4.

 †  †  †

 ロストへの道を歩きながら、デルタは物思いに耽っていた。

「私は秋子よ、来栖秋子」

 先ほどロストで出会ったアルビノ。この世界では、アルビノはすべて男しかいない。存在

し得ない。そして・・・

―――栗栖、秋子。・・・・・・忘れようとしていた、名前であった。どうして、今頃・・・・・・

考えられる可能性は、ないわけではなかった。

「・・・・・・」

 判然としないそのことが気になって、デルタは迷った。

―――すなわち、”彼”・・・秋子と名乗った彼を助けるべきなのかどうかを。



* * *

「今日、秋ちゃんの好きな赤谷純也が出るドラマがあるわよ」

「ホント?何時から?」

 夕食時の、他愛のない母と娘の会話。テーブルの上には、出来合いの料理が何品かと、

冷奴、それにワカメの味噌汁とご飯が載っている。父親はいつも残業で帰りが遅いため、

平日に一緒に食卓を囲むことはまずなかった。

 因みに赤谷純也というのは、今話題の人気タレントだ。21歳という若手だが、なかなかの

やり手で、出演した番組はジャンルを問わず、必ず高視聴率を記録する。

「9時から8チャンネルよ。なんでも、初のサスペンスものだって」

「純也がサスペンス〜?・・・警部ってイメージだなぁ。何の役?」

 赤谷純也のことを、秋子は純也と呼ぶ。

「ズバリ、主役の警部よ」

 赤谷純也が主演のドラマはどれも面白いので、今夜のドラマも面白いはず・・・そう思い

、彼女は今からわくわくしていたが、母親の次の言葉が水を差した。

「でもアッコ、2時間も見てて大丈夫なの?」

「大丈夫よ。いいじゃない、たまにはのんびりしたって」

 おかずのコロッケを頬張りながら、秋子は早く9時にならないかと置き時計を見た。時刻

はまだ7時半だ。

「アッコ、もう高校1年なのよ。この前の英単語試験も追試で・・・そろそろちゃんと勉強

したらどう」

 秋子の通っている高校は、一応は進学校である。だいたいの生徒が大学進学を目指し、

一部の生徒は浪人することになるが、たいていの場合は大学に進学ができる。残りは、留

学をしたり、専門学校へ行ったりと、ちゃんとした進路へ進むことができるよう、一通りの

教育カリキュラムが組まれていた。

とは言え、秋子はまだこの高校に入って間もなかった。周囲の友達の雰囲気も、まだ大学

試験の準備に追われてカリカリしているような雰囲気ではない。

「わかってるわよ。でも、今日は純也の初サスペンスなのよ〜」

「撮っておけばいいじゃない」

「今日見たいのよ!」

 すっかり気分を害された秋子は、母親にイライラし始めた。毎度毎度のことだが、どうして

こうも心配性なのだろう。もう高校生なのだから、少しは自分に任せて欲しいものだ。

「明日は休みなんだから、明日頑張るわ!」

「留年しても知らないわよ」

「ほっといてよ!」

「秋子!」

 食卓はいつの間にか口論の場となってしまった。

こうなると、もうお互いの主張を譲り合うことはない。食べ終わるまでの間、二人とも無言で

食事を続けることになった。

「ごちそう様でした!」

 食べ終えると、ギスギスしてしまったその場の空気がたまらず、秋子はそのまま二階の

自室に戻ってしまった。やっぱり撮っておけばよかったなと、純也のドラマを見逃した秋子

は少し反省する。そして、机の上の地理の参考書へと手を伸ばした。

「つまんないの。勉強、勉強って・・・飽きちゃったわよ」

 ビデオは親友に撮ってもらって、明日借りて見よう。

 親友にメールを打った彼女は、開きかけた参考書を閉じて、彼女はベッドに横になった。

今に始まったことではないのだが、彼女は何ごとにも興味が持てなかった。


 秋子は、この4月に高校1年生になったばかりだ。ごく普通の家庭に生まれた秋子は、

家を引っ越すこともなく、いままで16年間をずっとこの家で特に不自由することもなく過ご

してきた。近所には仲のよい幼馴染がおり、小、中、高校と同じ学校に通っている。

 秋子の両親は共働きで、父親はごく普通のサラリーマン、母親は駅の近くの大型スーパ

ーで、パートタイマーとして働いている。先ほどの夕食にあった出来合いのおかずも、母親の

スーパーで安売りをし始めたときのものを買ってきたものだ。つまりは来栖家の三人は、とも

にそれぞれ仕事と学校があるため、家事はすべて三人で分担して要領よく行っていた。それ

は、一見すればごく普通の家庭と同じようであった。


 ・・・・・・だが実のところ、来栖家は、3人家族ではない。

秋子には、3つ年の離れた兄がいる。名前を、冬雄と言う。勉強がよくでき、運動神経もよく、

そしてなにより穏やかで優しい性格であった。両親は、将来は医者になることを期待してお

り、母親がパートタイマーとして働き始めたのも、もともとは冬雄の大学進学の学費のためで

あった。

 だが、事態は3年前に急変する。

 そしておそらくその時から、秋子は何事にも興味を失ってしまったのだ。


 仰向けに寝転んだまま、秋子は足を組んで、先ほどの夢のことを思い出していた。

確かに現実は安全である。だから、スリルに欠けるのだ。ましてや、毎日が勉強など退屈

以外の何物でもない。それに比べて、夢の世界は面白い。純也とデートをしたり、友達と

どこかの施設に忍び込んだり、おかしな世界に迷い込んだり・・・危ない目に会いそうにな

った夢を見たときは、もう夢など見たくないと思うけれども、平凡な日々を送っているうち

に、あるいは楽しい夢を見ているうちに、そういった思いは薄れていく。

そんなことを考えながら、秋子はまた、夢を見始めた。






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