| 第2部 白銀の怪盗 1. Ш Ш Ш 「いつも貴方は、ここにいるのね・・・」 埃と鉄さびの匂いとともに、聞き覚えのある女の声を、風は運んできた。 若い女性の声だが、色香を感じさせものではなく、憔悴したような響きを持っていた。寧ろ、そ の方がこのロストの地においてはふさわしいのかもしれない。 どうやら、いつの間にか彼女は傍に来ていたようだ。 ・・・・・・ロスト、ここには小さいが豊かな国があった。住む人も多く、笑い声に満ちた争い ごととは無縁の場所であった。洒落たブティックや雑貨屋、喫茶店等の入るビルが林立し、人 通りが絶えることのない通り。夜になっても、街全体からこぼれる明かりは途絶えることがな く、上空から見る者がいればそれは、宝石を敷き詰めた宝箱と見紛うばかりの輝きだったこと だろう。なかでも、中心部にあるクリスタルタワーは街の明かりを浴びて、隣接する国からも その七色に煌めく神秘的なシルエットを見ることができるほどの明るさを湛えていた。 しかし1年ほど前、突如すべてが崩壊し、都市の残骸を残してすべてが消えてしまった。文 字通り、一瞬にして。 「そんなにここが好き?・・・・・・ディルティルス」 彼女の声は、どこか寂しげだった。 「ヘラ、か」 閉じていた双眸を開けて、先ほどからそこに独り座っていたその男は、声の主を振り返っ た。そこには、やはり彼・・・ディルティルスの見知った相手が佇んでいた。 ウェーブのゆるくかかった金髪が、白雪のようにやわらかそうな女の顔をやさしく包んで いる。紫色の瞳は透き通り、深海にも似た静寂を感じさせる。体躯に纏う薄い布地の服 が、時折吹く風に儚げに舞った。 ディルティルスはその場から動かない。ヘラ、と呼んだ女から崩壊したロストの町並みの 方に視線を移したが、その表情にはなんの感慨も見受けられなかった。 答えのない彼に、しかし彼女は問いかけを止めなかった。 「お城には戻らなくていいの?」 「私には、城ですることはない」 「そう・・・」 女が寂しげな顔をしたのは一瞬。ディルティルスの答えに満足したのか、それとも失望し たのか・・・それだけ話すと、ヘラは踵を返した。 「・・・・・・ヘラ」 相変わらずの静かな言葉に、彼女はそっと、足を止めた。 「いつまで、続けるつもりなんだ?」 今度は彼女が振り返る番だった。 「貴方こそ、いつまでここにいるのかしら・・・?」 問いを問いで返した彼女に対し、瞳を細め、すっと視線を逸らしたのは、彼に思うところ があるためだろうか。 「私は、いいんだ。これが、罰なのだから・・・」 彼は立ち上がると、ヘラが歩みを進めていたほうとは反対の方角に向かって歩き始 めた。その姿を、ヘラは静かに見つめる。 吹く風に、砂塵が舞った。 「私は、まだここにいるわよ。・・・貴方が教えてくれたんだから」 そう呟くと、彼女もまたその場を後にした。 ロスト、そこにはいつも同じ風が吹く。 † † † ロストのとなりには、小さな街がある。寂れているが、この街の人々は生気に満ち溢れ ていた。デルタは、この場所をどこよりも気に入っている。 広場を抜けてしばらく通りを歩いたところで立ち止まり、窓の中を覗き込む。 そしてそこに目当ての人を見つけると、デルタは店・・・酒場・・・のドアを開けた。 ドアについたベルが、カラカラと軽妙な音を立てて客の来訪を店内に知らせる。 「いらっしゃい。・・・おや、これは久しぶりな顔ですねぇ」 マスターの言葉に、店にいた客の視線が一瞬デルタに集まった。だが、そんなことには気 を留めずに奥のカウンターへと足を運ぶデルタ。そこには、絵描きに没頭する青年がいた。 「いつ、帰っていた・・・ユゥア」 話しかけられて、ようやく筆を止めて視線を上げた青年は、驚きに目を見開き、そしてに やりと笑った。 「久しぶりだな、デルタ。今までどこへ行っていたんだ?」 「ただの仕事だ。・・・マスター、いつものを頼む」 薄いブルーのバンダナと共に、後ろに束ねられたプラチナブロンドの髪。紫の瞳は大きく 、見るものをひきつける魅力のようなものがある。見た目は15、6歳だが、本人はそのこと を不満に思っていた。 席について、デルタはユゥアのキャンバスを覗き込んだ。そこには、栗色の長い髪の女の 顔が描かれている。いつも彼は思っていることだが、ユゥアには画才がある。 「デルタ描いてたら、本当にデルタが来るんだもんな。俺ってすごくねぇ?マスター」 そうですねぇ、と相槌をうつマスターにデルタが怪訝そうな顔をする。 「ユゥア・・・まさか・・・それは”男”なのか?」 「え?お前だよ、デルタ」 あっさり言われて、デルタは眉間にしわを寄せた。絵の人物は、どう見ても女に見える。 自分はそんなに女顔に見えるのかと、ショックを受けていたところにマスターがベルモ ットを持ってきた。 そんな彼の様子を、くつくつと笑いながらユゥアは楽しんでいた。デルタはややむっとし ながらグラスのベルモットに口をつけた。顔は仕方がないが、すっかり長くなってしまっ た髪の方は切ったほうがよさそうだ、などと他愛のないことを考えながらグラスを傾け る。ユゥアもまたひとしきり笑うと、酒を飲み始めた。 少し飲んで落ち着いたのか、デルタは辺りを見回した。 「そういえば、相棒の姿が見えないようだが・・・」 ユゥアは、たいてい”青の神官”と呼ばれる男といっしょに行動している。なぜかはデルタ にもマスターにもわからないが、ユゥアあるところに神官・・・オルフィウス・・・はいる。但し 神官とは言っても、布教活動などは一切せず、彼はいつも本ばかり読んでいた。 珍しいこともあるものだと、グラスを傾ける彼にユゥアは答える。 「押しかけ弟子の相手をしてるんだよ」 「・・・・・・何?」 「・・・と言っても、相手は女だけどね。弟子って言ったって、あいつが目当てなんだろな、 どうせ」 半ば呆れたような顔をしながら、それ以上は何も言わずにグラスに視線を注ぐデルタ。 オルフィウスの女好きは、この界隈では有名な話である。しかしながら、彼自身が何もし なくても女が寄ってくるのだから一概に彼を責めることはできまい。 ユゥアは大袈裟にため息を吐いて、再び筆を取った。 「仕事は順調なのか?」 空のグラスに転がる氷の音が、絵筆の揺れる音を一瞬止めた。 「ああ、まあな。・・・と言っても、もう首になったけどな。」 答える声に沈んだ色がにじみ出ていた。いったいどうしたのかと思っていると、すぐにユ ゥア自身が付け加えた。 「西のシーデリーが消えた。これで、ラルカントスとフェルディアの二つだけになっちまっ た」 傍らで聞いていたマスターが、深刻な表情で問い返した。 「また、ロストが増えたんですか?」 「いや、跡形もない。人も皆、消えちまった。酒も料理もうまい、いい国だったんだけど なぁ」 「最近、本当多いですねぇ。・・・ここも、いつまで持つか不安です」 デルタは無言のまま、目線でマスターに次のグラスを求めた。マスターは空のグラスを 片手に、奥へと戻っていった。それを確認して、デルタは低い声でユゥアに言った。 「話は変わるが、今朝ロストでアルビノを見つけた」 「ロストで?デルタ、またあそこへ行ってたのか?」 ロストは危険地帯とされている。なんでも、遺品を回収しようとして乗り込んだ盗賊たち が、全員大怪我をして戻ってきたらしい。それも話では、それをやった相手はただの人 間、・・・つまりは相当の手馴れだと言うことだった。 「そのアルビノ、どうしたんだ?」 「―――消えた」 「は?」 視線をまっすぐ前に向けたまま、声を低くしてデルタは答える。 「仲介者に売ったが、回収前に何者かに連れ出されたようだ」 「連れ出す・・・牢破りされたのか?」 「ああ。ロボットまで制御されていた。相当、ロボットの扱いに長けたやつだ」 「で、それをなんで俺に?」 いたずらめいた笑みを彼に向けるユゥア。対するデルタの態度はそっけない。 「・・・・・・別に」 そう返すと、彼は席を立った。その態度につまらなそうな表情を浮かべながら、ユゥア は聞く。 「もう行くのか?」 「・・・仕事だ」 テーブルに硬貨を幾枚か置いた時に、ちょうどマスターが2杯目のグラスを持ってきた。 「おや、もう行かれるんですか?」 「ユゥアにやってくれ。私は仕事がある」 引き止めるマスターの声を背に聞きながら、席を立ったデルタは店を出て行く。彼の背を 席で見送りながら、新しいベルモットのグラスを片手に、ユゥアは小さく笑った。 「さて、俺も相棒と仕事をするかな」 |