6.

いつの間にか、陽は傾き始めていた。

城の外壁は、主を失って50年経ってもなお崩れてはいない。森の中に、ひっそりと佇ん

だままのこの城は、いったい何を待っているのだろう。

「これからどちらへ行くおつもりですか?」

「―――ラムドへ、行く。」

「ラムド・・・無元素の地と呼ばれる、あの ・・・」

「でも、結局何も物資を手にいれてない。どこかの村で、手配書が回る前に手に入れな

いと。」

セレナは、神官がどういった経路でラムドに行くつもり なのか聞いてみた。

「近場の港町に行くつもりだった。そこから船でラムドへ。」

「この前の術では、行けないのか?」

「あれで海を渡ることはできん。もともと、ヴァズへ向かうつもりだった。先ほどは後から

描き直したが。」

どおりで魔法陣の完成が早かったわけである。彼はシェルファ−がさらわれたことを知り

、 別の魔法陣に描き直していたのだ。

「ヴァズ・・・あの町ですか?」

ヴァズは、闇のセンターポールに最も近い港町である。しかし・・・

「―――そうだが。何かあるのか?」

セレナの言葉に、 ヴェルヌは眉をひそめた。

「ヴァズは・・・滅びました。30年ほど前に。」

センタ−ポ−ルに近いということは、当然神官戦争の被害を少なからず受けているはず

である。

「そういえば、ヴァズなんて町は聞いたことがないな。」

レイドも首を傾げながら言う。

「港町でしたら、ヘムンブルグ南のサイニゴバか、リュ−ム北のメ−レンがよろしいかと思

います。」

「サイニゴバは・・・多分もう手配書が回っているだろうね。」

サイニゴバは、闇の大陸の最南端に位置する港町である。ヘムンブルグからは徒歩で3

日半、馬車なら一日ほど掛かる。馬車で運ばれていれば、手配書はすでに回っている

ということになる。

「じゃあ、あとはメ−レンしかないんですね。」

心配そうに、シェルファ−が付け加えた。

メ−レンは、リュ−ムの森の北の小さな国である。

ヘムンブルグとメ−レンを結ぶ直線上には多くの険しい山があるため、ヘムンブルグから

そこへ行くには船を使うしか方法がない。そのル−トは二つあり、一つは船でキンリガカ

ンへ向かい、徒歩で約10日掛けるか、船でそのまま闇の大陸を半周するような航路で

約12日掛けて直接向かう方法がある。いずれにしても、手配書が回るまで10日くらい

ある。問題は、直線上に歩けるとして、何日掛かるかだが・・・。

「歩いて・・・・・・10日以内に着くだろうか。」

「際どいな。それより、歩き通せるかどうかの方が心配だ。」

言って神官は、二人の女を横目で見る。

「移動呪文・・・というものはないんですか?」

「あるにはある。だが私の知っているものは、術者自身にしか効果を発揮しない。」

サイなら知っていたかもしれんが・・・と、ヴェレヌは心のなかで付け加えた。

サイと合い間見えた時、彼女は自信の従官―――ライとフ−ジュを光の大陸へ逃し、己

一人がその場に残ったのだった。

「道は直線なのですね?」

セレナの言葉にヴェレヌは頷いた。

「私の知っている術に、ファラウェイというものがあります。本来は敵を風に乗せて遠くへ

飛ばす術なのですが・・・・・・直線上の道を作れるのでしたら、その術でレイド様とシェ

ルファ−ナ様を飛ばすことができます。」

「―――しかし私はその術を知らん。お前はどうするつもりだ。」

神官の言葉に、シェルファ−が怪訝そうな視線をセレナに向けた。

「私は・・・お尋ね者になっておりませんから、船でサイニゴバから直接ラムドへ向かうこ

とにします。あちらへ着きましたら、サイニゴバの船着き場の方へ手紙を送ってください。

ラムドで落ち合いましょう。」

「どうやら他に、方法はなさそうだね。」

「決まりだな。」

話がまとまったところで、ヴェレヌは傍らに留まっていた”黒いもの”のうち一つを手にと

った。二人の男の首をたやすく落とした刄だが、神官の手が切れた様子はない。

そのまま地に屈みこんで、三人が見守る中、魔法陣を描き始めた。

不思議なことに、描かれた部分の土は明らかに違う色に変わっている。神官の魔力の

せいなのか、それとも―――。

よく見てみる と、”黒いもの”は黒一色ではなく、所々まるで夜空の星のごとく小さく煌め

いている。普通の金属ではないのだろう。

「前から聞きたかったんだけど、その黒い武器は魔力で動かしているのか?」

神官の様子を伺いながら、レイドは尋いた。

「これは斬光石という。聞いたことはあるかもしれんが、三大奇石と呼ばれる魔力を帯び

た鉱物のうちの一つだ。」

「じゃあ、その魔力を操っているのか。」

「しかしそういうわけではない。・・・・・・知らないとは思うが、我々は剣司る者、つまり、

剣司だ。」

「剣司・・・」

シェルファ−は、その不思議な響きのある言葉を呟いた。

「我々剣司は、剣を自在に操ることができる。―――いや、操るのではないな。剣が我

々の意のままに動くのだ。剣が我々を認める、といったところか。我々が念じなくとも、危

険なときは勝手に動いて攻撃を止める。」

それであのとき、とレイドは彼と初めて会った時のことを思い出した。洞窟の中、彼は怪

我をしたまま倒れていた。”黒いもの”がレイドたちを襲ったのは、彼の意志ではなくそ

れ自身の”意志”であり、そしてその攻撃を止めたのは彼自身の意志なのだ。けれども

、この”黒いもの”は剣には見えない。形はどちらかというとブ−メランを連想させる。シェ

ルファ−も同じことを考えたのか、首をかしげて神官に問う。

「でも、それはブ−メランの類ですよね?」

「・・・・・・ん?」

主旨がよく分からなかったらしく、彼は眉をひそめた。レイドがそのあとを継いだ。

「それって、形は剣に見えないんだけど、ブ−メランかなにかじゃないのかい?」

「・・・・・・あぁ。」

レイドの言葉に、魔法陣を描くヴェレヌの手の動きが鈍った。





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