| 3. 次に秋子がその夢を見たのは、その日から2週間ほど経ってからのことだったが、そのことに 夢の中で彼女が気付くには、少し時間がかかった。 目を開けた秋子の視界の端から、どこか見覚えのある顔が彼女の様子を伺っている。 「・・・・・・気が付いたか」 彼女はいったい誰だったのだろう・・・?そう思って、ふと地理の授業で、三角(デルタ)地帯 というのが出てきたことを思い出し、彼女の名前を思い出した。 そう、デルタ、だ。・・・どこかであったはずだ。 「・・・ここは?」 何処かの建物の一室のようだ。秋子が身を起こしてみると、部屋の中に質素な造りのテーブ ルと椅子、それに小さなクローゼットが置かれているのが見えた。・・・どうやらここは、ホテル のようだが・・・。 「ここは村の宿だ。お前はロストで銃に撃たれて気を失い、それから今まで1週間、目を覚ま さなかった」 ・・・・・・あの夢が、続いている? あの夢を見てからは、かなり・・・1週間以上、時間が経っていたはずであった。どうやら、夢 の中と現実とでは、時間の進み方が違うらしい。 そうしてふと、ここで自分が今置かれている立場を思い出した。 ということは、この人が助けてここへ自分を運んで介抱してくれていたのだろうか。そう言え ば、左脚を撃たれていたのを思い出したが、もう痛みはない。 「・・・貴女が?」 「礼を言われるほどのことはない」 彼女は終始同じ口調で、秋子が礼を言うより先に素っ気ない口調でそう返した。ぶっきら ぼうな口調だが、照れているというわけでもなさそうだった。女性にしては愛想がないと思っ ていると、ふとドアをノックする音が聞こえた。 「・・・・・・来たのか。相変わらず早いな」 いったい誰が来たのだろうとそちらを秋子が振り返ると、デルタが開けたドアから見るからに 柄の悪そうな男達が5、6人、一気に入ってきて、秋子の周りを取り囲んだ。咄嗟に危機感を 感じて、秋子は身を強張らせた。そして、デルタの方を見た。 この人たちは、いったい誰? 取り囲んだ男たちは、不快なことに皆、秋子のことを観察しているようだった。 その男のうちの一人が言う。 「・・・確かにアルビノのようだ。いったい何処で?」 「ロストで見つけた。名前は、覚えてないようだ」 目の前にいる物騒な男の問いに、淡々とデルタは答える。だが、何故、名前を知らないな どと言うのだろう?確か、名前はこの間言ったはずだ。 「分かった。・・・これが報酬だ」 脇にいた男が差し出した紙袋を、彼女は無言で受け取り懐にしまった。いったい、何の報酬 だというのだろう? すうっと、秋子は背筋に冷たい空気の流れを感じた。 「よし、連れて行くぞ」 誰かがそう言うと、秋子は突然男達に取り押さえられた。何とか振り解こうと秋子は暴れる が、圧倒的な力で掴まれた腕や脚は痛くなるばかりだ。 「痛いっ!何、するの!・・・・・・デルタ!」 助けてくれと、秋子は手を伸ばそうとするが、彼女はただこちらを見ているだけだった。 「デルタ、どうして!」 何故、助けてくれないのか、そして何故、名前を知らないなどと言ったのか? 「デルタ・・・!!!」 力の限りに叫んだ声も、終には彼女を動かすことはできなかった。体つきのいい男たちを 前に、成すすべなく立ち尽くしている、というようにも見えない。 騒ぐ彼女の口に、男たちはテープを張って黙らせる。そのまま秋子は鉄格子の填められた車 の荷台に乗せられて、いずこかへと運ばれていった。 そしてその様子を、デルタは無情にもただ黙って見つめていた。 これは本当に夢なのだろうか? どこか知らない場所・・・建物の、薄暗い一室・・・。 牢の中に突き飛ばされた時に感じた痛みは、今でも覚えているほど強いものだった。夢の 中では痛みを感じないと聞いていた。けれども、この鮮明さはなんだろう。こういう時は、現 実の世界のことを思い出してみれば、夢が覚めるはず・・・秋子は現実を思い出そうと、眉 間に力を入れてみたが、なかなか思い出せなかった。 「違う・・・思い出したいのは、現実のこと・・・」 だが思考は空回りするばかりで、現実で自分が何をしていたのかは思い出せなかった。 いや、もしかすると彼女は、覚えていないのかもしれない。例えば、昨夜に見たにもかか わらず、思い出すことのできない夢のように。 「・・・現実に、戻りたい」 牢の冷たい床にうつ伏せになりながら、彼女は呟いた。 何故自分は、こんな目に会わなければならないのか。 そしてこれから、どうなるのだろう。 彼女の瞳から、自然に涙がこぼれていた。頬に当たる隙間風の冷たさが、秋子の心を締め つけた。・・・・・・そしてそのまま、彼女は眠ってしまっていた。 彼女の目の前にあるのは分厚い参考書。「河川の下流では、堆積した土砂が緩やかな三角 (デルタ)地形を形成し・・・・・・」見慣れた文字の羅列が目についた。 「アッコ〜、ご飯よ!」 呼びかける声は、聞き覚えのある・・・・・・母親のもの。 そうだ、試験勉強をしていて・・・・・・それで眠ってしまったんだ。 ぼんやりとする頭と視界を晴らそうと、秋子は眉間に力を入れた。そして大きく息を吸い込み、 返事をする。 「はーい・・・」 そしてようやく彼女は、夢から戻ってこれたのだと、ほっと胸を撫で下ろすことができた。 やはり、現実の世界はいい。・・・安全だから。何かあれば、必ず両親が守ってくれる。開い ていたページにシャープペンを挟み、彼女は部屋を出ていった。 |