8.

目を開けた時には、既に黒い口を開けた洞窟が完成していた。

一直線の空洞のはずだが、暗いせいか遥か先にあるはずの出口は見えない。

レイドは果てしなく続いているはずの洞窟の横に回ってみた。しかし、続いているはずの

洞窟は縦に走る一本の線のようにしか見えなかった。洞窟自体は二次元となっていた

のである。

「・・・・・・。」

言葉をなくして立っているレイドに、シェルファ−が話しかける。

「どうしたんですか、レイドさん。」

「ううん、何でもないよ。」

―――そうすると、自分たちがあの空間に入れたのは、単なる偶然だったということな

のだろうか。

「・・・何をしている。早く中に入ったらどうだ。」

「ああ、うん。―――じゃあ、ここでお別れですね。」

セレナにレイドは別れの言葉を告げる。

「ラムドに着いたら手紙を書きますよ。・・・・・・そうだ、もしよかったら、今度一緒にお茶

でもどうですか。」

「・・・え、いえ、私よ りもシェルファ−ナ様をお誘い下さいませ。」

「でも貴女には、シェルファーとは少し違った大人の魅力が・・・」

どこから取り出したのか、そう語りだすレイドのその手には一本のバラが握られている。

「―――くだらんことを言ってないでさっさと来い。」

神官の不機嫌そうな声に、レイドはいそいそと洞窟の入口へと向う。

「じゃあ、私達が先に行きますね。」

見上げたシェルファ−にレイドは微笑みかけ、ヴェレヌは無言で頷いた。

彼女の表情は、いつも人をほっとさせてくれる。

「ラムドでお会いしましょう。」

セレナはレイドとシェルファ−の後ろに立って確認すると、呪文の詠唱を始めた。

まずは、二人が飛ばされているときに壁に当たらないよう、風の防御呪文で周りに結界

を張る。セレナが左手で印を切り終えると同時に、レイドとシェル ファ−ナの周りに風が

集まり始め、二人は少し宙に浮き上がったふうになった。不安定だが不思議と違和感は

なく、どちらかといえば風に吹かれて気持ちがいい くらいである。

感嘆の声を上げる二人を見ながら彼女は続いて、ファラウェイとその増幅の呪文を

唱え始めた。

「・・・我等の前にある存在を、飛ばしたまえ―――ファラウェイ!」

締め括りの言葉を受けてレイドとシェルファーの周りの属性が荒れ狂い、烈風となって結

界ごと二人を吹き飛ばした。

「うわぁぁあぁー!!」

二人の驚嘆の声は四方の壁に反射して辺りに響き渡った。

それが徐々に消えてふたたび鳥のさえずりが耳に馴染み始めた頃、おもむろに神官は

口を開いた。―――しかしそれは呪文詠唱のためではなかった。

「・・・なぜ、手を貸した?」

その言葉に返事はない。

「敵である人間に手を貸した理由を、聞いている。」

「・・・答えなければ、いけませんか?」

背を向けた神官と、セレナの間にの風が吹き抜けた 。

「自分でも、よくわからないんですよね。」

その彼女の答えに、ヴェレヌはただ無言のまま―――。

「―――むしろ、八つ裂きにしておくべきだったのに・・・。」

声の最後の方は震えていた。

エルピス族―――彼らの存在は謎に満ち、その存在は神話の中で、神の国に住むもの

として語られている。正確には、神の国を追われた者と。―――だが、神話と言われて

いるそれは史実であり、エルピス族が国を追われた原因はなにより人間による侵略だと

されている。神官だけが、それを 史実と認め、謝罪したのだ。

「安心してください。メーレンには何もありませんから。」

それゆえに、エルピス族は神官だけは信頼している。

「神話は事実だ。だが、それを知る人間はもういない―――」

「だから、神話は神話として語り続けられる・・・永遠に。」

神官はセレナを振り返った。青かった彼の瞳が陽光を受けて不思議な色に煌めく。

「だが、流されることだけが定めではないはずだ。」

「―――貴方には、詫びて頂きました。ですが、感謝をしているわけではありません。」

「ただ真実を見つめよ。」

「もう・・・無理です。全てはもう、動き始めているのですから。」

「・・・私は、諦めない。」

絶対の意志を込めて言ったその彼の言葉に、セレナが目を見開く。

「―――ディ・バロディレート・・・」

言葉のあとに神官の姿は消え、魔法陣もまた光を失った。

「・・・・・・貴方様は。」

セレナは一人、木漏れ陽の中呟いた。

神官の言葉。

自分に向けられたもの、あるいは自分だけに向けられたもの・・・・・・ではないということ

を、彼女はなんとなく知覚していた。

神官戦争が起きてから今まで、神官とその従官の存在が世に出てくることはなかった。

それが50年も経った今になって、なぜ。それもまるで、エルピス族の動 きを阻止するか

のように。

「貴方様は・・・」

独りで何を背負っているのですか―――





[BACK]  [TOP]  [NEXT]