第3部 月に映えし銀光



1.

Ψ Ψ Ψ

「遅いですね・・・」

 オルフィウスは、門前から少し離れたところで屋敷の様子を見張っていた。例のドレスの

女性を追いかけていたのだが、その姿は彼が目を離した一瞬の間にどこかに消えてしま

っていた。一方屋敷内では、先ほどまで叫び声が聞こえていたのだが、11時・・・つまり、

ユゥアの出した予告状の時刻を回った今は、屋敷は静寂に包まれている。いったい、中で

何があったというのだろうか。

「ユゥアさんのことですから、心配はいらないとは思いますが・・・・・・」

 5分・・・10分・・・

いつもリンのショッピングを楽しんでいるときの時間は、振り返る間もなく飛ぶように過

ぎて行くというのに、いまは一秒ごとに時が足を止めているかのようにゆっくりと過ぎて

いく。不条理に遅く進む時間に、オルフは絶えず腕時計を見ていた。

 今からでもやはり行くべきかと思い立ったとき、裏口の方で動きがあった。・・・屋敷か

ら銀髪の青年たち…恐らくはアルビノだ・・・が逃げるように出てきたのだ。そう、それは

つまり・・・・・・

「お疲れ様です、ユゥアさん・・・」

 姿はまだ見えなかったが、最後の仕事をやり遂げた彼に対し、オルフはねぎらいの言葉

をかけた。そして、いつもの穏やかな表情を少し引き締めた。

「さて・・・・・・ここからは私の領分ですね」

中指でめがねの位置を軽く直すと、彼はアルビノの出てきた裏口の方へと歩みを進めた。

眼鏡の向こうにある双眸の青い光が、輝きを増している。

「無事に見つかるといいのですが・・・ね」

一人呟いたオルフィウスの視線の先には、まるでアルビノの瞳のように紅く満ちた月がぼ

んやりと虚空に浮かんでいた。



* * *

「なんだって・・・・・・おい、どういうつもりだ、リールク!」

物陰から、突然アルビノたちが怒鳴る声が聞こえて、秋子は屋敷の裏口の方を振り返っ

た。先ほどから、彼らは他の場所にいるアルビノと通信機を使って連絡を取っていた。脱

出のためのそれぞれの任務を遂行しているその最中のことだ。どうやら、予想外のことが

起こったようだが・・・・・・

 リールク・・・そうか、この脱走計画の主犯は彼なのか、と彼女は納得した。彼ならば、き

っとスカッチャーを裏切るだろう。しかも彼は、一番の古株だ。この計画の鍵となるのは間

違いない。 だが、いったい何が起こったというのだろうか。

アルビノたちの騒ぐ声で、リールクがいったい何を言っているのかは聞こえなかったが、

彼らの騒ぎ方から見て、どうやら事態は尋常ではないらしい。あのリールクに限って、ミ

スを犯すようなことは考えられなかった。

 耳を済ませていると、裏切った、という言葉が聞こえてきた。彼が仲間を裏切った・・・とい

うことだろうか。状況は把握できてはいなかったが、アルビノたちの緊張した様子から脱

出計画が狂い始めていることを漠然と感じていた。

 いずれにしても、秋子にとっての今の状況が変わったわけではない。屋敷の外に出るこ

とができなければ、自分は”狩り”にあうのだから。それまでは、生き延びなければならな

い。一部のアルビノたちが自分を狩ろうとしていたのだろうが、今の彼女には誰一人とし

て信用できなかった。仲が良かったと思っていたアルビノたちでも、今は全員が彼女の敵

だ。

 秋子は、いつでも動けるように体勢を整えた。アルビノたちの様子に、物陰から再び目を

光らせていると、上の階で何かが爆発するような音が聞こえてきた。

「・・・・・・ん?なんだ、今の音は?」

すると突然、通信機から壊れたラジオのような、耳に煩わしい異音が聞こえてきた。・・・・・・

どうやら、相手方の通信機が壊れてしまったらしい。いったい、リールクに何があったのだろう。

「ダメだ、アイツ、通信機を壊しやがった」

「いったい、俺達はこれからどうなるんだ!」

口々に、誰にともなく・・・いや、おそらくは通信機の向こうのリールクに・・・叫ぶアルビノたち。

 同じく不安の気持ちでいる秋子だったが、この時彼女はもう少し慎重に身の回りを警戒し

ていなければならなかったのだ。唐突に、背後から彼女に声を掛ける者がいた。

「おい・・・お前、なんで生きてるんだ」

慌てて背後を振り返ると、そこには自分のことを見下ろすガロンがいた。その服の裾には、

僅かながら血糊がついている。・・・秋子は無意識のうちにナイフを抜いていた。

怪盗と戦った跡・・・いや、彼もあの時、近くにいた。自分を襲った仲間の一人に違いない。

「どいて・・・!」

有無を言わさずに、秋子はガロンに突っ込んでいった。突き飛ばすようにしてガロンの傍を

横切ると、そのままの勢いで裏口へと走っていった。

「そこをどいてっ!!」

 こうなったら、首輪によって絞殺されても仕方が無い。裏切り者のアルビノに食い殺される

よりは、この方がずっとマシだと彼女は思うに至った。両手にナイフを構えたまま、取り乱す

アルビノたちを掻き分けるようにして、彼女は裏口のドアへと向かう。

 そしてそのまま、鍵の開いていたドアを押し倒すように開き、外の芝生を蹴った。

アルビノたちは硬直したままで、追って来る気配が無い。

門までは、裏口の目と鼻の先のところにある。あと少し・・・・・・手を伸ばした。

門の錠を開けて、夜闇に沈む静かな住宅地に足を踏み入れる。辺りに人気はない。

・・・・・・しかし、何かがおかしい―――。

門の外に数歩出てようやく、秋子は自分がまだ生きていることに気がついた。そう、歩い

ている。

屋敷の裏口の方で、戸惑うアルビノたちの声が聞こえて、彼女はようやく背後を振り返っ

た。その場にいる全員が、いまこの瞬間に起こったことを理解できないでいた。


―――制御装置が、故障したのだ。

一人・・・また一人・・・・・・

戸惑いながら、恐るおそる門へと歩き出すアルビノたち。最後の方では、駆け足になって

いた。

自分の後を駆けてくる、アルビノたち。秋子は再び、駆け出していた。

もっと、遠くへ行かなければ・・・・・・

あいつらが、追いついて来れないところへ―――

屋敷内で植えついた恐怖心は、彼女を先へ先へと走らせた。だが、走り去る秋子のこと

を追いかけるアルビノたちは、もはやいなかった。

スカッチャーのアルビノたちは、ようやくすべてから開放されたのだ。






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