9.

Ш Ш Ш

 やはり、ベンス2世に王位を渡すべきではなかったと、誰もが彼を視線で責めていた。

その彼は今、ベンス2世の横に座っている。

栗色のロングヘアに、藍色の瞳・・・。

―――ラルカントスの王位継承者、ディルティルスだ。

 現在は王位継承者となっているが、もともとは彼の方が王であったのだ。しかしながら、

王であることに何の魅力も感じなかった彼は、ふらりと王宮に立ち寄ったベンス2世に王位

を渡してしまったのだ。

 ・・・いや、正確には、魅力を感じていないという理由ではなかった。

彼は、他人から優れた人物として評価されることに、いつもある種の居心地の悪さを感じて

いた。なぜだかは、彼にもわからない。けれども、知り合いから優等生のように扱われること

が、どうにも彼には耐えられなかったのだ。

 会議は、やはり明日まで続くらしい。日も暮れたというのに、いまだ結論は出ていなかった。

ディルティルスをフェルディアに送る案と、それに反対する者達がぶつかり合っているのだ。

意見はほぼ平行線で、頑固で口の達者なベンス2世と人望のあるディルティルスの2極に

分かれている。しかしながら当のディルティルスは、特にベンス2世の案に反対しているわ

けではなかった。そしてそのことが反対派の人々を混乱させ、余計に結論を出しにくくして

いた。

・・・・・・無責任なことではあるが、彼にとってこの王宮での日々はどうでもよかったのだ。

いや、もっと言ってしまうと、この世界に存在すること自体に、彼は無関心だった。


終わりのない夢、終わることのない夢。


 この夢を見る意思と、この夢から去る意思。

それが、この世界での存在を許している。そしてそれこそが、この世界での存在の脆弱た

る所以であった。

 彼には、そのどちらもがない。

それなのに、彼がこの世界に存在し続けているのは、彼の存在を望むものがいるからだ。

そのことに、ディルティルスは気がついていた。それが誰なのかも、彼には見当がついて

いる。

 だから余計に、彼にはここにいる意味が見出せないでいた。なぜ、自分はここにい続けな

ければならないのか・・・。葛藤の末、彼はその理由を”罰”だと結論付けた。

会議室の窓の外に視線を向けて、彼は息を深く吐いた。

『貴方こそ、いつまでここにいるのかしら・・・?』

そう問うた人物に、彼は心の中で問い返した。

『お前は、なぜ私を生かし続けるんだ・・・・・・ヘラ』



* * *

 歯を磨いて、顔を洗って、2階の自分の部屋の電気を消し、ベッドに秋子は横になった。

時間は、23時。ちょうど怪盗が、スカッチャーの屋敷に盗みに入る時間だ。明日は朝が早

いからと母親に断って、それからしばらく話をしていたら、いつの間にか11時になってしま

っていた。


急いで階段を上って来たせいか、妙に胸がどきどきとしていた。


―――おかしい。


今日という今日に限って、寝つきが悪い。

静かな部屋の中、鼓動が耳の奥でドクドクと脈打つのが、余計に大きく聞こえる。それ

で一層、秋子は頭が冴えてしまった。妙な緊張感が、秋子の体を支配していた。

眠りたいという必死の思いで目を閉じると、様々な映像が、目まぐるしく切り替わってい

った。


ロストの光景、放課後の学校の教室、友達の笑顔、愛美の寝顔、渋るスカッチャーの顔、

学校の校庭での昼休み、家の台所、泣き崩れる両親―――


現実のものなのか、夢のあの世界のことなのか、秋子には判断する余裕もなかった。

―――早く、寝ないと・・・。

思考はいたずらに巡り、留まることを知らない。目覚まし時計の針の動く音でさえ、耳

について離れないのだ。

 まるで、旅行や試験の前の日のようだ。

秋子はこのとき、まだ気がついていなかった。・・・夢の世界の時間と現実の世界の時

間の進み方は、著しく異なっているということに。

結局、秋子は12時を過ぎても眠れずにベッドの上でごろごろとしていたのだった。

 秋子は、部屋の電気をつけた。

そして、参考書をおもむろに開いて眺め始めた。経験上、こうすることが、眠れない時に

は有効だということは心得ている。だが、結果として世界史のテスト勉強を徹夜でやっ

てしまうということなど、このときの彼女には予想できもしないことだった。



◇ ◇ ◇

 住宅街の狭い通りを、音もなく、そして疾風のごとく駆け抜けるのは、白銀と群青の2色

の影。時刻はおよそ、夜闇がその濃さを増す、23時―――。

 ラルカントス郊外の屋敷の門前で、二人は足を止めた。3階立てのその建物は、どの部屋

の窓からも明かりが漏れていた。

「じゃあ、行ってくる」

「くれぐれも、気をつけてくださいね」

「ああ、わかってる」

 短く相棒に返事を返すと、白い影は自分の身の丈の2倍ほどもある高さの門を、その脚力

のみで優に飛び越えた。

 着地の勢いをそのまま踏み出しの力に変換し、一気に玄関までの小道を駆け抜けた。その

素早さには、監視用暗視カメラも追跡することができない。

そしてそのまま2階の窓近くの屋根に跳び、目的の場所を探した。

 だが、どの窓にも鍵が掛けられていた。素早く身を翻し、1階の応接間の窓を探す。そして

そこから、どうやってか、音もなく男は屋敷内へと侵入していった。ただ、右手が迅速に動い

たのが、傍からは見えただけであった。

応接間のドアを音もなく開けてみると、想像通り廊下には多数のアルビノが控えていた。

「出たぞ!白銀の怪盗だっ!」

「捕まえろ!」

 半身を廊下に覗かせるなり、控えていたアルビノ達がこちらへ向かってきた。男は失笑

する。

「捕まえられるものなら・・・やってみろよ!」

 不適な笑みを口元にたたえると、男もまたアルビノたちに向かって走り出した。とはいう

ものの、ここは屋敷の廊下。狭いわけではないが、数人の人が集まっているとそれだけ

で通るのは難儀である。ましてや、相手が自分を狙っているのならなおさらのことだ。

 だが、白い男は余裕の笑みを崩さない。風に舞う髪が、ランプの光にブロンドに翻る。

男は宙を飛んだ。同時に、持っていた鞘つきの短剣で、空中ですれ違ったアルビノの、

その全ての急所に当身を加えたのだ。

「ぬるいな。特殊能力を使うまでもねぇ」

 振り返ったのは一瞬のみ。アルビノたちが崩れ落ちる音も聞かぬままに、男は目的の

部屋へと再び走り出した。

 腕時計を見ると、時刻は22時50分。内心で舌打ちをして、白装束の男は襲い来るア

ルビノたちを一蹴しながら階段を上がり、廊下を走り抜けた。だが、屋敷の構造は把

握しているはずなのに、一向に前に進んでいる気がしない。

「このままじゃ、埒が飽かないな」

 ふと足を止め、近くの部屋の扉を開けて男は中に侵入する。そこは、来客用の寝室とな

っていた。

ドアをしめ、もう一度開けてみる。

するとどういうわけか、そこは先ほどアルビノたちを迎え撃った1階の廊下になっていた。

倒したアルビノが、まだそのまま倒れた状態で転がっていた。

そこで男はようやく納得する。

「スカめ・・・くだらねぇことしやがって」

 男は、部屋の白い大きな壁面に歩みを進めた。そして、左脚にとりつけてあるものを、

すっと引き抜いた。・・・・・・絵筆である。

「空間構成を変えるとはな。」

 屋敷の主であるスカッチャーは、この屋敷の全てを一台のコンピュータによって制御し

ていた。アルビノも、そして警備も。

「・・・・・・だが」

 白い男の・・・・・・ユゥアの右手が迅速な動きを見せ、次の瞬間、目の前には大きな木

製の扉が、壁には描かれていた。

「俺には通用しねぇ!」

 完成すると同時に、描かれた絵は一瞬ぶれるように波打ち、そして次の瞬間、それは

具現化した―――。そう、描いたもの具現化させる力・・・それが、アルビノである彼の持

つ特別な力なのだ。

 屋敷を逃げ出したアルビノが出たのだから、何かしらの細工が加えられている可能性は

ユゥアも考えていたが、まさか屋敷内の部屋の物理的な位置までを変えられるように

していたとは思いもよらなかった。だが、いくらスカッチャーでも、逃げてしまった者の記

憶までは制御できまい。

最も、制御できたとしてもこのような形で再会するようなことがあるなど、彼には想像も

出来なかったことなのだろうが・・・。

筆を左脚に戻し、呼吸を整えた。

 実体化したドアノブに手を伸ばし、一瞬ためらうユゥア。意を決してドアを開けたその先

には、彼の予想を超えた光景があった。






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