、彼女にはわ かっていた。また、不利になれば、彼女自身が出て行けばいいだけのことでもある。 その場に残った青い髪の男は、しばらく警備兵と遊んでいたが、やがて全員をその場に 卒倒させた。そしてゆっくりと、白い男の後を歩き始めた。 月はまだ傾き始めたばかりだった。 弱く紅い月光に、女のブロンドヘアーが沈んだ赤銅色の輝きを見せた。・・・いや、それを 果たして金髪と呼んでいいのだろうか――。 「・・・・・・あとは、貴方自身の問題ね・・・。」 言って彼女は、頭を左手で抑えた。視界が揺らぎ、思わず倒れそうになった。 ・・・・・・・時折起こる、激しい頭痛。もう1年も前から続いている。最近は、だんだんとその 発生する間隔が短くなってきていた。 「これは、罰ではない。私の、そして”彼女”の願い・・・・・・」 けれども、もう、時間はあまり残されてはいない。 ―――だから。お願い、気がついて。 「ディルティルス―――」 もうこれ以上、傷つかないで。 * * * 「お待たせ!掃除サボってるのが先生にばれてさー。ちょっと時間かかっちゃった」 ポテトと飲みものをのせたトレイを両手に、京子は階段を上がってきた。 「お疲れ〜。大変だったね」 「まったく。先生ってトイレ掃除のことになると、すっごい気合入れちゃうんだよね。おかげで こっちはいい迷惑だよ」 「本当にね」 京子はポテトフライをつまみながら、左手で携帯のメールをチェックした。・・・どうやら、携帯 のメールを確認する暇もないほど、急いで来たらしい。 「そういえばさ、最近変な夢を見るんだよね〜」 「夢?」 「そうそう」 親友の状態と、自身の置かれた状態が秋子の頭の中でダブった。 「・・・夢?」 秋子自身、連日見る夢にはうんざりしていた。京子も、私と同じような夢を見ているんだ ろうか。だとしたら、あの夢を見る原因がわかるかもしれない。秋子は、心強い見方を 持ったような気持ちになっていた。 「そうなの。なんだか最近ずっと同じような夢を見てるのよね」 ますます秋子の期待は高まっていた。彼女は頷いて京子の話を促した。 「それが、みんな私の嫌いなホラー映画みたいなのよ」 そういえば、京ちゃんは一緒に映画を見に行っても、ホラー映画だけは絶対に見ようとは しなかったなぁ・・・と親友の好みを思い返しながら、ふと違和感を感じた。・・・・・・あれ、 私の見てる夢って、ホラーじゃないよね? 「ずーっと迷路を彷徨っているの。で、扉が壁に付いてるんだけど、開けると、片目のつ ぶれた・・・」 言いかけて、彼女は目の前のポテトに伸ばした手を止めた。・・・・・・どうやら、悪夢を思 い出して食欲が少し失せたらしい。 「な、なんかすごい夢だね・・・それ」 どうやら、秋子の見ている夢とは無関係のようだった。京子の夢と比べれば、自分の見 ている夢など大したことはないのかもしれない。不幸比べではないが、もし自分が彼女と 同じ夢を毎晩見ていたら、きっとノイローゼになってしまうだろう。そう考えて、自分のこと よりも京子を哀れに思った。 「アッコもそのうち見るかもよ?」 からかう京子に、秋子は笑った。 「え〜、私はそんな夢見ないよー。ていうか絶対見たくない」 「わかんないよ〜。ほら、誰だっけ?夢の世界って実は皆つながってるって言った人」 京子の言葉に、眉をひそめる秋子。 「え?どういう意味?」 「うーんとね。だからー、皆が見ている夢の世界は、実は無意識の世界で、その世界はこ の現実みたいに一つにつながっているっていうこと。だから、きっと私の夢もアッコの夢に つながってるんだよ」 「ふぅん・・・」 どうしてそんなことを知ってるんだろうと、ぼんやりと彼女は考えたが、そういえば彼女は 大のフィクションノベル好きであったことを思い出した。きっと、どこかでそのような本を読 んだのだろう。 京子が携帯のメールを打ち始めたので、秋子は想像を巡らせていた。 そうすると、あの世界で出会った人たちは、他の夢でも会ったことがあるのだろうか。 今この世界で生きているのだろうか。 いったい、どんな生活をしているのだろうか。 ◇ ◇ ◇ ユゥアは、ひとまずアルビノを酒場に隠すことにした。幸い、もう夜は更けた。裏口か ら入れば、酔いの回って眠っている客には気づかれないだろう。バルバロイの街も、 人通りがかなり少なくなっていた。 アルビノを連れて、彼は眠り始めた街に入った。念のためにメインストリートは避け、 裏通りの方を最短のルートで足早に通り過ぎた。そんなわけで、二人がオルフィウス と落ち合うことになっていた酒場に着いたのは、あれから半時ほど歩いた時だった。 裏口の扉をそっと開けて、気が付いたマスターに目で意思を伝えたユゥアは、アルビ ノと一緒にさっと中に入った。 「オルフさんから、話は聞いていますよ」 「――相棒から?」 眉をひそめてカウンターを覗いてみれば、既に相棒がウォッカをストレートで飲んでい るのが見えた。隣では、押し掛け弟子のリンが師匠の腕を抱きしめるようにして、寄り かかって眠っている。 「・・・なんだ、もう帰ってたのかよ」 「ええ。警備兵の方々も腰がありませんでしたから、早々に引き上げてきたんです」 やれやれと、大げさにため息を尽きながら、アルビノをカウンターへと促した。 「貴女のお名前をまだ伺っていませんでしたね」 オルフの隣の席に着いたアルビノに、彼は早速そう切り出した。 「・・・・・・無理矢理連れてきておいて、あとからそれを聞くの?」 警戒の念を露わにしながら、彼女は言った。 「・・・ああ、それもそうでしたね。私はオルフィウスと言います。こっちは知人のユゥア さん。この子は、リンと言います」 「知人てか、相棒だろ?」 言いながら、ユゥアはマスターにジンを注文した。 「貴方は?」 マスターの言葉に、どう答えればよいのか迷っている様子の彼女。そう言えば、未成年 の女性はいったいなにを注文すればいいだろうか。メニューを探すユゥアだったが、近く には見当たらなかった。 「・・・ん・・・・・・と」 「ああ、じゃあノンアルコールのフルーツカクテルでお願いします」 「かしこまりました」 迷う彼女の代わりにオルフィウスの注文を聞いて、マスターは奥へと戻っていった。 「・・・まあ、気にしないで下さい。私のおごりですから」 にこやかに笑って、オルフはウォッカを口に含んだ。種類はわからないが、水割りもしな いウォッカは相当度が強いはずなのに、グラスの半分を飲み終えてもなお顔色一つ変え ていないのだから彼はすごい。その酒豪ぶりは、街一番とも言われていた。 「そういや、肝心のアイツはまだ戻ってないのか?」 「マスターに先ほど伺いましたが、まだ見えてないようです」 「ったくよ、なんで肝心な時に限っていつもいないんだよ、アイツは」 「・・・まあ、お忙しい方ですから」 運ばれてきた水割りジンに軽く口をつけた。 「ん・・・ししょ〜・・・・・・」 むにゃむにゃと何かを言いながら、肩に顔を埋めるリンに微笑みながら、オルフは彼女 の肩を叩いた。 「・・・さて、そろそろ上に行きますか」 席をそっと立ち上がったオルフは、眠っているリンをおぶると酒場の2階へと上がってい った。 |