| 7. Ψ Ψ Ψ 「信じられない・・・・・・」 その光景の中、青年は呟いた。 「え?・・・どうしたの?」 目の前を歩く女性が振り返り、彼に訊ねた。 話掛けられ、一瞬言葉に詰まる青年の髪が、風に青く揺れた。 しかし戸惑うのも一瞬だけ。彼の顔はいつものように柔和な表情に戻った。 「ええ、貴女と再びここにいることが、信じられないほどに嬉しいんですよ」 「んもう、オルフったら、本当に話がうまいんだから。・・・本気にしちゃいますよ?」 同じく風に優しく揺れるブロンドの髪。輝く微笑み。顔立ちにはまだ幼さの残るが、小動物の ような可愛らしさのある女性である。 二人が歩いているのは、ブランドショップやデパートの林立する、ありふれた都会の夜の街並 みの中だ。 腕を組んで歩く二人の足取りは軽い。彼女は、様々なアクセサリーやブランドショップのショ ーウィンドウにたびたび足を止め、商品に見入っていた。女性のショッピングにかかる時間に 際限はないが、オルフはそんな彼女の嬉しそうな、そして楽しそうな、生き生きとした表情 をいつまでも飽きることなく楽しんでいた。やがて、二人は広場にたどり着いた。 「ねえ、あそこに行ってみない?」 そう言って彼女が指差したのは、クリスタル・タワーだった。街中に溢れる街灯やネオンラ イトを反射して、夜空に7色の輝きを放つ。・・・そう、それは間違いなく――― 「ここは・・・やはり”夢幻”なのか・・・・・・」 目の前の光景に、オルフィウスは自身の目を疑った。 クリスタル・タワーは、聖都”夢幻”の平和の象徴である塔だ。一年前の爆発で、粉々に砕け 散り、雨となって降り落ちたはずなのだ。 「・・・私は・・・・・・ここは・・・」 滅多に動揺することのないオルフが、今は混乱していた。 ここは、いったいどこなのだろう。私は、”夢”を見ているのか・・・ そして――― 私は、なぜ”あの時”と同じところにいる・・・・・・! 記憶のままで行くと、この先に待っているのは・・・・・・ これから起こるであろうことが頭の中でそのまま再現されて、あまりのことにオルフはその場 に立ち尽くした。そのせいで、反応が少し遅れた。 組んでいた手をほどき、一足先に上ろうと、彼女は走り出した。 その時、頭上から強い光が溢れた。 「わあ、綺麗―――」 思わず足を止め、光に見入る彼女。だが――― 「逃げろ!逃げるんだ、美翠ー!!」 せめて、せめて私の手の届くところまで。 「・・・え?なに?」 振り返った彼女の微笑んだ顔は、頭上からの光になお輝いて見えた。 その、神々しいまでの輝き。 ・・・・・・それが、オルフの見た最後の美翠の笑顔になってしまうとは。 「師匠っ、師匠っ!!」 リンの叫び声に、オルフは目を覚ました。全身が、何故か重く感じられた。 「なにかあったのか?」 ドアを開けて、勢いよく入ってきたのはユゥアだ。 何事かと、身を起こそうとしても身体に力が入らなかった。気がついてみると、全身汗で ぐっしょりと濡れていた。気のせいか、息も荒くなっているようだった。 「師匠が、すごくうなされてたから・・・私」 「なんだ、リンの早とちりかよ。俺はてっきり頭やられてヤバイ状態になったのかと思った」 腕を組み、駆け込んできた自分が馬鹿みたいだと、ユゥアは憤慨する。その様子を見て、 オルフは二人を安心させるために笑い返した。 「ははは・・・大丈夫ですよ、リンさん。それに、ユゥアさんも」 そんな力なく笑う彼の顔を覗き込み、ユゥアは今度はまじめな顔で言う。 「ほんとに大丈夫なのか?・・・顔真っ青だぜ?」 「はは・・・本当に、大丈夫ですから」 少しぎこちない笑みになってしまったかもしれない。 「ふーん、そっか。じゃ、今度はオルフの見張りは俺がするから、リンは隣の部屋で休んでろ」 私もいる、と反論するリンを無理やり部屋から出させると、鍵をかって先ほどまでリンが座 っていた椅子に彼は腰を下ろした。その様子に苦笑しながら、少し落ち着きを取り戻したオ ルフは、あの騒ぎの後からデルタの姿を見ていないことに気がついた。 「そういえば、デルタさんはどうしました?」 「ああ、あいつなら、もうどっかに行っちまったよ。明日から仕事があるんだってさ」 「そうですか―――」 ユゥアたちはこの酒場の2階を借りて普段は住んでいるのだが、デルタだけは、どこか別 のところで生活している。前に、興味本位でユゥアが彼の後を尾行したことがあったが、あっ さり巻かれてしまった上に、翌朝、なぜかユゥアが気がついたところは犬小屋の中であった、 というエピソードが残っている。因みに、この件に関してデルタはシラを切り通している。 静かに深く息を吐いて、オルフは再び目を閉じた。窓の外に、滴の落ちる音が聞こえて雨が 降り始めたことに気がついた。明日の夜には、止んでいるといいのだが・・・。 「雨、降ってきたな・・・」 呟くユゥアの声に、オルフはじっと目を閉じたままだった。傍から見れば、眠っているように も見えるが、その瞼には僅かながら緊張が走っている。眠っていない証拠だ。 なにも話そうとしない彼に、ユゥアはため息を吐いて切り出した。 「・・・・・・昔のことを、思い出したのか?」 静かなユゥアの声に、オルフの双眸が微かに震えた。 「まあ、言いたくないんなら、言わなくてもいいけどさ」 「いえ・・・・・・」 観念したように、オルフはそう言葉を返した。ユゥアは、黙ってその続きを待っている。 ◇ ◇ ◇ 「この、夢の世界でも、夢を見ることができるんですね。それも、あんな鮮烈な夢を・・・」 開いた瞼から、ランプの光を照り返した藍色の虚ろな瞳が覗いた。なんだか、とても疲れて いるように見えた。 「”夢幻”の滅びの時を、もう一度見ることになるなんて・・・」 「ムゲン・・・?・・・ああ、ロストのところにあった、国か。・・・ん?」 数秒考えて、ユゥアは彼に問う。 「オルフ、お前、夢幻の住民なのか?・・・まさか、あの爆発の中にいたのか?」 彼の問いに、オルフはゆっくりと頷いた。相棒のその答えに、ユゥアは絶句する。 聖都”夢幻”の爆発は、彼自身もスカッチャーの屋敷から見た。ラルカントス郊外にあるスカ ッチャーの屋敷は聖都に近い。だから彼らスカッチャーのアルビノは、聖都消滅の一部始終 を間近で目撃することとなった。突如、カーテンの閉まった窓から溢れ出した強い光に、眠っ ていたアルビノたちその誰もが目を覚まし、目の前の光景に釘付けとなった。 都市の中心部、その上空の一点が太陽のごとく輝いていた。中心はよほど高温なのか、青白 く光って見える。そのエネルギーの源がどこにあるのかはわからないが、目に見えるほど明ら かに速いスピードで光は強さを増していった。 そして、中央から6条の光が矢のように放たれた瞬間――― 光が四散した。そしてそれを追うように、大きな轟音と、続いて振動が伝わってきた。それは、 屋敷が崩れてしまうのではないかと思われるほどの揺れであり、誰一人として、その場に立って いられるものはいなかったほどなのだ。 その中心では、いったいどれほどの衝撃があったことか、想像に難い。 しかも、光をユゥアが感じてから、爆発が起こるまでの間は、わずかに数分。とても逃げられる ような状況ではなかったはずだ。はずなのだ。それなのに・・・ 「運がよかったのか、悪かったのか・・・私は、まだこうして生きているんですよね」 こともなげに言う相棒に、ユゥアは僅かに戦慄を覚えた。消えたいと望めば、すぐにでも消える ことのできるこの世界。死ぬほどの思いをしてもなお、この世界にあろうとするその心力に、畏 怖を感じずにはいられなかった。 「相棒・・・・・・」 「?どうしました?ユゥアさん」 いつもの、朗らかな声でそう訊かれて、返って言葉に詰まってしまったユゥア。 「そんな顔しなくても、もう大丈夫ですよ。明日には、眼力も戻るでしょう」 眼力・・・その言葉を聞いて、ユゥアはまたはっとした。 眼力―――オルフは、視線を合わせることで相手の意識に侵入することができるという特 殊な力を持っている。アルビノではない彼に、なぜそんな力があるのかはわからないが、 あの爆発を生き延びたこの男になら、それくらいのこともできるのかもしれないと、心の中 で納得する。 だが、この時まだユゥアは気がついていない。なぜ、シーデリーや他の国が跡形もなく消え てしまったのに、夢幻はロストという都市の残骸となってもなお、残っているのか。そして、 オルフが夢幻の唯一の生き残りであるということが、何を意味しているのか・・・ということに。 Ψ Ψ Ψ 雨の静かに振る音が、部屋に満ちていた。そう言えば、明日は予告状の日であることを、 オルフは思い出した。あまりにもあの夢の記憶が鮮烈で、すっかり肝心なことを忘れてしま っていたのだ。 しばらくして、オルフィウスはユゥアに聞いた。 「明日の準備は、もう済んでしまいましたか?」 「あ、ああ」 ユゥアは考え事をしていたのか、はっとしたような顔で、返事をした。 「いつも何も手伝えなくて、すみませんね、ユゥアさん」 「ま、いつも下準備は相棒がやってくれてるからな。それよりはだいぶ簡単だぜ」 「ははは、そう言ってもらえると助かります」 ふと、ユゥアは部屋の時計に視線を向けた。0時31分―――もう、真夜中だ。 「明日は、11時だったか?」 「ええ、確かそのはずです。・・・・・・ユゥアさん」 問いかけた声の調子がいつもと変わって聞こえたのか、ユゥアは首を傾げた。 「ん?なんだ、相棒」 「今回は、・・・私もご一緒しましょうか?」 オルフには、先ほどの・・・・・・あの夢を見る前に見た、彼の険しい表情が、気になってい た。 以前、彼はユゥアが傭兵として貴族の屋敷で働いていたということを聞いた。おそらく、ス カッチャーが彼の主だったのだろう。スカッチャーに限ったことではないが、ラルカントスの 貴族のアルビノに対する扱いは奴隷並みである。劣悪な環境の中、他のアルビノたちと様 々なことがあったことだろう。その仲間達と再会するのは、彼にとっては相当につらいことだ。 まして、その彼らと戦わなければならないとすれば、なおさらのことである。 せめて、自分が敵の足止めだけでもできれば・・・・・・ 「いや、相棒はもう一つのターゲットのほうを頼む。アイツとのケリは・・・俺がつけなきゃな らないからな」 意を決したように・・・だが、やはり険しい表情のままで、彼は強く言う。どうやら、自分が介 入する余地はなさそうだと、オルフは説得を諦めた。勿論、相棒として、彼の助けになれない ことは寂しく感じたが・・・・・・おそらくユゥア自身も、蹴りを付けたいのだろう。彼の気持ちを、 オルフは大切にしたかった。 決着は、明日―――。 明日の夜は長くなりそうだと、二人は雨音を聞きながらそれぞれの思いに浸っていた。 |