14.

「レイドさんは・・・アリアさんを助けられたんですか?」

目の前のファルシオンの表情から、良い返事が期待できそうにないことは、予想がつい

た。案の定、彼は首を振った。

「私がその話を聞いたのは、襲撃のあった次の日だった。レイドはその日、黒門へ戻って

こなかった。」



―――銃声が、聞こえた。



足を止めて彼がためらったのは、ほんの一瞬。

海沿いの大きな屋敷を通り過ぎれば、海岸はもう目前である。


急に辺りが静かになったように感じた。耳元で唸る、海風のせい・・・だけではないようだ。

視界が開けた。

・・・・・・そしてレイドは、紅に染まる海岸を目の当たりにした。

砂浜の真紅の環は広がっていく。・・・冷たい四肢とともに。

気がついてみれば、再び銃は構えられ、残ったものを一掃すべく点火の指示を待ってい

た。

彼は、急いで建物の影に隠れ、市長派がその場を立ち去るのをじっと待っていた。アリア

がその場に来ていないことを、祈りながら。



「・・・・・・そのときほど、自分が情けなかったことはなかったよ。」

レイドは自嘲めいた溜息を漏らし、机の上に散らかった本を取り上げた。

「俺はあの光景を、絶対に忘れない。」

彼は必死に、冷たく潮に浸る身体を掻き分けた。

服の至るところに血糊が付いたが、そんなことは彼にとってどうでもいいことであった。

極小の希望を捜し求め、レイドは彼女のないはずであろう死体を捜し求めた。

―――ない。・・・きっと・・・・・・必ず、ない。

彼はそのとき、生まれて初めて心から祈った。



「彼が報われることは、なかった。」

ファルシオンの言葉は簡単だった。だが、その表情は、言葉以上のものをシェルファーに

伝えた。



―――絶望以外の感情が、彼の頭の中には浮かんでこなかった。否、存在し得なかった。

冷たく濡れるアリアの四肢を抱きしめて。

レイドはこのときほど、運命を呪ったことはなかった。

涙は留まることを知らなかった。



「・・・シエルさん。」

ファルシオンは彼女に言った。

「どうか、彼の支えになって下さらないだろうか。レイドは、自分の生きている意味を見失

っている。どうか、彼を助けてはいただけないだろうか。」

彼女の答えは明白だった。

「もちろんです。・・・レイドさんは・・・私を助けてくださいましたから・・・。だから、必ず私が

レイドさんを助けます。」

レイドの不自然なほどに気丈な態度。彼は、ただそうやって自分の傷を隠しているのだ。

癒えることのない傷を。

それは、あまりにも辛いことだから・・・・・・



「だから、俺はこの地を去った。もう、ここには戻るまいと思っていたんだけどね。」

話しを終えて吐いたレイドの嘆息に、神官の声が重なった。

「・・・・・・そうか。」

その、低く、自嘲めいた声。

しかし、レイドにはそれがひどく素っ気なく聞こえ、そうあっさり流されてしまったことに、彼

はひどく腹が立った。地を見つめたままのヴェレヌに噛み付かんばかりの勢いで叫んだ。

「君にはわからないだろう!わかるはずがない!俺がいままでどれだけ苦しんできたの

かなんて・・・!」

「・・・・・・・・・。」

突然口調を変えた彼に、ヴェレヌは落ち着いたまなざしを向けた。その表情は、今まで彼

が見たどの神官の表情よりも無感情に見えたが、そのことがかえって彼に、言ってはな

らないことを口にさせてしまった。


「同族を・・・・・・自分の姉を殺して平然と生きていける男に、いったい何がわかる!!」



その時、彼には何が起こったのかわからなかった。

自分のすぐ目の前には、眼光するどく睨みつける神官の顔がある。

左頬には、ひんやりと冷たい金属独特の感触があり、胸元が苦しかった。

何か・・・おそらく本棚だろう・・・にぶつけたであろう腰が、じんじんと痛い。

・・・・・・その姿勢のまま、動けなかった。


一呼吸置いて、レイドはようやく、何が起こったのかを把握した。

彼は、神官によって突き飛ばされ、そのまま押さえつけられたのだ。

・・・そして、左頬には”黒いもの”が構えられている。

彼の胸元を押さえつけるヴェレヌの左手は、震えていた。

「・・・・・・私が最愛のものを殺すようなことを、すると思うのか・・・!」

レイドには、神官の言葉が理解できなかった。それは、初めてヴェレヌの声に感情が見

出せたせいもある。常に何事にも・・・自分の命に関わることにさえも、冷静な彼が、怒り

の感情をあらわにしていた。

「最愛のものを殺せるものなど・・・・・・人ではない。」

何も言うことができないレイドから身を離し、彼は左手に持っていた剣をしまった。そのま

ま身を翻し、無言のまま書庫を後にしてしまった。

押さえつけられたその姿勢のまま、しばらくレイドはその場から動くことができなかった。

打った背中が痛かったからではない。


『・・・・・・私が最愛のものを殺すようなことを、すると思うのか・・・!』


彼の脳裏に焼きついて取れない、神官の言葉。

その意味が、彼には理解しがたかった。

「・・・・・・俺は、サイ様のことを言ったはず・・・」

さまざまな考えがレイドの心中に浮かんでは消え、浮かんでは消えた。

どうやら神官戦争は、ただの兄妹喧嘩というわけではなさそうだ。





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