22.

 砲撃の余波を受けて揺れる船内を、ロイたちは壁に手を付きながら急いで進ん

だ。ロガシスの姿を警戒しながら、廊下を過ぎて階段に差し掛かると、そこは武器

や軽装備で身を固めた男たちで塞がれていた。

「お、兄ちゃんたちも戦えるか?」

近くにいた男が、短剣を握りながらそうロイに訊いてきた。

「はい。・・・海賊船は、今は?」

「もう少しで追いつかれちまう。・・・ああ、お嬢ちゃんは部屋に戻って」

女は部屋に隠れるようにと、アムを下がらせようとすると、彼女は自分の杖を構えて

言った。

「私も戦うの!そこを通して!」

「お嬢ちゃんは部屋に隠れるんだ、いいね!」

「いやよ!・・・・・・ねぇ、ロイ様も何とか言ってよ!」

先に行こうとしていたロイは、少し困ったような顔をして後ろを振り返った。一方、アム

を押しとどめていた男は片眉を上げて、アムの言葉を反復した。

「ロイ様だ・・・・・・?ロイって言うのは・・・」

記憶を辿るように考え始めた男を押しのけて、アムは二人に合流した。気づくのが少

し遅れた男は、手を伸ばしたがすでに彼女は混雑した階段の上へと上っていってしま

っていた。

「ロイって言うのは・・・・・・まさか」

ようやく甲板に上がったロイたちは、目と鼻の先にある海賊船に息を呑んだ。この客

船と同じ・・・・・・あるいはそれ以上の大きさの船であった。船体の両側面からは大き

なオールが何十本も伸びており、風力だけでなく人間による動力も加わっていたため

に、短時間で追いつかれたことがわかった。

その、舳先や竜骨部分には、見るからに凶悪そうな男たちが、獲物であるこの船を見

つめていた。その手には剣が握られ、構えた姿勢は低く、筋肉は緊張のあまりに収縮

して引き締まり、今にもこの船に向けて飛び降りてきそうな様子であった。

対してこちらの船の甲板には、その海賊たちを迎え撃つために、十数人の男たちが手

に手に武器を持って構えていた。

ロイは、油断無くその男たちに目を走らせた。

―――いた。

その男たちの中に、ロガシスの姿があった。だが、ルビエスの姿は見えない。

「・・・・・・ロイ君・・・!」

小声で、後ろからロガシスのことを耳打ちするリリー。ロガシスは、海賊船のほうを見

つめている。

ロイは頷くと、ロガシスに見つからないよう、自然な動作で彼とは反対側の甲板へと

歩いていった。その後を、二人が足早に付いて行く。

「・・・・・・どう、出るんでしょうね」

リリーが、銃を懐から出しながらそう呟いた。両者の緊張は高まるばかり、なにかふと

したことでも、戦いの火蓋は切って落とされるだろう。

「・・・・・・海賊ども!」

海賊船に対して最前部で構えていた男の一人が、そう、大声で切り出した。

「我々は、いつでもお前たちと戦う用意ができている!だが、その前に聞きたい!な

ぜ、我々の船なんだ!何故この船を襲う!」

どうやら男は、説得を試みようとしているようだった。だが、相手は海賊。彼らはただに

やつき、獲物を狩る獣のような視線でこちらを見下ろすばかりであった。

「こ、答えろ!」

緊張に耐えかねたのか、男の一人が弓を引くのが見えた。他の男たちも剣や投石袋を

構え、いつでも何らかの行動ができるようにしていた。・・・・・・だが、それは叶わなかっ

た。

「・・・・・・うぅあっ!!」

倒れた男の足元を見てみれば、何か紐のようなものが絡まっているのが分かった。それ

は、持ち主の手・・・・・・ロガシスの右手へと伸びている。彼を振り返った者たちは、彼に

対して罵声と非難の声を上げ、構えを崩してしまう。

・・・・・・それが、ロガシスの狙いなのだ。

「動くな。・・・・・・武器を捨てろ。命が惜しければな」

隻眼の男は、威圧的な声でそう宣言した。その迫力に圧されて、思わずリリーやアムはた

じろいでしまう。しかし、彼の正体を知らない甲板の上の人々は、何が起こっているのかを

理解することが出来ず、疑いと、裏切ったロガシスへの怒りとの間に挟まれて身動きがで

きないでいた。・・・つまり、海賊たちが攻め入ってくるには、絶好の機会となったのだ。

ロガシスは続ける。

「我が名は、ロガシス=レイラバース。この船は、俺が貰い受ける!」

名乗ったロガシスの瞳に、怪しげな光が生まれた。顔つきが、邪悪なものに変わる。まるで、

表に被っていた仮面を取り払ったかのように、その変化は劇的だった。

「馬鹿な、貴様正気か!?」

「ロガシス・・・・・・海上の狼!」

「構うな、こいつを倒せ!海賊を船から追い出すんだ!!」

ロガシスの名前に、踏みとどまる人々。

それでも、勇気のある男たちが数人、ロガシスに向かって武器を片手に走った。

飛び掛るもの、弓を放つもの、足場を狙うもの・・・連携はバラバラだが、それだけにこれを避

けるのは至難の業であった。しかも、右手の鞭の先は、未だ倒れた男の足にある。だが、海

賊たちも当のロガシス自身も、まるで身動きをしなかった。・・・いったい、どうやって避けよう

というのか。

男たちの表情が驚愕のそれに変わったのは、ロガシスに接近する数歩手前で、身体が宙に

浮くのを感じたからだ。そのまま、次の瞬間には弾き飛ばされていた。

踏み出そうとしたロイが、足を止める。ロイは視線をロガシスの鞭を持つ手に集中させた。ロガ

シスは、鞭を一振るいしただけ・・・・・・そのように見えた。それなのに、かかっていった男たち

は弾き飛ばされたのだ。いったい、何をしたのだろう。あまりの素早さに、目の動きが追いつけ

ない。

「命が惜しくなければ、かかってくるがいい。だが私は、この神聖な船で血の宴を開くつもりは

ない。・・・・・・抵抗しても構わん。だが、いずれにしてもお前たちにはこの船から出て行って

もらわねばならない」

どういうことだ、と問う声が上がった。

「これは、俺の船だ。船に乗せることが出来るのは俺と、俺の仲間だけだ。俺の乗船許可が

ないお前たちは、乗せることが出来ない」

「そんな馬鹿な!」

「俺たちは、この船に乗るのに金を払ってるんだ!なんでこの船に乗れねぇんだ!」

「船長はどこいった!船長を出せ!」

船上は大いに混乱した。

「・・・・・・騒ぐな!!」

低く・・・だが力のこもった声で、ロガシスは叫んだ。ざわついた甲板が、一気に静かになる。

「船長は、この船を捨てた。だから、お前たちを守ってくれるヤツは、もういない」

「俺たちはどうなる!どうすればいいんだ!」

「知るか。・・・・・・甘えたことを言うんじゃねぇ。お前たちは、船長を信用して金を払い、この船

に乗ったんだろうが。その船長が信用できる者なのか、それとも海賊に襲われたら船を捨て

てとっとと逃げちまうようなヤツなのか、見切れなかったのはお前たち自身の責任になるん

だ!違うか!」

ロガシスは、そう吐き捨てた。

そうなのだ。ロイがアムの意見に同意できなかったその根底には、彼と同じことを考えたか

らなのだ。確かに、お金を払ったのはロイたちだ。だが、確かにロガシスはそのお金をもらっ

てるわけではないし、彼が雇ったとも言える船長は、目の前で逃げていったのだ。

お金を受け取ったのなら、それ分を返さなければならないのは当たり前だ。だが、そこにもし、

信用というものがなかったら・・・・・・?

ロイの槍を握る手に、力がこもる。ロガシスの言うことも最もだ。しかし、船長の人選は誤った

ものの、このまま罪のない乗客たちが路頭に迷うことがおかしいのも確かだ。

何とかしなければならない。――他ならぬ自分が、この場を打開しなければならないのだ。

ロイの、英雄としての血が騒いだ。






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