| 11. ◇ ◇ ◇ 扉の向こうでユゥアを待っていたのは、彼の見知った相手だった。 「・・・スカッチャー。それに・・・・・・」 最後の方は、言葉にすることができなかった。まさか、この場所にいるとは考えてもいな かったのだから・・・。それは、相手も同じだったようだ。 「ユゥア、まさか君が戻ってくるなんてな・・・」 リラ・・・リールクの瞳に、一瞬悲しげな色が浮かんだ。 ユゥアは当惑していた。 リラとは、あの日・・・そう、屋敷から逃げ出したあのとき以来、ずっと会えないでいたのだ。 独りになったユゥアは、ラルカントスの夜に彼を探し続け、疲れ果てた彼がたどり着いたの がロストだった。それ以来、なんでも屋としてアトリエを拠点に働きながら、リラのことをずっ と探していたのだ。だがしかし、再びスカの屋敷に戻っていたとは、誰が思うだろう。 「リラ・・・お前」 ようやく、ユゥアはそれだけの言葉をつむぎだした。驚きと困惑とで、口も体も思うように 動かなかった。 「ほう、まさか噂に名高い白銀の怪盗が、お前だったとはな。貴族がそんなに羨ましい か?」 眉一つ動かさずに、昔の飼い主の口調でそう話すスカッチャー。それに対し、嫌悪の表 情でユゥアは応えた。 「しかし、ここを見張っておいて当たりだった。アルビノの自由とは、よく言ったものだな。 考えさせられたよ」 スカッチャーの顔色を変えた予告状・・・そこに記されていた、宝。 そう、予告状に彼は、こう書いていたのだ。 『明日23時、貴殿の掌握する、「アルビノの自由」を頂きに上がる。 ―――白銀の怪盗』、と。 「・・・ま、これも何かの縁かもな?脱走者同士が、もと飼い主の前で一騎打ちをするなん てな。まったく、面白い見ものだぜ、せいぜい楽しませてくれよな!」 そう言ってスカッチャーは、リールク・・・というよりも、装置に向かって指令を出した。 「リールク、裏切り者を始末しろ。命令だ。できなければ、首を落とす」 だがしかし、リールクが、ダガーを両手に構えることはなかった。そのままの姿勢で、 ユゥアを静かに見つめている。 「リラ、どうして、こんなところに・・・」 「まあ、色々あってさ。結局、もとの黙阿弥ってわけだ」 過去のことなどさして気にしていないといった様子で、彼はユゥアに返した。 「俺は・・・ずっとお前のことを探してた。ラルカントス中を探し続けて、俺はロストに入っ た。宛てもなく歩き続けたが、お前の姿はなかった」 「そりゃあ、そうだろうな。・・・俺は、この屋敷から出なかったんだからな」 「今の仲間となんでも屋を始めて他の国に行っても、貴族の屋敷に入ったときにも、い つもお前の姿を探してた。なのに、お前は・・・」 たかが一年、されど一年・・・・・・。 行く先々で、彼は仲間の所在を聞くことを忘れなかった。彼にとってリラは、この世界で 初めての仲間だったのだ。それ故に、彼はリラという相棒を大切にしたいと考えていた。 「いったい、どうしてなんだ・・・」 続きを言おうとして、ユゥアは思いとどまった。これでは、まるで、裏切りみたいじゃない か。 「・・・裏切った、ていいたかった?」 図星だ。 なにも言えないでいる彼を微かに笑いながら、リラは続ける。 「俺たちは仲間なんかじゃないだろ。この世界では、いかに相手をうまく使うか、それ次第 で王にも奴隷にもなりえるのさ。わかっているだろ?」 知っている。彼の言っていることは最もだった。 この世界で、特にこのラルカントスで生き延びるには・・・特にアルビノが生き延びるには、 いかに相手の上に立って相手を利用するかにかかっていた。王が代わってから、その動きが 顕著になった。そのいい例が、スカッチャーだ。 彼は、権力を得るためにアルビノを求め、盗み、攫い、そして高額で国々に傭兵として売り つけた。結果、彼は貴族としての地位を獲得し、アルビノを献上することで王からも信頼を 得ている。裏でスカッチャーがなにをしているかなど、彼らは気にも止めていない。 「お前だってそうなんだろ?ユゥア。俺を脱出のために利用した・・・違うかい?」 あまりのことに、ユゥアは目を丸くする。 違う。思いきり、そう叫びたかった。だがユゥアはそうしなかった。今の彼・・・リラになにを 言っても、彼の心には届かないと思ったからだ。 「だからね、ユゥア。俺は君を利用しようと思ったんだ。まあ、誤算があったとは言え、ここ まで都合よく行くとは思わなかったけどな」 リラからの告白に、ユゥアは愕然とする。怒りよりも、ショックの方が大きかった。 リールク はスカッチャーの方を振り返った。スカの方はといえば、二人の話を鼻で笑っている。 「・・・というわけだ、スカ。これでアンタともお別れだ」 と、突然リールクはスカッチャーに一方的な宣言をした。いきなりの宣言と、”スカ”呼ばわ りされたことに対する怒りに、彼の顔が見る見る赤く染まっていった。 「・・・・・・あ?なんだって?リールク。誰に向かって口を聞いてるんだ?」 「アンタだよ。スカ野郎」 怒りに震えるスカッチャーに対し、リールクは余裕の表情で構えている。スカッチャーは、 この時とばかりに制御装置の一部であるブレスレットを翳した。 「これで、俺はお前をすぐに消すことができるんだぜ?」 それは、逆らう者の首を絞める為の、枷だ。 「やってみればいい。やるだけ無駄だとは思うけどな」 余裕なリールクの態度に、ボタンを押すことを一瞬ためらったスカッチャーだったが、つい には力を込めて、ボタンを押す。・・・だが、リラの首が絞まることはなかった。スカッチャーの 意地悪そうに反った両目が見開かれる。リラは、懐から本体上に取り付けてあるクリスタル とそっくりなものを取り出してみせた。 「本物の制御装置はこっちさ。あの停電事故のどさくさに紛れて、すり替えて改造させても らった。・・・気がつかなかっただろ?」 今度はユゥアが驚く番だった。完璧にスカッチャーの敗北だ。 1年前、リラとユゥアははともに屋敷を出て、逃げようとした。 二人とも、屋敷のアルビノ狩 りに耐えられなかったのだ。そして、必ず屋敷のアルビノを開放しようと誓ったのだ。 リラは、自分が屋敷を去った後も他のアルビノを解放するために、ユゥアとの誓いを果たす ために屋敷に残っていたということになる。自分を裏切ったように見せて、実は自分との約 束を果たしていた。それは、本当の意味で裏切りとは言えないはずだ。だが――― ユゥアは、素直にリールクの行為が仲間のためのものだということを受け入れられずにいた。 それは、リールクの言った”利用”という言葉の意味と、今までアルビノを開放しなかったと いう事実があったからだ。スカがユゥアのその疑問をそっくり口にする。 「なぜ、いままで隠していた・・・」 にがり切った口調で、彼はリールクに問う。クリスタルを片手で弄びながら、彼は笑って答 えた。 「なんでってね、そりゃあ、アンタの財産の場所や人脈をつかむのに時間が必要だったか らさ。あとは、タイミングだな」 答えるリラの瞳に、徐々に怪しげな光が宿り始めていることに、ユゥアは気がつき始めて いた。・・・彼には、リラのやろうとしていることが、なんとなくわかってしまったのだ。 「ようやく、俺にもつきが回ってきたってわけだ。・・・・・・今日から俺が、この屋敷の主人 だ」 屋敷の大時計が、23時の時を告げる。 ―――最悪だな。 ユゥアは内心舌打ちした。 リールクは、アルビノを開放する気が、ないのだ。それどころか、スカッチャーと同じことを しようとしている。 信用していた、仲間を・・・・・・裏切れというのか。 「リラ・・・・・・お前」 「本当に、最後の最後で誤算があるとは思わなかったけど・・・。君に逢えてよかったよ、 ユゥア。でも、もしもあの予告状を屋敷の主に向けて送ったのなら・・・俺は君を倒さなきゃ ならないね」 リールクが相手というのは、なかなかに都合が悪い。彼の力量のほどは、よく知っている。 もともと、傭兵として戦場に赴いていたのだが、それをスカッチャーが買い取ったらしい。 勿論、取引所のアルビノを盗み取るようなことをしているくらいだから、正当な手段で買 い取ったとは、考えられないのだが、それ以来国に傭兵として献上することなく飼ってい るということは、それなりの腕があり国に渡すのが惜しいからなのだろう。 返事の言葉を、彼は飲み込んだ。リラの右手の攻撃を受け止めたからだ。いつの間にか、 彼は両手にダガーを握り締めていた。 ―――そんなことは、しない。 でも、どうやってこの状況を打開すればいい? 「生憎、俺は不器用でね。俺は自分で決めたことしか、できないからな」 攻撃をかわした白銀の怪盗は、左脚に刺していた3本の絵筆、その全てを手に取った。 「俺は、約束は果たす。お前との約束も、予告状の約束もな・・・。それだけだ」 仲間を裏切りたくはない。だが、今のリラは、もはや仲間ではない。 ユゥアは純白の外套を外し、筆と一緒に構えた。 リラの動きは素早い。特に重い武器を持っていないので、なおさらである。対するユゥア は、白い外套でリラの攻撃を惑わせ、かわしているだけであった。絵筆を動かす素振り も伺えたが、直接それで攻撃しているわけではない。傍から見れば、ユゥアの方が圧倒 的に不利に見えるだろう。 ―――装置を壊すしか、ないか。 ちらりと、ユゥアは背後のスカッチャーの様子を見た。 スカッチャーは、事の成り行きを呆然と見守っている。敗北の文字を背負った男は、もは や何の力も持っていなかった。 問題は、どうやってリラの持っている装置のみを壊すかだった。 リラの動きは力強く、素早い。とてもではないが、懐からクリスタルを取り出すことなど出 来ないだろう。 だが、チャンスとはいつでも廻ってくるものだ。彼の手首にあるバンドからアラーム音が 鳴り、何者かの声が聞こえてきたのだ。それは彼の気をそらすには、絶好の機会だ。 「リールク、時間は過ぎた、準備はまだなのか?」 「ああ、もう終わったよ。準備は万端だ」 攻撃の手を緩めず、彼はアルビノの仲間・・・おそらく、下に控えていた仲間・・・に答え る。ユゥアは、慎重に彼の様子を見、彼の隙をうかがっていた。 「本当か?・・・じゃあ、早いところ解除してくれよ。みんな外に出たくてうずうずしてるんだ」 「残念だけど、それは無理だ」 通信機の向こうのざわめきが、ユゥアにも聞こえたような気がした。 「どうしたんだ?いったいなにが・・・」 「今日から俺が、この屋敷の主だからさ」 「・・・・・・なんだって?」 「聞こえなかったか?なんなら、証拠を見せてやってもいいんだぜ?」 仲間のざわつきが、大きく聞こえた。その声に、攻撃の腕が鈍りつつあった彼は、苛立 ちを隠せず、つい空いていた左手を懐に忍ばせた。―――チャンスだ。 リールクが装置を左手に掴んで外に出したその瞬間を、ユゥアは見逃さなかった。 外套を大きく旋回させてユゥアは視界を遮ると、すぐに身を翻して、左手にもぐりこんだ。 あまりのことに、リラの対応は間に合わない。ユゥアが仕掛けるのに、十分すぎる時 間が出来たのだ。 ―――ヒュッ 絵の具の付いた絵筆、それを勢いよく振るうと、紅い絵の具が筆先を離れてリラの方に 四散していった。そして――― 狙いたがわず、マントの隙間を通った絵の具が、リールクの持つクリスタルに付着する。 その瞬間。 「・・・・・・なっ」 絵の具が具現化し、現象となる。付着した絵の具の跡、そのままの形に装置が爆破し た。狙いを外れた絵の具は白いユゥアの外套に穴を空けるのみで、リールク自身には怪 我は無い。まさに、絶妙なタイミングであった。 「そん・・・な・・・・・・俺の・・・」 外套が地に落ちて視界が開けると、リラはがっくりとひざを突いて今しがた装置を握り 締めていた左手を見つめていた。 ・・・・・・これで、アルビノは開放されたのだ。 「・・・約束は、果たした」 振り返れば、スカッチャーの姿は消えていた。屋敷から逃げ出したのか、あるいはこの 世界での存在自体が消えてしまったのかは定かではないが、もとの生活に戻ることは できないだろう。 ユゥアはちらりと昔の仲間を一瞥した。そしてふと、ここに来て初めて彼に出遭った時の ことを思い出した。 静かに、彼は歩き出す。 「―――もし、お前がまだ仲間というものを信じているのなら・・・」 この部屋に来て、ひさしぶりに見たリールクの、その悲しげな顔。 「俺のいる、バルバロイのアトリエに、足を運んでくれ」 この世界から、消えてしまうのは簡単だ。存在したくない、そう思ってしまえば、自然に 意識から抹消されていく。ここは所詮、夢なのだから。 けれども、彼は仲間というものを・・・リラのことを、最後まで信じていたかった。 一縷の希望にかけることに決め、彼は部屋を出て行った。だが部屋を出てしばらく歩い ても、リラの返事の声はついに彼の耳に届くことはなかった。あとは、彼次第だった。 こうして、ユゥアの最後の仕事は、終わりを告げた。 |