13. 「ロイ、さっきの船なんだけど・・・」 部屋に入るなり、ルビエスはそう切り出した。 「普通の船じゃあ、ないみたい」 「どういうこと?」 「とにかく、甲板へ―――」 言葉も半ばに甲板へ行こうとするルビエスに、なにやら不安を感じてロイは立ち上がっ た。 「いったい、どうしたのよ?」 楽しいひとときを邪魔するなんて、と少し迷惑そうにアムは思いながらも、仕方なくロイの あとを追いかけ、リリーもそれにならった。 甲板へと続く階段で、ルビエスはロガシスとすれ違った。 「あ、ロガシスさん・・・」 ルベスに声を掛けられて、彼が微かに笑ったことに気づいた者が、果たしてそこにいた かどうか。 「ロガシスさんも、甲板へ様子を見に?」 「ああ・・・。夜には、こちらに来そうだな」 不安の色を一切見せずに、落ち着いた声でそう、ルベスたちに告げる。 「いったい、何が来るんだよ、ルベス」 それとは対照的に、ロイがルベスに訊く。 「甲板へ出ればわかるわ」 軽く会釈をして、その場を去る彼女の姿を目だけで追って、ロガシスは再び薄く笑った。 「あれが・・・・・・”英雄”・・・か」 そろそろ準備を始めようと、自室へ戻りながら、心の中で彼は笑っていた。 「まだまだライ様には程遠い実力と見える。・・・少し、教えてやるか」 ―――己の力の未熟さを。 近づきつつある大型の船。ロガシスの言うとおり、それは夜までには追いつきそうだった。 リリーが、持っていた双眼鏡で船べりから身を乗り出すようにしてその船を覗いた。 他にどこへ行ってしまうような様子も無く、船首はこの船の方に向けられたままだ。大きく 広げられた帆には、黒い髑髏の模様が描かれているのが見て取れた。 「ああ・・・ルビエスさんの言うとおり・・・おかしな船だね」 陽は、徐々に弱くなりつつあった。つまり、黒陽が現れつつあるということを意味している。 黒陽が見え始めれば、闇の支配する世界へと変わるまで大して時間は掛からない。― ――夜の幕開けだ。 「船員さんに、知らせた方がいいんじゃない?」 「これだけ気がついている人がいるからね。多分、もう船員さんも知ってるはずだよ」 甲板のあちらこちらでそわそわしている乗客たちの様子を見て、リリーが言う。 「どうだろう。それにしては、船員達が何もしてないような気がするんだけど・・・」 実際、甲板の上にいる船員たちは、心配する乗客の様子に無頓着だった。声を掛ける様 子もない。・・・それとも、敢えて乗客を混乱させないよう、そのように振舞っているのだろ うか。 「私達も、船員さんに知らせに行きましょうよ。きっと、下にいる船員さんたちは気が付いて ないんだわ」 アムの提案に、4人は甲板を降りて1階の船員室へ行ってみることにした。 ロイたちが廊下を歩いていると、なにやら奥のほうから大きな物音が響いてきて、少しし てから船員達がどかどかとこちらへ走ってきた。・・・まるで、なにかから逃げるかのような、 そんな必死の形相だ。 彼らは、向かって歩いてくる4人には目もくれずに、そのまま奥へと消えていった。 「どうしたのかしら・・・」 「なにかあったのかな?」 ルビエスとロイは、お互いに顔を合わせた。先ほどの大きな物音・・・・・・まるで、誰かが暴 れてなにかを壁や床に叩きつけたかのような、そんな音だった。 船員同士の喧嘩だろうか。 それはともかく、今は海賊船のことを知らせる方が先だ。占拠されてしまえば、喧嘩などを している場合ではないのだから。 倉庫の手前にある部屋の扉に、「船員待機室」と書かれたプレートが打ち付けられてある。 その扉は、半開きになっていた。 「あ・・・あの・・・」 おずおずと、ロイが部屋の中を覗き込んだ。 人が一人倒れている。 それに加えて、倒れたテーブルと床に転がる花瓶、写真立てなどが目に入った。視線を部 屋の中に向けると・・・・・・そこには、人が一人、こちらに背を向けて立っていた。 背中に届くほどまでに伸ばした髪が不自然だったが、体格から見て、男だろう。動きやすそ うな服装に、頑丈そうな皮のブーツを身につけている。特筆すべきことは、その利き手に 一本の鞭が握られていることだ。床に長く垂れたその鞭は、油でよく磨かれており、使い 込まれた感じがあった。 声を掛けられた男は、ゆっくりとこちらを振り替えった。 その顔に、ルベスは・・・いや、ほかの3人も見覚えがあった。 「ロガシス・・・さん」 その横顔は、間違いなく先ほどすれ違った、ロガシスだった。・・・が、その隻眼には鋭い光 が宿っていた。 「余計なところを、見られてしまったようだな」 「どうして、こんなところにいらっしゃるんですか」 そう、訊いた瞬間、ロイは背筋が凍りつくような感じを覚えた。―――殺気だ。 「君達には、しばらくおとなしくしてもらわなければならない」 宣言するや否や、ロガシスは立ち尽くす4人に向かって勢いよく鞭を振るった。 |