12. 船での日々は、陸地で過ごす時とはまた違った、別な時の流れを感じさせた。あると きは地平線に沈む夕日のごとく早く、またあるときは穏やかな波のようにゆったりと。 日が経つにつれ、食堂や甲板で顔見知りが増え始め、旅の楽しみが増えるようになる。 それは、彼らも同じであった。 ことは3日目の昼下がり、突然起きた。 昼食を済ませてから、ロイたちは知り合ったひととともに、甲板の上で午後のひと時を過 ごしていた。ふと、海上に目を向けた一人が、発した言葉が始まりだった。 「なんだ、あれは?」 隣にいたルビエスが男の指差す方向を見、その様子につられてロイもまた海上に視線を 向けた。その、遥か遠くに小さな影が見えた。 この世界が球体ならば、おそらく彼女達はその影を見ることは出来なかっただろう。・・・・・・ そう、この世界は水平なのだ。光の大陸と闇の大陸で囲むようになっているこの世界の外 側には、海すらも無く、ただ真白き光か深遠なる闇が広がっていると考えられている。その 光と闇の2点がこの世界を構成する2大元素の起源であり、世界の中心部が”無元素の地” と呼ばれるのは、そこがもっとも元素の起源から離れているためである。 「船・・・?でも、客船とは形が違うような・・・」 「きっと、後から出発した船だわ。おーい!」 手すりから身を乗り出して、向こうの船にも見えるようにアムは大きく手を振った。 「いままであんな船、後ろにいたかしら?」 「きっと近くの港で合流したんじゃないか?」 傍らにいた男が、ルビエスの心配を軽く流した。彼女はもう一度、後ろのほうを振り返る。 目を凝らして見てみたが、小さすぎて船だということくらいしかわからなかった。 「ルベスー!リリーの部屋に遊びに行くよ!」 ロイの声に、ルベスは後ろ髪を引かれるような思いで、その場を後にした。 船上で知り合った仲間の一人、リリーは栗色の髪に黒目の美青年だった。年は、ロイより も4,5歳上だろう。案内された彼の部屋は、ロイたちの上の階にあった。 この船の客室は2層に分かれており、上層は一人部屋、ロイたちのいる下層は2〜3人用 の部屋となっている。因みにバーは上層に、食堂は船員室、制御室とともにその上の階に あり、さらに上が甲板という造りになっていた。 扉の向こうには、ロイたちと同じつくりの一人部屋・・・があると考えていた彼らは、実際に その部屋を目の当たりにして、言葉をなくしていた。 おそらくこの3日の間にそうなったのであろう。部屋の中は、ひどく雑然としていた。床の上 、テーブルの上のみならず、ベッドの上にまで様々なものが散乱している。いったいどこに 腰を下ろせばいいのだろうと考えあぐねていた3人に、リリーは両手両足で物を部屋の隅 に掻き集めながら、さあ、どうぞと声をかけた。 「お・・・お邪魔します〜」 困ったように笑いながら、アムが先に部屋に入り、ついでロイが入室する。ルビエスはと言 うと、3人に遠慮をしたのか、それとも先ほどの船がやはり気になっていたのか、用事を思 い出したと言って、部屋を出て行ってしまった。 「ルベスさん、どうしたんでしょうね?」 「多分、さっきの船じゃないかな。あいつは心配性だからな。ま、そこが彼女のいいところで もあるんだけどね」 背後のドアを振り返り、再び視線をリリーとアムに戻した時、彼は二人の視線を受けて言葉 に詰まった。 「な・・・なに?」 「ロイ君って・・・ルベスさんとどういう仲なんです?」 「へ・・・へ?」 「えー!ロイ様は私一筋じゃなかったの〜!?ひどーい!」 「え?は?・・・な、何を言って」 リリーとアム、男女二人から攻められる形となったロイ。彼は心底、やっぱりリリーの部屋に 入るんじゃなかったと後悔していた。 陽はまだ高い。黒陽が上るまでにはまだ時間があるが、あの船がこの船に追いつくのと どちらが早いのかはルビエスには予想できない。海上にもうひとつ浮かんで見える船は、 先ほどよりも少し大きいように見え・・・・・・つまりこの船に近づきつつあった。この船がこの ままの速さで行けば、そのうち追いつかれるだろう。そして問題は、その船の形であった。 船の横で、なにかが規則的に動いていた。・・・どうやら、大きなオールで漕いで船を進ま せているらしい。遠目でもくっきりと白く張られた大きな帆。そして、その帆に描かれた、黒 い何かの紋章。その紋章は、王家の紋章のような見た目に美しい形ではなかった。 そう、それはまぎれもなく――― 「海賊船・・・・・・?でも、なんでこんな船を?」 海賊が狙うとすれば、もっぱら金持ちの貴族が多く乗っている方の客船だ。王都ラインハルト から出ている船ならば話はわかるが、ウッタブドから出ている、しかもランクも中の下である この船を、どうして狙うのだろうか。 そう呟いて、ふと彼女の脳裏に先日の男・・・ロガシスの言葉が蘇った。 『船員がこれでは、この船を守護するかの聖女も涙することだろうな』 船を守護する聖女・・・そういえば、この船の竜骨に彫られた女性像は誰なのだろうと、出 航前にふと疑問に感じたが、おそらく”聖女”をモデルにこの船は造られているのだろう。 しかし、どんな聖女の船だとしても、外観は相当に古いし、内装が豪華と言うわけでもなく、 手入れが行き届いている部分も多いわけではない。 ・・・・・・聖女の船と海賊。いったいどんな関係があるのだろう。 そして、海賊がこの船をどうしようというのだろうか? 他の乗客もざわつき始めている。とりあえず、ロイに話しに行こうと、彼女は甲板を降りて いった。 ルベスの話をロイが適当にごまかした後、3人はリリーの旅についての話で盛り上がっ ていた。リリー・・・リリー=ルーテ=バトリーは、光の大陸黒光(北東)に位置する霧の都 ケプラザの出身で、今は旅の帰り道らしい。ケプラザには大きな学校があり、リリーはそこ で史学・・・歴史を学んでおり、今回の旅では各都市に残る遺跡を見て回っていた。 「今度は闇の大陸に行ってみようかなって、思っているんだけどね」 彼の夢は、世界に残る遺跡を調べ、その本を書くことだった。 「ラインハルトから船も出たようだし・・・まずはラムドにでも行ってみようかな」 「ラインハルトから、船?じゃあ、いよいよ国交が回復するのね!」 勿論、神官戦争以来50年間、ずっと闇の大陸と交流がなかったわけではない。国同士の 正式な連絡船の運航は途絶えたものの、村や個人の船は少数だが往来していた。もっと もこういった船は海賊や嵐に襲われやすく、生きて無事に戻ってこれた船は尚少なかった ようだが。 「神官戦争から50年・・・・・・君たちの旅といい、連絡船といい、何かが起きようとしている のかもしれないね」 そんなしみじみとした雰囲気の中、ルベスのドアの叩く音が妙に大きく部屋の中に響いた。 |