16.

 気が付くと、目の前に誰かの顔がぼんやりと見えた。なにかが頬を舐めてい

て、その感触でここに自分が戻ってきたのだと、ロイは思った。

「あ!ロイ様!大丈夫ですか!?」

―――アムだ。

「大丈夫かい、ロイ君?」

頭を振って、ロイは目の前のもやもやとした霧を払おうとした。二人の呼びかけ

に答えようと声にならない声を口から出して、一気にその霧が晴れていった。

頬から何かが肩を降りていくのに気が付いて床を見てみれば、そこには白いレ

ミングがこちらを見上げていた。

床に手をついて、身を起こそうとしたが、腹筋に力が入らなかった。

「起きられそうかい?」

心配そうに覗き込むリリーに何度も頷きながら、ようやく彼は上半身を起こすこ

とが出来た。ロガシスに突かれた腹部がまだ痛んだ。

辺りを見回してようやく、ロイはルビエスがいないことに気が付いた。

「ルビエスさんは、さっきの男に連れて行かれてしまったんです」

「ごめんなさい、私達、何もできなくて・・・」

すまなそうに詫びる二人に、ロイは首を振った。

「いや、これは僕の責任だ。もっと強ければ、あんなヤツすぐに抑えられたんだ」

ロイは、自分の不甲斐なさに激しい憤りを覚えた。それでも、気がかりだった

アムとリリーがまったく無事であったことは、多少は彼の気を楽にさせたかもし

れない。

ロガシスがルビエスを連れて行ったのは、おそらく好きに暴れさせないための人

質にしたためだろう。あるいは、彼女の持っていたサイの剣に目を付けたのか―――


いずれにしても、ルベスのことが気になった。しかしあれから、どのくらい時間が

経っているのだろうか・・・・・・。

「わかりません。でも、もう半時くらいは経っていると思います」

「そんなに?・・・・・・逃げていった船員達はどうしたんだ?」

「助けを待ってるんだけど、誰もまだ来てないわ」

考えてみれば、彼らがロガシスと戦っている時に船員達が駆けつけてきてもお

かしくはないはずだ。戦う前に、全力で走り去る船員達とすれ違っているのだか

ら。


「いったい、この船はどうなってるんだ」

船内は、相変わらず静かだ。事の次第を他の乗客たちが知れば、たちまち大

騒ぎとなるだろう。そうなっていないということは、皆事態を知っていて、船員た

ちが落ち着けているのか、あるいは―――何も知らない。

「とにかく、ここを出ないと」

ロイはどうにか立ち上がり、ドアの方に向かった。

「そうなんだけど、ドアに何か魔術を施してあるみたいで、ドアノブが動かないん

だ」

言われてロイは、ノブを回してみたが、確かに少しも回らなかった。だが、ここで

おとなしくしていることなど、できるはずもなかった。

「壊すのは・・・ちょっとまずいよな。他に出入り口はないかな?・・・あ!」

辺りを見回していたロイの肩から、レミングがすべるように降りていって、隅にあっ

たベッドの下に見えなくなってしまった。

「どこに行くんだ、こら」

ロイが床に顔をつけて下を覗いてみると、暗い中、奥のほうでレミングが動いてい

るのが見えた。そしてその後ろ・・・壁のところに、ロイは一本の溝が走っているの

を見つけた。

「ん・・・・・・?リリー、ちょっと手を貸してもらえないかな」

とりあえずはベッドを動かしてみようと、リリーに手を貸してもらうと、ベッドの陰にな

っていた壁のところに小さな扉が見つかった。それは、屈めばなんとか人が一人通

れるほどの大きさだった。

「なんだ、これは」

「あ、非常口って書いてありますよ」

綿埃を払って見てみれば、小さくそう掘ってあるのがわかった。

ロイは、レミングを捕まえると、よくやったなと、頭をなでてから懐に仕舞い込んだ。

もしかしたら、このレミングのおかげで状況を打開できるかもしれない。

「なんでこんなところに非常口なんてあるのかしら?」

服に付いた埃を叩きながら、アムは首を傾げた。確かに、ベッドの陰に非常口があ

っても、いざという時に役に立つとは思えない。今はもう使っていないということだろ

うか。

「これ、どこに繋がってるのかしら」

「それに、なんでわざわざ隠しているんだろう・・・」

リリーは、金具の部分を強く押してみた。軋んだ音を立てながら、扉は少しずつ向こ

う側に開いていく。

「とにかく、この部屋から出るには、ここを通るしかないみたいだね」

幸い、向こうは海ではないようだった。とすると、この通路はどこに繋がっているの

だろうか?

いずれにしても、今の彼らに残された選択肢は、この一つのみである。なんとして

も、他の船員や乗客たちに知らせなければならない。

「よし、行ってみよう」

意を決して、ロイたちは中に入っていった。





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