3.

◇ ◇ ◇

 皆が寝静まった夜の街は、静寂と、ある種の緊張感に満ちている。

その夜の闇に紛れて蠢く、二つの影―――

影は無音で街を駆け抜ける。張り巡らされた緊張の糸を巧みに掻い潜るかのように。

 分厚い雲に阻まれた月光が、ぼんやりと二つの淡い色彩を夜陰に浮かび上がらせた。

 ・・・・・・白銀色と、群青色と。

二つは屋根と屋根とを迅速な動きで移動する。よほど慣れているのか、その動きに乱れ

や危ういところはない。だが、何故敢えて道を歩かないのか・・・

「次のターゲットは、・・・あの屋敷にしましょう」

 やがて、そのうち一方の男が屋根の上で足を止め、大きな屋敷を指差した。

ラルカントス郊外にある、一際大きな屋敷である。だが都市部の天を貫くかのような建

物と異なり、そう高くはない。まだ起きている者がいるのか、窓のところどころから明かり

が漏れていた。

男の意見に、もう一人の男は軽く笑いをもらした。いかにも楽しそうな笑みだった。

「まだ、今回の予告のブツを頂いてないんだから、そう急かすなよ」

 言葉の内容にしては、口調にかなりの余裕があった。そのせいか、今度は最初の男が、

小さく笑った。

「・・・見つけたんですよ、例のモノを。いやぁ、今回もなかなか苦労しました」

 とても苦労を感じさせない爽やかな言い草に、苦笑するもう一人の男の声が混じった。

「ま、アイツはいっつもそうだからな。素直じゃないし。・・・ま、今度なんかうまいもんで

も奢ってもらおうかな」

 聞こえてくるのは、どこででも聞けるような世間話・・・・・・ただ、屋根の上というこの状況

が奇妙であった。

相変わらず楽しそうな様子の彼に、最初の男が小さな声で付け加える。

「でも、どうしますか。あの屋敷の主はアルビノ使いですよ。大丈夫ですか?」

 その問いに、もう一人は今度は自信ありげににやりと笑った。

「俺が普通のアルビノに負けると思うかい、相棒?」

 いかにも余裕そうな答えに、相棒と呼ばれた男もまたにやりと微笑み返した。

「それもそうですね。・・・では、気をつけて行って来て下さい。私はいつも通りの

コースで」

「ああ、行ってくる」

 すると何を思ったのか、突然白い影の男は屋根の上から飛び降りた。その拍子に

翻る乳白色の外套に、夜の闇が居場所を失って漂い、淀む。

すぐさま、一人屋根に残された青い影の男は辺りの様子をさっと伺った。

「さて、それでは私も行かせていただきましょうか」

 そしてそう呟いた群青の男もまた、遅れて屋根の上から姿を消した。



†  †  †

 明けて翌日、秘宝「熾天使の涙」が盗まれたという号外が、街の人を賑わせた。

街の話題は、朝からそれで持ちきりである。至るところで、感嘆の声が上がっていた。

「お、また白銀の怪盗か!すげぇな〜」

「今度はハーシャんとこだってよ」

「ざまぁみろってんだ貴族野郎!いい気味だ!」

 白銀の怪盗・・・・・・盗賊としての技量、身のこなしもさることながら、戦士として

の力量も護衛兵を圧倒するほどの怪盗として、巷では有名である。主に貴族か

ら金品を奪うため、庶民やバルバロイからは、英雄的な存在として扱われていた。

 そして何よりも彼を有名にしているのは、予告状に記されたものは必ず盗まれる

という事実であった。

「やれやれ・・・・・・」

 通りに落ちていた号外紙の一枚を手に取り、デルタはため息を吐いた。号外紙面

に書かれているのは、勿論、「白銀の怪盗」のことである。

 無表情に紙面を流し読みして、最後の数行のところで視線を止める。

『次の標的は、いったいどの屋敷となるのか。次の予告状の行方が気になるとこ

ろである。』

そしてもう一度、そこでため息を吐いた。

 いつものことだ。いつも号外記事はこの文で終わり、肝心なところに触れていなか

った。

「もうしばらく、待つ必要があるようだな」

 彼はいつもの酒場へと、歩みを進めた。



* * *

「聞いたか?白銀の話」

 廊下で拭き掃除をしていたアキの耳に、仲間たちのそんな話し声が入ってきた。

「聞いたさ、ハーシャのところだってな。ま、いつかはやられると思ってたけどな」

 人が2、3人集まってきていたので、秋子もまた手を休めて話を聞きに行った。

「次はここだったりしてな」

「なぁに、ここは俺たちがいるからな」

「そう簡単には入れやしないよ」

 いったい何の話なのかと、彼女はその3人に聞いてみる。

「ああ、泥棒だよ」

 そう答えたのは、執事係のファンクだった。ガロンがその後を続ける。

「白銀の怪盗っていってな、すげぇ強ぇやつらしいんだけど。ま、この家に乗り込んでも、

俺たちアルビノに勝てるわけはないからな」

 そう言って、得意気ににやりと笑う。

「盗む前には必ず、予告状を出すらしいよ。スカッチャー・・・様が見たら、どんな顔をす

るだろうね」

「さあな。まあ、来てからのお楽しみってところだな」

 心底楽しそうにそう言ったのは、リールクだった。スカッチャーの屋敷で一番の古株の

男だが、実は一番彼のことを信用していないのも彼である。もともとスカッチャーが傭兵

として雇ったらしく、大男ではないががっしりとした体格の男だった。

「でもさ、この街の貴族屋敷で白銀の怪盗が入ってないのは、もういくつも残ってないよ」

「そうだな。あとは・・・カールとダンダンとこと・・・ピンキー・・・大きいとこはそれくらいか?」

 頷いたのは、リールク。

「そうだな。どいつも古株で金の亡者なやつだけだ。おまけに、アルビノ兵をたくさん雇っ

てる」

「やっぱ怪盗も、アルビノは怖いんだろうな」

 そう言って、3人とも軽く笑った。

「おっと、もうこんな時間だ。買い物に行かねぇと」

 ガロンの声に、アキを含めた他の3人もそれぞれの仕事を思い出した。

「そうだな。こんなところをスカに見つかったら、このベルトで首絞められるからな」

 リールクの言葉に、アキは首を傾げる。

「お前はまだ知らないのか。この首輪は、ただ発信機がついてるわけじゃない、枷だ。俺

たちを従わせるための、な」

 忌々しげに、彼はそう吐き捨てる。スカッチャーに対する嫌悪感しか、今の彼には感じら

れない。やはり、彼はスカに対してよい感情を持っていなかったのだ。

 もっとこのことについて知っておかなくてはならない。この屋敷を抜け出すのならば。

そう考えて、さらに秋子は首を傾げ、物分りの悪いように振舞った。

「スカは、俺たちアルビノを、この首輪で制御している。逆らえば、そのまま首を締めれば

いいってわけだ。俺はアイツに騙された。騙されて、もう2年もここにいる」

 怪訝そうな顔をする秋子に、リールクは話を元に戻した。

「いや、その話はよそう。・・・この首輪が屋敷の外に出ると、同様に首を絞めるようになっ

ている」

 そういうことなのだ。スカは、別に私たち部下を信用しきっているのではない。コンピュータ

という、自分の意思に忠実な装置で私たちを制御しているだけなのだ。

「僕たちを、この屋敷に閉じ込めているんだ。首輪を外そうとしても首は絞まる。・・・でも、

出る手段がないわけじゃない」

 ファンクが彼の後を次いで説明してくれる。

「この首輪は、一つの機械で制御されているんだ。前に、それが故障したことがあって・・・

・・・全員の枷が解けたんだ。運よく気づいたヤツが一人、逃げていったんけどね・・・。あ

とは皆、首輪を壊す前にスカッチャーが故障に気がついて・・・今の状態ってわけ」

 話を聞いて、秋子は愕然とする。では、その装置を壊さなければ、この屋敷からは逃げら

れないのだ。そして、今こうして仲間のように振舞っているものたちに、いずれ殺されてし

まう。

―――機械の故障が先か、死ぬのが先か。

可能性として高いのは、もちろん後者の方である。

そうなると、もう彼女には、彼女自身が強くなるしか他にこの世界で生き延びるすべはない

ということになる。

「あ〜あ、この屋敷にも、怪盗が来てくれないものかね〜」

 ガロンは気だるそうに、そう言った。しかしおそらく、この屋敷の中に彼をとがめるものは、

主以外一人としていないだろう。機会があれば、いつでも抜け出せるように目を光らせてい

るのだ。

「さて、仕事に戻ろうか」

 リールクのその言葉に、他の皆は屋敷のなかに散っていった。一人残った秋子は、その

場でしばらく考えていたが、やがて意を決したようにもとの持ち場に戻っていった。






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