17. ―――自由。 レイドに言われて、シェルファーは自分が今、自由であることを思い出した。 王宮の一室で、彼女はいままでずっと育てられた。そしていつも、窓から見える外の光 景に憧れ、そこで起こるであろう事を思い、胸を躍らせていた。 けれども、その生活も数日前までのことである。今はただ、外の世界で起こることに身 を任せていたかった。それが例え、危険なことであっても、恐ろしいことであっても。。 「そう・・・ですね。」 この先、いったい何が待っているのだろう。どんな人々に会うことができるのだろう。冒 険物語でしか味わえなかったようなことを、実際に体験するのだろうか。 思いは無限に広がり、彼女の心を楽しませた。 「何か飲み物を取ってくるけど、シエルはなにがいいかい?」 「あ、私も行きます、レイドさん。」 船のゆれに足躓きそうになりながら、シェルファーはレイドを追いかけた。 ―――こんっこんっ 「レイドだけど、いるかい?レン。」 ドアの向こうからの声に、神官はわざと返事をしなかった。 シェルファーのものと思える声が小さく聞こえ、そして二組の足音が小さく遠くへ消えてい った。 仰向けに横になりながら、彼はここ数日のことを思い起こしていた。 突然、自らの作り出した異空間に進入してきたレイドとシェルファーナ。 王都ヘムンブルグの炎上。 シェルファーナの秘密。 闇エルフ、フェルディーン=シャドーの国の滅亡の謎。 世間に流れる虚偽。 そして、セレナの言葉。 『これは全て、ある者たちの陰謀。私は真実を知っております。貴方様は、その者たちに 利用されただけなのです。』 一体全体、どういうことなのだろう。自分のいなかったこの50年の間に、いったい世界で 何が起きていたというのだろう。 ラムドで待つであろうセレナ。彼女はいったい、何を知っているというのだろう。 すべてが、わからなかった。 「・・・・・・私は」 世界を守るためにあったはずの神官。それなのに、自分のしたことは――― 「私は、なんのために、ここにいる・・・・・・」 ただ虚空を見つめていた、異空間にいた時の心境を再び思い出して、彼は瞑目した。 船室奥にある船のバーで、シエルとレイドは潮風に乾いたのどを潤して時を過ごしていた。 「バーと言っても、昼間は普通のお店と変わらないんですね。」 ワイングラスに注がれたモニファーゼ産カシスジュースを一口ずつ飲みながら、彼女は室 内を見回した。船に乗っているのはやはり暇なのか、グラスを片手に世間話をする人、本 を読む人、日記をつける人など、店内では多くの人がくつろいでいた。 グラスに再び視線を戻そうとしたとき、彼女はカウンターの奥でひとり何かをしている女性に 気がついた。その人はシエルと同じ、緑色の髪をしていた。 「レイドさん、あの人はいったい何をしているんでしょうね?」 「ん?」 シェルファーに視線を合わせた彼は、その緑色のショートヘアの女に気がついた。なにかカ ードのようなものをめくりながら、本を読んでいた。 「何かな・・・?行ってみようか。」 二人は各々のグラスを持って、カウンターへと足を運んだ。そして近くに来て、レイドはその 女性がカード占いをしていることに気がついた。 「占い・・・ですか?」 シェルファーと並んで隣の席に着いた彼は、そう話しかけた。カードの並びからして、どうやら 近い未来を占っているようである。 「ええ、まあ。」 「随分手つきが慣れていますね。相当練習したんでしょう?」 「そんなに大したことでは・・・。旅の方ですか?」 彼女は名を、ルセといった。キヌカ=F=ルセ。まだあどけなさが幾分残るが、シェルファーより も数歳年上に見えた。メーレン出身なのか、メーレン独特の変わった衣装を身に着けている。 「12の時から世界を廻っているんですか?すごいですね。」 「そう?慣れなかった最初はいろいろ大変だったけど、コツみたいなものを掴めばあとは適当 に生きていけるわよ?」 「コツ・・・ですか?」 「うん。私はもともと叔母が占い師だったから、それでなんとか・・・占いの技っていうのかしら? それを身につけて、ね。」 レイドはともかく、シェルファーとルセはすっかり打ち解けていた。 「叔母様が、占い師なんですか・・・?」 「ええ。扇氏カスタ様の弟子よ。・・・カスタ様は30年くらい前から行方不明らしいけど。」 世に、予言師、という者たちがいる。占い師とほぼ同義語で使うものも多いが、両者の決定的 な違いは、その的中率である。占い師の場合、その正確さはピンからキリまでさまざまだが、 予言師はほぼ正確に、未来を読み当てることができるのである。そして、その中でもっとも有 名な一族が、カスタ=扇=リネティットを長とする、扇氏であった。彼らは常に正確な導きを出し 、各国の王族たちは彼らをこぞって迎えた。だが、彼らは27年前に、忽然とその存在を消す。 理由はもちろん、誰も知らない。 世界崩壊の前触れだと言うものもいれば、予言が外れて身を隠したと言うものもいる。 しかしいずれにしても、それ以来世界が不安定になりつつあるのは事実であった。 「扇氏・・・か。久しくその名は聞かないね。」 「そんなに有名な方なんですか?」 「まあね。神官の次に有名なんじゃないかな。」 「そうね。ま、神官にはかなわないとは思うけど。」 予言師が未来を知るための手段は、その強力な魔力である。強い魔力を持つものほど、正確 に、そして遠い未来を見ることができる。そのため、扇氏の魔力の強さは神官に勝るとも劣ら ないと言われていた。 「ルセさんは、どのくらい先の未来を見ることができるんですか?」 シェルファーは、先ほどからテーブルに並べられたカードを興味深々に見つめながら、そう聞い てみた。 「私には・・・せいぜい明日や明後日のことくらいしかわからないわね。それも、必ず当たるって わけでもないし。どう、せっかくだから占ってみる?」 彼女の誘いに、シェルファーは顔を輝かせた。 「え?いいんですか?」 「構わないわよ。どうせ暇だしね。レイドさんもどう?」 「じゃ、じゃあお言葉に甘えて。」 陽はいつしか傾き、黒陽が上り始めていた。船の上での時は、いつしか過ぎていた。 |