| 6. 無表情に両側に佇んでいる銀色の高層建物群。整備された道路。頭上を覆うガラスの アーケードには、塵一つ積もっていない。この街には、生活の臭いが何一つ感じられなか った。感情、感慨、感覚・・・そういったものすべてが払拭されていた。昔見ていたテレビ のアニメに出てきた、そんな輝かしい未来像とも違う。無色透明で、悪寒の走るような 空気の流れである。人が実際にいるのかどうかも、把握できなかった。果たして、ロスト とこの場所と、どちらが人の住み良い場所なのだろうか。 スカッチャーは、秋子の前をずんずんと歩いていく。スカッチャーは前を向いたままだ ったので、逃げることも考えた秋子であったが、また先ほどのおかしな火傷をするのは 嫌なのも確かであった。それになにより、彼が少しも自分の方を気にしていない・・・ 付いて来るのが当然だと思っている・・・様子だったので、逃げられないように何か策 を持っているように思えたことが、秋子の一切の余計な動きを封じてしまっていた。 周りにあるものすべてが高層ビルなので、まるで秋子は自分が大きな板の間に挟まれ ているような、そんな窮屈な気持ちになった。ロストにいたときは、なんと広大な土地だ ろうと思っていた。建物があれば、どれほど位置を把握しやすいことかと。だが、それは 違った。建物があっても、その場所の大きさを把握するのは必ずしも容易ではない。今 自分は、いったいどこにいるのだろうか。 そしてあれからどのくらい歩いたのか・・・おそらく一時間くらいは歩いて、周りの景色 が変わってきたことに彼女は気が付いた。 ビル群がまばらになり、だんだんと家らしい建物が増えてきていた。おそらく、ここは 住宅地なのだろう。都市郊外のベッドタウン・・・秋子の家もそうなのだが・・・を彷彿 とさせた。しかし、ようやく生活臭を感じるような場所に出てきたのにもかかわらず、秋子 は落ち着くことができなかった。家々の窓は閉ざされた瞳のようにブラインドに覆われ、 庭には植木の代わりに無数のアンテナが枝を伸ばし、ベランダには洗濯物ではなく監 視カメラのようなものが侵入者に目を光らせているのだった。 おおよそ、華やかな想像とは遠い世界。しかし、どこか現実世界を投影させたように感じ る部分も確かにある。やはり、自分は夢を見ているんだろうと、彼女は思った。 見上げれば、空はどんよりと雲に覆われ、高速道路と思しきコンクリートの幅広い帯が、 大きく弧を描いていた。自然を忘れたモノトーンの世界・・・そう表現するのが、一番適切な ように思われた。 彼女が連れていかれた場所は、住宅地の終わるところにある大きな屋敷であった。その 高さから、3階建ての作りに見えた、周りの家々同様、背の高い格子門で周りを取り囲み、 その外壁は無機質な色を弱い陽光に照り返していた。 「今日からここがお前の住む場所だ。三食付けるのだから、しっかり働け。」 自動で開いた門をくぐり敷地内に入ると、スカッチャーよりも粗末ではあるが、きちんとし た服装の銀髪の男が一人、こちらに近付いてきた。秋子は、その男もまた首輪をつけられ ていることに気が付いた。 「おかえりなさいませ。マスター」 男は深々と礼をしながら挨拶をすると、すぐに秋子の方を振り向いた。スカッチャーが簡単 に説明する。 「新入りだ。家と仕事を案内してやれ」 「はい、かしこまりました」 銀髪の男は、秋子に特に会釈をすることもなく、再びスカッチャーのほうを向き直った。 「俺はまた街へ出てくる。夕刻には戻る」 「行ってらっしゃいませ」 それだけ言うと、スカッチャーはこちらには背を向けて今来た門の方へとさっさと歩いてい ってしまう。まるで、捕ってきた魚を水槽の中に入れて、それでもう興味がなくなってしまっ た子供のように、こちらを振り返ることもない。 あまりに素っ気ない態度に、何のために自分をここに連れてきたのかが、また分からなくな ってしまった。それとも、部下であるこの男を、信頼しきっているのだろうか。 そしてスカッチャーが去っていくのとは逆の方向・・・屋敷のほうに、銀髪の男はさっさと歩 いていってしまったので、どうすればよいのかわからない秋子は仕方なく、その後を急い で追い掛けた。 屋敷内はとても広く・・・多分、秋子の家の3倍くらいはゆうにある・・・、そしてそこで働い ているらしい者の数も多い。おそらく、秋子が街で見かけた人々の数よりも大分多いだろう。 秋子は執事係として働くその男から、家事仕事から部屋の場所、他の使用人の紹介まで 様々なことを説明された。 「貴方も、アルビノなの?」 一通りの説明を聞いた彼女は、屋敷を歩いていて気が付いたそのことを男に聞いてみた。 「ええ、見たままですよ」 アルビノとは、どうやら銀色の髪に赤い瞳を持つ人のことを言うらしい。・・・そういえば、前 に学校で、白い毛に赤目のウサギはアルビノ個体なのだと教わった。それと同じだろうか。 この男に限らず、屋敷内で見た人は皆、銀髪・赤目だった。自分も含めて、この屋敷の 使用人は、アルビノしかいない。スカッチャーが、アルビノにこだわるその理由とはいった いなんだろう。 それはともかく、スカッチャーに対し平気で頭を下げていたこの男の態度を思い出した秋 子は、思わず言ってしまった。 「どうして、あんな奴に従ってるの?」 いきなりの質問に、男は面食らったようだった。それとも、言い方が少しきつくなっていた だろうか。 「・・・あんな奴というのは、スカッチャー様のことですか?」 「もちろんそうよ!ヒドイと思わない?」 強い口調でそう言う秋子に、彼は怪訝な顔をした。そして、言葉を選ぶようにゆっくりと、 彼女を問い正した。 「君は・・・この世界にも来たばかりのようだね」 「貴方は、ここに来て長いの?」 「うん・・・二月くらいかな」 正直、秋子は驚いた。どうして二ヶ月もこのような場所にいられるのか。スカッチャーの 使用人に対する態度が丁寧なものだとは、とてもではないが考えられなかった。 「それからずっと、アイツの僕なの?」 なぜスカッチャーのような奴にずっと付いているのか、彼女には分かりかねた。 あんな男に付いていて、いったい何がよいのだろうか? 秋子は、そう思わずにはいられなかった。 「僕は、始めは傭兵をやっていたんだ。この国の軍隊として雇ってもらってた」 軍隊・・・平和に見えるこの夢の世界でも、そんなものが存在している。そして”この国” と言っているということは、この世界には現実と同じように他にも国があるということな のだろう。夢の中でもここは、日本なのだろうか。彼は続けた。 「最初のうちは、スリルがあって楽しかったけど、周りの傭兵たちが死んでいくのを直視 し続けるのは、辛かったから・・・逃げ出した」 遠くを見るような目で、彼はそう語る。 人が死ぬ・・・・・・そう言えば、自分もロストで何者かに襲われた。あの場所にデルタ がいなければ、自分は死んでいたのだろうか。ここで死んだら、自分はどうなるのだろ うか。 そう考えて、秋子は考えを改めた。 ・・・いや、そのことを考えるのはよそう。だいたい、よりによってデルタに恩義を感じる とはどういうことだろう。 彼は続けた。 「その点、ここは仲間の死に様なんて見ないでいいから、マシさ。スカッチャーのやり方 には共感できないところが多々あるけど、バルバロイになるよりはずっといいからね」 「・・・バルバロイ?」 また初めて聞く言葉に、再び首を傾ける秋子。本当にわからないことだらけの世界だ った。二人は話をしながら、厨房を過ぎた奥にある薄暗い階段を下りていった。 「いわゆる浮民だ。国籍を持たない、独自に生計を立てている人たちだよ。この世界に は、そういう人が多いんだ」 「どうして?どうして国籍を取ろうとしないの?」 なぜそんなに不安定な人たちが多いのだろうか。どこの国にも受け入れてもらえない・・・ 余程、重い罪を犯したのだろうか。そしてふと、秋子は首を切られて仕事に在りつけない人 のことを思い出した。 「いや、僕にはわからないよ。それに、バルバロイになんて興味ないし・・・自分がここで生 きていくだけで精一杯だからね」 生きていくだけで精一杯・・・・・・ 男のその言葉は、秋子に決してその世界は平和ではないということ、そして夢だけでは片 付けられない世界であるということを自覚させた。 そして、これが夢なのだと再び自覚した秋子は、さらに絶望的な気持ちになった。 この夢は、いつ終わるのだろうか。 目の前の彼の言葉から、彼女は気がつく。夢の作り出した悪い幻なのかもしれない・・・ だが、この彼は、もう二月以上もこの夢を見続けているのだ。 |