| 5. 「・・・っ?」 目を覚ましたのは、牢の中。どうやら、あの夢は続いているらしい。 牢の外は騒がしかった。そのせいで、この夢の中で目を覚ましたのかも知れない。 ゆっくりと起き上がってみると、牢の格子の向こう側に、背の高い男と中背の男の二人が 見えた。薄暗い場所なので、表情や服装は分からないが、言い争っている・・・といっても、 背の高い男の方が一方的に叫んでいたが・・・ようだった。 「1000ガランで買いたい!」 「ですから、御主人様がいま留守にしておりますので、取引を受け付けることはできません」 耳を済ませてみると、そんな会話が聞こえてきた。取引と言うのは、いったいどういうこと だろう? 「アルビノなんて滅多に出ないんだ!早いもの勝ちで取引するのが当然のはずだ!」 「御主人様の帰宅をお待ち下さい」 中背の男はひたすら冷静で、まったく相手に取り合わなかった。一方、背の高い男は、 その態度が気に食わなかったらしく、イライラしている様子が明らかだった。こちらにも唾が 飛んでくるのではないかというほどの勢いで、今度は秋子に向かって声を掛けた。 「おい、お前も早く外に出たくはないか?」 背の高い男は、そう私に持ちかけた。どうやら、自分のことを気遣ってくれているようなの だが・・・ 「商品に選択の余地はないと、御主人様から言われております。待合室でお待ち下さい」 ・・・・・・商品?それって・・・ 少し考えて、その男の言葉から彼女は状況を把握した。要するに、自分は“売り物”で、ここは 人身売買所なのだ。そして、自分は取引されようてしている。この背の高い男は、自分を買お うとしているのだ。 「俺は待つのが大嫌いなんだ」 「では、お引き取り下さい」 一層、辺りに険悪な空気が流れた。 緊張に、秋子は思わず息を飲み込んだ。 「ロボット風情が、生意気抜かすんじゃねぇ!」 そう吠えるなり、男は後ろポケットから何かを取りだし、目の前の済ました男に向かって付き 付けた。その途端、こちらに背を向けていた中背の男は、無言で向き直って牢の鍵を開け始 めた。いったい、先ほどまでの行動は何だったのだろうか。 突然のことに秋子は戸惑っていると、扉が開いて、外にいた長身の男が手招きをした。牢 から出られるのだという事はわかったので、彼女は急いで出口へ向かった。しかし自由にな れたのも束の間、出たところで、秋子は強い力で腕をつかまれた。 「勘違いするなよ、出してやったのは俺だ。お前の主は、今日から俺だ。・・・付いてこい」 男は、ペンのようなものを中背につき出して指を動かした。すると、男は早歩きで奥の階 段に向かっていった。先ほどまでの態度が嘘のようで、今はまるでこの男の部下のようだ。 長身の男はその姿を鼻で笑うと、彼女の腕を掴んだまま歩き出した。出口の分からない秋子 には、その彼についていくしか他に方法がない。 「こちらです」 中背の男が先導したのは、裏口のようなところだった。 「どうぞ、お気を付けて」 機械的にそう男に言うと、そのまま建物の奥のどこかへと行ってしまった。 「うまくいった。ロボットを看守にしたことを後悔するんだな」 誰にともなく長身の男は言うと、ペンのようなものをまたポケットにしまった。部屋から 陽の光の当たる場所に出て、ようやく男の風体がわかった。服は粗末ではないのだが、 顔にそぐわない。着ているものが異なれば、盗賊に見える、いわゆる柄の悪い男だった。 そして服装はやはり、デルタのような、少し時代のずれたデザインのものであった。 「これがロストにいたアルビノか・・・顔が少し女っぽいな。お前、名前はあるのか?」 男はいやらしい笑みを浮かべながら、秋子にそう問掛けた。 女っぽいもなにも、自分は女だ。彼の問いに対し、に嫌悪を込めた表情で応えると、それ が気に食わなかったらしい男は、秋子の髪を掴んで怒鳴り立てた。 「主人は俺だ。いいか、俺がお前の主なんだ。お前は黙って俺の命令に従っていりゃ あいいんだ!わかったか?」 そのまま強く頭を揺すられて、彼女は痛みのあまりに瞳をうるませた。 「アキ・・・」 痛さのあまり、言葉半ばに口を閉じたため、男にはその言葉しか聞き取れない。 「アキ?変わった名前だな。俺様はスカッチャー。様を付けて呼ぶことを忘れるなよ。」 男の・・・スカッチャーの強引な言葉に逆らえず、彼女は頷いた。そしてこの世界に、 自分の安全を保証してくれるものはないと、絶望的な気持ちになった。 「さぁて、どうするかな」 スカッチャーは、ぶつぶつと呟きながら、辺りの様子をうかがい、再び秋子の腕を掴みな がら少し足早に歩き始めた。 「何処へ行くんですか?」 彼女の言葉に、スカッチャーは不機嫌そうな顔をした。 「とりあえずは、俺の家に来てもらう。そうだな、自慢の力で、部屋の模様替えでもして もらおうか。」 力・・・? 男の言葉に、秋子は眉をひそめた。いったい何のことだろうか。 そう言えばデルタも言っていたが、アルビノとはいったい何のことだろう?彼女にはまだ、 この世界でのアルビノという意味が、分かっていなかった。 「力なんてありません」 「あ?お前アルビノじゃねえのか?」 「私はアルビノなんかじゃないし、力もたいしてありません」 「何言ってるんだ?お前がアルビノじゃないんなら、何をアルビノって言うんだ?」 彼の口調は、だんだんと勢いを失っていき、呆れたような表情になっていった。だが 秋子には、どうして自分のことを彼がアルビノだと断言するのか、わからなかった。 「なら、どうして私がアルビノなのか説明して下さい」 「・・・お前、頭をどうかしたんじゃないか?」 いよいよスカッチャーは、呆れたようだ。完全に怒りの表情は消え、変なものを見るよ うな顔つきで秋子のことを検分している。 「別に、そんなことはありません」 「お前、自分の姿を鏡で見たことないのか?それとも、単にアルビノだって認めたくない だけか、あ?」 「前者です」 秋子の言葉に、彼は脱力し、溜め息を大袈裟に吐きながら、近くの建物に彼女を連れ ていった。建物の中は少し高級そうなブティックで、奥の壁一面が大きな鏡になっていた。 そこに、彼女の姿が少し小さく写し出される。 「―――え・・・」 喉をつかえて出てきた彼女の声は、その一言だった。 白・・・というよりも、プラチナブロンドに近い色の髪、不気味なくらいに白い肌、そして・・・燃 えるような真紅の瞳。まるで、うさぎのようだった。見慣れた普段の姿とはあまりに違う外見 に、思わず秋子は身震いした。 「これでわかっただろ?行くぞ」 再び掴もうとした男の手を交して、秋子は言った。 「一人で歩けます」 「逃げられちゃあ困るんだよ」 とても迷惑そうな顔で、スカッチャーは言った。そして素早く、秋子の腕をつかもうと手を 伸ばした。 「そんなことは私の勝手だわ」 秋子は語気を強めて言った。助けてもらったとはいえ何故この男の言うことに従わなけれ ばならないのか。 言い合いを始めた二人に、あらぬ方向から無感情な第三の声が掛けられた。 「―――何をお探しでしょうか?」 どうやら、二人を客だと思った店員が見にきたらしい。スカッチャーは、店員を見て舌打ちし た。 「用などない!引っ込んでいろ!」 その彼のあまりに粗野な言葉使いに、秋子は嫌悪を抱いた。このままこの男と一緒に行く わけにはいかない。 幸いにも店員に逸れたスカッチャーの注意。秋子はそれを見逃さなかった。 手を振りほどいて、彼女は建物の外へと飛び出した。 表通りには人通りが少なく、ガラス張りの無機質な建物が四方へと続いている。隠れられそ うなものもない。道は細くまっすぐ左右に伸びていた。 迷っている暇はない。秋子は、左を選んだ。 これは夢なんじゃないの? 秋子の今まで思っていた”夢”は、こんなにリアルなものではなかった。大抵、自分が追 い詰められると、その恐怖から目が覚めたり、違った展開になる。そんな、自分にとって 都合のよいものだった。 なのに・・・・・・ この夢が覚める気配は、微塵もない。 「誰か!そのアルビノを捕まえてくれ!俺のだ!」 後ろで、スカッチャーのどなり声が聞こえた。人通りはまばらで、振り向く人も少ない。 ―――このまま逃げきれる! 彼女は少し安堵し、いつまで続くとも知れないその道を走り続けた。しかし、なかなか捕 まらないアルビノに、しびれを切らしたスカッチャーは、懐からペンのようなものを取りだ し、秋子の足に狙いを付けた。走る彼女の足に狙いを定めるのは、それを追い掛ける彼 には困難極まりないことなのだが・・・そこから紅い光が放たれるのと、彼女が右足を押さ えてその場に蹲ったのは、ほぼ同時だった。右のふくらはぎが、やけどをしたように腫れ ている。いったい、彼女になにが起こったのか。 「立て」 頭上からかかった低い声に、秋子は恐怖を覚え身を震わせた。立てないでいる彼女を 首筋を掴んで強引に立たせると、スカッチャーは何かを彼女の首に取りつけた。銀光を放 つ建物に、その彼女の姿がぼんやりと写る。首輪・・・・・・のようなものが、付いていた。 怒りの感情も顕わなスカッチャーの声が、秋子に宣言した。 「歩け。鬼ごっこは終りだ」 |