6.

* * *

「ただいまー」

 家に帰った秋子は、玄関で両親の話す声を聞いた。・・・いや、正確には、言い争っている

声を。秋子は二人に気がつかれないようにそっと廊下を通り抜け、階段を上がっていった。

もう、いつものことなのだ。

 話していることは、おそらく兄の治療費のことだろう。おまけに今は、秋子の教育のことでも

余計に費用がかかっている。そのため、母はパートを始め、秋子も塾には通っていない。父

の会社も未だに不景気で、給料もボーナスも減る一方である。

そうした一切のことが、両親のストレスとなっているのだ。そして、止めに入ろうとした秋子に

も、二人・・・特に父は当たることがあった。

「秋子がもっとしっかりしてないから、冬雄があんなふうになったんじゃないか!」

 母のたまにこぼす言葉もまた、秋子を傷つけた。

「冬雄もいまごろは立派な大学生なってたろうに・・・」

 ・・・要するに、期待されていたのは兄で、自分はただのおまけなんだ。

 何事も素早くこなした兄。温厚な性格で、誰にでも優しく接した兄。何事においても他者か

ら評価される兄を、両親が期待するのはごく当たり前なことだ。それに対して自分は・・・・・・

いつしか、秋子はこのように自己完結するようになっていた。そして、両親の言い争いにも

なるべく加わらないようになった。時間のあるときに兄の病院に寄るのは、実は、両親から逃

げるためでもある。

 部屋の電気もつけずに、彼女はそのままベッドに倒れこむ。

―――二人が静まるまで、このままじっとしていよう・・・・・・

彼女のいる場所は、今のこの家にはなかった。



 夢の世界に戻った秋子は、自分が掃除用のモップをつかんだまま、廊下の壁によりかかって

眠っていたことを思い出した。

「ああ、ここにいたか、アキ」

 話しかけてきたのは古参のアルビノ、リールクだった。その表情が少し険しいのを見て、秋

子は漠然とした不安を感じた。

「白銀の怪盗から、予告状が届いた。明日の夜23時だ。皆にも言っているが、その付近の時

間帯は、屋敷内の警護を最優先にするように」

とても急なことで皆に知らせることを急いでいるのか、そのままその場を後にしようとしたリー

ルクを、彼女は呼び止めた。

「あの・・・いったい何がターゲットなんですか?」

 振り返る彼の表情は硬い。

「いや、俺にもわからないんだ。ただ、スカのヤツは・・・ヤツの顔は、青ざめていた」

 それだけ言い残し、彼は階段を下りていった。

スカッチャーが青ざめるほどのもの・・・。

 これまでに屋敷の仕事で様々な部屋を見て、そこに飾られた装飾品からスカッチャーが相当

の資産家であることはわかっている。おそらく、宝物もたくさんあるのだろう。

だが、たかが夢の中のものを失うことに対して、それほど青ざめるだろうか。

 掃除の手を動かしながら、どれほどの宝なのかを考えられる限りに想像してみたが、秋子に

はまったく思いつかなかった。だが・・・・・・

「明日の、夜・・・」

 これは、ひとつのチャンスだ。白銀の怪盗が、何を狙っているのかはわからない。けれども、

そのどさくさに紛れて、コンピュータを止めることができるかもしれないのだ。

おそらく、秋子に限らず、他のアルビノ達も同じことを考えているだろう。とすれば、やること

はもう決まっている。

モップを濯いで片付けた秋子は、バケツと雑巾を片手に、仲間のところへと急いだ。



Ш Ш Ш

 自分はいつもタイミングが悪い。

王宮の一室で青年・・・ディルティルスは思った。どうやら会議は明後日まで続くらしい。

自室のベッドに寝転がりながら、憂鬱な気分で天井を眺め続ける。

会議の議題はわかっている。「フェルディアとの友好条約締結に関する諸策」についてで

ある。

 今、この世界には二つしか国は存在していない。ディルティルスのいるベンス2世治める

ラルカントスと、女王ヘラの治めるフェルディアだ。

もはや二つしか残っていない国が一つに統一されるのは時間の問題であった。なぜなら、

ベンス2世では国の統治が不十分だからである。権利を持っているのは、高額な税金と

傭兵を納める貴族のみ。それより下の階級には、人権以外のほとんどの権利がない。あ

まりの処遇に、人々は逃げ出して他の国やバルバロイの街に移住してしまった。その結果、

ラルカントスは衰退しつつあるのだ。

 ディルティルスは瞑目する。

 これが、再び私の国になりうるのだろうか―――

ディルティルス=マグニコフ。彼は、この国のもと王だ。そして、フェルディアとの外交の切

り札でもある。

現王ベンスはあろうことに、フェルディアにこの国が攻撃されることを恐れ、彼をヘラに献上

するという案を提示したのだ。つまりは、人質だ。


 しかしながら、ベンスがフェルディアのヘラを恐れることには理由がある。

ロストを作り上げた、一年ほど前に起きた大爆発―――

それが、ヘラによるものだという説が有力なのだ。

 ロストのある場所・・・・・・そこには、かつて聖都”夢幻”と呼ばれる国があった。現代をそ

のまま切り取ってきたかのような、小さいが、平和で豊かな国だった。本当に多くの人が、

幸せそうに暮らしていた、と彼は振り返る。彼も、幾度か夢幻に行ったことがあるのだ。

もしかしたら、永々と続くこの夢に、現実の世界が懐かしくなったのかもしれない。


そんな聖都の消滅を、ディルティルスは自室の窓から見た。


 ラルカントスの東の空に、日の出時でもないのに明るい光が満ち始めたことが、その変動

の合図であった。もともと、周囲が高層ビルで囲まれているため、隣国の様子はラルカント

スの都市部にいては、うかがい知れない。ディルティルスが気がついたのは、それらの高

層ビルよりもさらに高いところにある城の自室にいたからだ。

 隣国の上空に突如現れた光は、徐々にその強さを増していった。強い光を受けて、あの、

夜の街に映えていたクリスタルタワーから、七色が消えていく。

・・・そして、 ラルカントス東の空が強い光に包まれ、頂点の光の輝きが最高のものに達

した瞬間―――

光が放射状にはじけ、地響きが城を揺さぶらせた。それが夜に起こったことだけに、その

光の鮮烈さが誰の眼にも焼きついて離れなかった。

 翌朝、様子を見に行った彼が目にした光景が、現在のロストだ。ラルカントスが、ロストの

ようにならないようにするためにも、ベンスはディルティルスを人質として、同盟を結ぼうと

考えているのだ。他にも、実は西に栄えていたシーデリーが消えたのも、フェルディアの攻

撃によるものではないかという噂が出ている。今のラルカントスに、たやすく国を滅ぼすほど

の力を持ったフェルディアと戦えるほどの戦力は、もはや住む人の僅かなこの国には残さ

れていない。

「まったく、やっかいだな・・・・・・」

 ディルティルスはベッドから身を起こし、護身用の短剣を身につけると、部屋を出て行った。






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