23.

「さあ、わかったら船を早く出て行け!」

「待て!」

動けない人々を掻き分けて、ロイは彼の前に出た。その顔は、引き締まっており、彼が必死で

あることを表していた。一方、突然聞こえた反論の声に、周囲を殺気のこもった視線で見回し

たロガシスであったが、ロイの姿を認めた刹那その隻眼が細まり、口元に微かな笑みが浮

かんだように見えた。

「何か、異見でもあるのか?小僧」

「お前の言いたいことは、わかっているつもりだ」

ロイは毅然とした姿勢で、そう言った。このままで、済ませるわけにはいかないのだ。急がなけ

れば、約束の時にリフェ・モビリアへは行けず、人質となった陽を助けることは出来ない。

それに・・・ここにはいないが、ルビエスもまた人質に取られたままだ。

「ほう・・・」

「だが、正しいことが、必ずしも最善とは限らないはずだ」

「どういう、意味だ?」

「このまま乗客を見捨てれば、お前は悪名高い海賊として、その名は大陸中に広まることにな

るだろう。だが、その船を持つものとして、それは恥ずべきことじゃないのか?」

ロガシスの瞳に、好奇の色が宿るのをロイは感じ、そして僅かに震撼した。そしてその時、ふと、

彼から先ほどの狂気じみた何かが、薄れていくように見えた。

「ふん・・・・・・それではお前は、私にどうしろと言うんだ」

ロガシスは、片手を振るような仕草をした。それで、視界の端で武器を構えていた海賊たちが、

武器を下ろす。・・・不意打ちや戦いを止めろ、という意味の合図だったのだろう。

「乗客を、近くの陸地まで運んで欲しい」

「・・・・・・馬鹿を言うな。俺に何の得がある?」

「お前の名誉を守ることが出来る」

だがそれだけではロガシスが満足するとは思えなかった。すると、まるで何かを探るように、彼

の目付きが鋭くなった。

「・・・・・・それだけでは足りんな」

確かに、ロガシスは黒海にその名を轟かせる海賊の頭だ。単なる積荷や名誉だけでは、頼みご

とを聞くような人物ではないはずだ。ロイは、槍を握る右手に力を入れた。

・・・・・・これは、自分に課された試練だ。そうだよね、父さん。

ロイに残された手段・・・・・・それは。

「俺の、命だ」

もう、これしか残ってはいない。ライの息子である自分にどれほどの価値があるのかは、勿論、

ロガシスの判断に任せなければならない。

「・・・・・・何?」

だが、言葉ほどには、ロガシスは驚いているようには見えなかった。ただ少し、彼のロイを見つめ

る双眸が細まっただけだった。

「勿論、俺はただじゃあ死なない。精一杯、戦って抵抗する。それでもし、俺を倒したら、俺の命

を奪っていい」

「・・・・・・ほう?」

その口元が、微かに笑ったのを、ロイは・・・・・・そしてリリーやアムも見た。

少しの間、船の上は静けさに包まれた。


 ロイは、無言でロガシスを睨んでいた。

これは、賭けだ。ここでロガシスを説得できなければ、自分たちは海に放り出されてしまう。そ

うなれば、陽を助けることはおろか、これ以上旅を続けることも出来ないのだ。

あるいは―――

もしも彼が否とすれば、決死の覚悟で彼ら海賊に戦いを挑むしか他はない。


その時・・・・・・

一条の矢が、ロイに向けて放たれた。

「ロイ様っ!!」

先に気がついたアムが、叫んでロイに知らせる。だが、ロガシスに集中していた彼が振り向いた

後では、すでに矢に貫かれているだろう。

アムが、リリーが、迎え撃とうと飛び出すが・・・・・・。

「・・・お、お頭っ!!」

左手に持っていた鞭で、鮮やかにロイの頭上の弓を掠め取ったのは、意外にもロガシスであった。

手下が動揺した声で叫び、驚愕の眼差しが、一斉に彼に向けられた。

「ふん、いいだろう。・・・・・・だがその前に、名を名乗れ!」

まるで動揺する部下たちを一括するかのように、大きな声でロイにそう訊いた。

ロイは、手にしていた槍を甲板にまっすぐ立てて、真っ向からロガシスを見据えていった。

「俺の名は、ロイ=ディ=スペール!!」

その隻眼が、確かに笑った。

「いいだろう、ロイ=ディ=スペール。お前のその命は俺が預かった!・・・・・・さあ、野郎ども、船を

移る準備をしろっ!!宴の準備もなっっ!!」

ロガシスのその宣言の下、海賊たちがあっという間に船の上へと流れ込んできた。その彼らの手

が、乗客たちの持つ武器へと伸びる。

「武器は陸地に下ろすまで回収させてもらう!積み荷もだ!乗客は全員、甲板に待機しろ!!」

速やかに命令を下すロガシス。ロイたちは甲板へとなだれ込む人々の群れの中、互いの姿を見失

ってしまった。戸惑うロイの手からはいつの間にか、槍が消え、丸腰となったロイは、甲板の端へ

と追いやられていった。

それは、あっという間のことであった。

「ロイ様っっ!!」

どこかで、アムの叫び声を聞いたような気がしたが、次々と押し寄せる人に、ロイは成すすべもな

く立ち尽くすだけであった。

・・・・・・動き出してしまった。この船の運命は。

無力な自分が、この船を荒波へと押し出してしまったのだ。・・・何も、できるはずもなかったのに。

一人になったロイは、ふと、そんなことを思った。

周りにいた乗客たちも、自分と同じように武器を取られて甲板の端へと誘導されていく。


・・・・・・独り。この船の上で。


今はただ、後悔と自責の念が、後から徐々に、ロイの心の中へと押し寄せてくるのだった。





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