2.

Ψ Ψ Ψ

 デルタに頼まれていたアルビノを探すのは、思っていたよりもオルフにとっては簡単な

ことだった。・・・・・・正確には、デルタはアルビノの情報だけを求めていたのだが、きっと

役に立つだろうとついおせっかいをしているのだった。もっとも実際のところ、デルタは仕

事が入ったらしく昨日から酒場に顔を出していないのだから、オルフのおせっかいは幸い

しているということになる。

 遠目に見ていた、屋敷から逃げ出したアルビノたち、その中で一人だけが異質に感じら

れた。それで、デルタが気にしていたことに納得がいった。

それは、最初に出てきたあのアルビノ―――

幸運にも、彼は自分の方に向かって駆けてきている。・・・いや、”彼女”というべきなの

だろうか・・・・・・。

「・・・珍しいことがあるものですね」

こぼしたその口調は安穏としているが、内心は相当に驚いている。・・・・・・正確には驚き

のほかに緊張の感が混じっている。久しぶりに自分がプレッシャーを感じていることに気付い

たオルフィウスは、ふっと笑みを漏らした。

 この世界には、アルビノの女は存在しない。存在してはならないのだ。なぜなのかは、彼

自身にもわからないが、確かにこの世界に来て女性のアルビノにめぐり合ったことはない。

昔、どこかの国で女のアルビノ狩りがあったなどという話や、一緒にいれば不幸が降りかかる

などというジンクスがあるが、真偽のほどは定かではない。その一人が、今目の前にいて、

尚且つ保護しなければならないのだから、オルフィウスの受けるプレッシャーは尋常では

ないだろう。果たして、うまく保護できるのか・・・

 彼女は、ゆっくりとしとした足取りで自分に近づいて来るオルフの姿に気づき、足を止めた。

その表情が、強張っている。それをみて、彼は誰もが安心するような、穏やかな笑みを浮か

べた。

「・・・・・・こんな夜中に一人で出歩いているのは、危ないですよ」

「確かに、アルビノにとっては、危険ね」

答えた声には、明らかな緊張の色が見られた。このラルカントスという国でのアルビノの扱

いを考えれば、警戒心に満ちた彼女のいまの心境は容易に理解できる。

 さて、どうしたものかと考えていると、彼女の後ろの方から仕事を終えて屋敷から出てきた

ユゥアが駆けてつけてきた。

「よう、相棒。こっちは片付いたぜ」

「ああ、ユゥアさん。ご無事でなによりです」

ねぎらいの言葉に、首のバンダナを外しながらユゥアは相槌をうった。

「ん・・・まあ大したことは無いさ。それより・・・こいつか?」

覗き込んだユゥアの紫の双眸と、振り返ったアルビノの赤の双眸とが交差する。

「・・・・・・な」

言いかけて、彼はその先が続かなかった。そして同時に、同じような違和感を抱いた瞬間

の記憶が蘇った。昨日の、ブロンドのポニーテールの女性―――

「・・・何?」

険のある口調で相手にそう言われて、慌てて視線をそらしたユゥア。だが、オルフィウスの

ように動揺の気持はうまく隠せなかった。

「とりあえず、早くここを離れた方がよいでしょうね。でないと・・・」

あたりの様子に気を配っていたオルフは、近づきつつある巡回の警備兵たちの気配に気が

ついていた。もう、角を曲がればすぐのところまで来ているようだ。

「でないと、何?」

冷たい響きのある短い彼女の言葉に、内心苦笑しながらオルフは答えた。

「でないと、また捕まってしまいますよ」

「・・・貴方に捕まって売り飛ばされるよりは、いまここで捕まった方がマシだわ」

肩越しに振り返ったオルフが、アルビノの言葉に怪訝そうな顔をした。だが、時は待っては

くれない。警備兵たちの姿が見えた。

「相棒、なんとか引き付けてくれ。俺はコイツを連れてここを出る」

「わかっています。・・・酒場で、落ち合いましょう」

警備兵達は、すぐにこちらの様子に気がついて駆けつけてくる。ユゥアは警備兵をオルフに

任し、なんとかアルビノをつれて国外に出ることにした。逃げようとするアルビノの腕を無理

やり掴み、走り出した。

「ちょっと・・・痛いっ、何するのよ!」

「いいから走れ。ここで捕まったら、アルビノは終わりだからな」

苦々しく吐き捨てる彼の言葉に、彼女・・・・・・秋子は、内心首をかしげた。彼女の腕を引く

ユゥアと呼ばれた男の表情は真剣そのものだし、先ほどの青い髪の男にしても、なぜ、自

分を庇うのだろうか。

「とにかく、この国を出るまでは足を止めるなよ。いいな?」

正面を向いたまま声を掛けるユゥアに、秋子は頷いて返すのみだった。相手がどういうつも

りかはわからないが、とりあえず、安全なところへ行けるまでは利用しなくてはならない・・・

・・・そう、思った。



* * *

 唐突に、秋子の夢が終わる。

判然としない空気の中に、鐘の鳴るような音が耳の中で何重にもこだましていた。それで、

ようやくこの場所が教室であるということを秋子は認識し始めていた。

「起立!」

ガタガタと、椅子や机を動かす音が聞こえて、つられる様にして秋子も席を立った。昼休み

の終わりだった。徹夜明けのせいで、今日の午前中はほとんど眠ってしまっていたが、昼

休みにも爆睡していたおかげで、ようやく秋子の頭は正常に動き出していた。

「気をつけ!・・・礼!」

5時限目の始まりだ。古典の授業の先生が、古びた黒縁眼鏡をかけながら、教科書を

開いている。

それを見て、頭の中にかかっていた霞のようなものが一気に晴れていく。今日は、秋子

が当たる番だったはずだ。

急いで机と鞄の中から教科書とあんちょことなる参考書を引っ張り出して、ページをめく

った。

「はい、じゃあ56ページを開いてね。まずは本文を読んでもらいましょう。それでは今日

は・・・桂木さんからですね」

先生の指示を聞いて、まだ順番に余裕があると、ほっとする秋子。そのまま、自分の番

になりそうなところを目で追い始めた。

「はい、では木下さん。この“いとおかしや”は、ここではどういう意味だと思いますか?」

次の次は、秋子の番だった。数行先に目を走らせて、ふと横の列を眺めた。京子が、前

の方で内職・・・おそらく、広げているテキストの色から数学の宿題だろう・・・をしている

のが見える。

その隣の松野君は見事に突っ伏して寝ていた。どうやら、内職をする気も起こらないら

しい。

「じゃあ、栗林さん、代わりに答えて下さい」

先生の次の生徒への指名があり、木下さんが席に着いた。

しかし、栗林君が席を立つ音がしない。後ろを振り返ってみると・・・こちらは、イヤホンを

耳にして突っ伏していた。上には上がいるものだ。

「栗林さん・・・栗林さん!」

先生の呼びかけには全く応じない。彼はもはや常習犯だ。もともと理系に進学予定なのだ

から、古文などどうでもいいのだろう。先生もそのことを知っているのか、はたまた諦めて

しまっているのか、何も言わずに出席簿を眺めた。

「では来栖さん、2行目の“いとおかしや”、ここではどういう意味ですか」

「あ、はい・・・えと」

急いで参考書に目を走らせて、秋子は答える。

「とても興味深い、という意味だと思います」

「はい、その通りですね。では次の・・・」

すんなり自分の番が終わったことに、秋子はほっとしていた。後の時間は板書を除けば自

由だ。参考書をしまって、彼女は京子と同じように数学のテキストを出した。

昨夜は“夢”のせいで、数学の宿題のことなどすっかり忘れてしまっていたのだ。もっとも、

おかげで歴史の試験勉強は済んだわけなのだが。

「・・・・・・はい、それではノートを開いて下さい」

板書の合図があったのは、それから10分くらい経ってからのことだ。広げた数学のテキス

トの上に、引っ張り出したノートを開くと、秋子は板書をノートに取り始めた。

「・・・?」

それから幾ばくも書かないうちに、秋子のノートに紙くずが落ちてきた。―――手紙だ。

携帯が普及した今でも、こうした古典的な方法が取られているのはもちろん、教師に見つ

かったときのリスクの大きさ故のことである。広げてみると、ノートの端を破った小さな紙に、

これまた小さな文字で文が書いてある。

「アッコ、今日はマックでいい?―けい」

手紙は、けい・・・京子からのものだった。部活を止めてしまった秋子と京子は、時々帰りに

駅前の喫茶店やファーストフード店で寄り道をするのだ。時々というのは、秋子には見舞

いが、京子には塾というそれぞれのやむを得ない予定があるからだった。

秋子は京子の文の最後に、書き足した。

「いいよ。CDもその時に返すね」

ちらりと黒板を見ると、まだ先生は板書をしているようだった。いまのうちに回しておこう。

隣の席で板書に励んでいる杉田君に、秋子は紙くずのように再び丸めた”手紙”をさっと

渡した。迷惑そうな顔をしながら、それでも彼は京子の席の列へと”手紙”を送る。

無事に届いたことを確認して、ようやく彼女は板書をノートに写し始めた。






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