| 4. † † † 昼下がりのバルバロイの街は、人通りが多い。 ラルカントスのような国の街と違って物価の安いこの街は、国に住む者たちも多く買い出 しに来るのだ。 食事を終え、酒場に立ち寄ろうと通りを歩いていたデルタもまた、そんな人ごみの中にいた。 広い・・・といっても、国の街よりはだいぶ狭いのだが・・・表通りに立ち並ぶ露店の顔ぶれ は、日々変わっている。果物ジュースを売っているこの店は、今日開いたばかりなのかもし れないし、古着を売っているあの店は、明日にはもうないかもしれない。 ・・・それは、この世界にいる人々にも、言えることではあった。 しかし実のところ、そのことに気がついている人は、あまりいない。いや、そもそものこの世界 がそういう世界なのだから、そのことに気がついた人がいたとしても、気がつくこと自体には それほど意味はない。 もちろん、デルタもそのことに気がついている。気がついてはいるのだが・・・・・・ ふと、露店を眺めていたデルタが視線を変えると、ちょうど人通りの向こうにオルフの姿を見 つけた。青い髪に長身というその姿は、人ごみの中でも目に付く。ましてや、その顔立ちが 整っていれば、尚さらのことである。 よく見てみると、そんな今もオルフは一人の女性を連れていた。栗色のおさげ髪に、まだ幼さ の残る・・・というよりも、小動物のような可愛らしさのある女性だ。服装から、どうやらシスター のようである。 酒場は近い。声をかけるべきか迷いながら歩いていると、オルフの方も気がついて先に声を かけてきた。 「ああ、デルタさん。お久しぶりです」 緊張感に欠けた・・・というよりもやや間延びした声なのだが、なぜか彼が話すと柔和な印象 を与えるだけに終わってしまうのが不思議だ。にこやかに手を振りながら近づいてくる彼に、 デルタは軽く会釈をした。しかしながら、オルフの後をついて来る女性の表情は、彼とは何故 か対照的であった。 「ユゥアさんから帰っていることは聞きましたよ。いやあ、それにしても人が多いですね、ここ は。酒場でゆっくり話しましょうか。・・・あ、そうだ」 ふと、何かを思い出したようにそう言うと、彼は一緒にいる女性に、先に酒場へ行くように指 示した。女性の方は了解の意味で軽く頷いたが、直後、デルタのことをきっ、と睨み付けた。 ・・・明らかに敵意があるのがわかった。 「じゃあ、先に行っていますね」 オルフに会釈をして、そのまま彼女はデルタの横を通り過ぎた。・・・が、そのすれ違いざま に、彼は小さな声を聞いた。 「・・・貴方には、渡さない」 小さかったが、強い響きを感じてデルタは思わず彼女を振り返ったが、すでに彼女の姿は 人ごみの中に消えていた。二人も、ゆっくりと歩き始めた。 「・・・どうかしましたか、デルタさん」 「いや、なんでもない。それより、何の話なんだ」 「ああ、例のアルビノのことです。見つかりましたよ」 おそらく、ユゥアがオルフィウスに伝えたのだろう。オルフはこの街で、というよりもデルタ の知る限りでは、一番の情報通である。もっとも、彼がどこに情報網を設けているのかは、 彼の性格からなんとなく推測はできるのだが。 「郊外のアルビノ使いの屋敷、と言えばお分かりでしょうか」 オルフはやや声を低くして、短く要点のみを伝える。 「・・・すまないな」 「大したことはありませんよ」 礼を言うデルタに、軽く笑みを返すオルフ。その表情からはまったく苦労を感じさせない。 「あれはなんとしても回収しなければならない」 「ただのアルビノ・・・というわけではなさそうですね」 無言で頷くデルタの表情は硬い。そのまま何も言おうとしなかったからか、オルフは少し 歩いてから付け足した。 「まあ、詳しい話はいずれ伺いましょう」 「・・・ああ」 デルタとオルフとユゥア。3人とも、この世界で出遭って・・・共に生きるようになって1年程に なる。 彼らは仲間といってもいいような間柄なのだが・・・ユゥアとオルフィウスはそうでもないのだ が・・・デルタと二人の間には、目には見えない溝のようなものがあった。それが何なのかは お互いにわからなかったが、踏み込めない領域があるということは認識していた。だから、 深く立ち入るようなことは、できるだけ避けようとしていた。 しばらくそのままのゆっくりとした歩調で、二人は通りを歩いた。誰かと一緒に歩くなど久し ぶりだと思っていると、オルフは唐突に話題を変えた。 「あの子、どう思います?」 「・・・さっきの、栗毛の?」 「ええ。名前をリンと言いましてね。なかなか魅力のある子ですよ」 そういえば、この前ユゥアと酒場で話をしていた時に、オルフは押しかけ弟子の相手をし ていると言っていた。先ほどの子はもしかしたら、その”弟子”なのだろうか。 「ユゥアの言っていた、押しかけ弟子か?・・・かわいい弟子だな」 年は、ユゥアと同じくらいだろうか。 「・・・デルタさんが、そんな風に言うのは珍しいですね」 「・・・・・・そうか?」 「ええ」 少し憮然とする彼を、オルフィウスは楽しそうに笑った。こういう性格は、相棒のユゥアに 似たのかもしれない。ふとオルフから視線をそらすと、すでに酒場は目と鼻の先のところに あった。 「でも、あれで結構いい性格をしているんですよ・・・本当に」 苦笑を浮かべるオルフの、その言葉の真意がデルタにはわからなかったが、すぐに彼は その意味を思い知ることになる。 情報のお礼にユゥアに何を奢ろうかなどと考えながら、酒場に着いたデルタはドアを開け た。・・・考え事をしていたために、気がつくのが遅れていた。店内に溢れる、異常な殺気に。 ドアを開けた彼の眼前には、大きく迫った酒樽があった。 ・・・いや、飛んできたのが酒樽だとわかったのは、それを本能でかわしてからのことだ。 そして哀れなことに、咄嗟に対応できなかったオルフが、その犠牲となっていた。 「ああーっ!!お師匠様!・・・大丈夫ですかっ!?」 悲鳴に近い大声を上げながら神官に駆け寄ったのは、先ほど通りで別れた女・・・リンだ った。彼女の介抱もむなしく、額にたんこぶをこしらえたままオルフィウスは気絶していた。 呼びかけても返事をしない彼の姿を見て、リンはデルタの方を涙に光る目で睨み付けた。 一方の彼は、事の成り行きにまったくついていけてはいない。 「よくも師匠を・・・!絶対に許せない!!」 傍に転がった酒樽に手を掛けると、彼女はあろうことか、それをひょいと軽々頭上に担ぎ 上げた。・・・おそらく、中身は満タンだ。 彼はその目の前の光景に唖然とし、彼女に対し少なからず戦慄を覚えた。 「こぉの、オカマ女!!人でなし!!」 彼女は叫び声と共に、酒樽をデルタに向かってすばやく、そして正確に投げつける。 椅子とテーブルに阻まれながらも、その狭い空間を必死に彼は逃げる。オルフが苦笑して いたのは、こういうことを言っていたのかと、デルタはようやく納得した。 もっとも、素早さが取り得である彼にとっては、逃げることはさほど苦にはなっていない。 何より問題なのは、店のなかがめちゃくちゃになっているということだった。どうやら、デルタ たちが来る前から、彼女は暴れていたらしい。そして他の客たちは、すでに裏口から逃げ出 していたようだった。 「・・・いったい何を勘違いしている?」 次の物をリンがつかむ前に、彼は静かな声をかける。その問いに、彼女は店の外にも聞こ えるくらいの大声で、答えた。 「オルフ様は・・・私の師匠よ!あなたみたいなオカマ女には、渡さないわ!!」 頭めがけて飛んできた椅子を半身をそらして交わし、不快な視線でデルタは答える。 「・・・・・・誰が女だ」 「誰がって、あなた以外に女なんて私しかいないでしょう!?」 視線を横に向けると、観客を決め込んでいるらしいユゥアが、カウンターに腰掛けてくつくつ と笑いをかみ殺していた。 心底楽しそうだ。 「ユゥア、なんとか言ってくれ。ゆっくり酒も飲めない」 「こんなに面白いのは久しぶりだよ。もうちょっと見させてくれよ」 「ユゥア・・・!」 咎めても、あまり効果はない。ユゥアは事の成り行きを見守って・・・もとい、楽しんでいる だけだし、オルフは出入り口のところで白目をむいたままだ。 もはや残された方法は、力技のみ。内心ため息を吐きながら、次の攻撃に備えて両足を 開いて軽く構え、そして、右手から飛んできた木製のテーブルを、勢いをそのままに蹴り 返した。その反動を利用して空中で一度回転し、着地とともにすばやく床を蹴る。 突然の反撃に戸惑いながらもどうにかテーブルを避けた彼女だったが、次の瞬間そ のまま身動きが取れなくなっていた。すぐ横に、ナイフを突きつけたデルタがいたからで ある。 「誤解だといっているだろう。・・・これ以上、暴れるんじゃない」 見方を変えれば悪役とも取れる言葉だが、当の本人はそれどころではない。視線を彼女 から外せば、そばにへこんだテーブルが転がっていた。これで、しばらくマスターに文句を 言われることになる。 やれやれと溜め息を吐いた時、リンが小さな声で言った。 「でも・・・負けるわけにはいかないのよ・・・。だって、オルフ様は私の・・・」 言葉尻は聞こえなかったが、ようやく彼にはことの次第が飲み込めてきた。・・・もちろん、 彼女はデルタが男だということをまだ信じていない。 さて、どうやって説得しようかと思っていると、答えと機会は意外と簡単にやってきた。 ・・・リンがナイフを避けてそのまま彼に掴みかかってきたからだ。彼は動かなかった。 「私がっ」 そして掴んだその瞬間。 「・・・・・・・・・あ」 胸ぐらをつかんで、ようやくリンの動きが止まった。つかんだまま、固まっている。 どうやら、ようやくデルタの言いたい事がわかったようだ。 「わかっただろう」 赤面して呆然とする彼女の手を離させ、未だ目を覚まさないオルフィウスに駆け寄るデ ルタ。ぱちぱちと、彼の背後で野次馬をしていたユゥアが手を叩いた。 「いやー、傑作傑作。今度話のネタに使わせてもらうよ」 「・・・・・・いいから手伝え」 あからさまに不機嫌な声で言うデルタに、へいへい、と悪びれた様子もなく返事をして相棒 を見に行くユゥア。やれやれとため息を再度吐きながら、オルフを彼に任せたデルタは、嵐の 過ぎたように荒れた店内のテーブルを元の位置に戻し始めたのだった。 |