13.

「名前を・・・アリアと言ってね。」

レイドの瞳は、遠くの方を見つめていた。

「シェルファーみたいに落ち着きがあって、綺麗な目をしていて・・・いとおしかった。」

神官は何も言わずに、彼の言葉をただ聞き続ける。

「だけど・・・僕は彼女を守ることができなかった。」



6年前、メーレンでは革命が勃発していた。圧制に反発する民衆派と、市長派、二つの勢

力が日々衝突し、争いを起こしていた。今のメーレン市長・・・すなわちレイドの父は、民

衆派の代表であり、前市長は民衆派によってメーレンを追放された。アリアもまた民衆派

であったが、レイドの家族とは違い、彼女の家族は身を潜めるように生活していた。争い

の余波は、無力な民衆たちを襲った。


「レイドはよく、アリアの様子を見に行っていた。そしてよく彼女のために、争いの耐えな

い街なかへ使いに行っていたな。」

そう息子のことを語るファルシオンは、その頃を懐かしむような顔をしていた。


市長派と民衆派の衝突する回数も日に日に数を増し、いつ内乱となってもおかしくは無い

状態になっていた。高まる緊張に、市長派、民衆派を問わず民は疲れ、街から人々の笑

い声は絶えた。市がかろうじて機能していたので、生活に困る民はいなかったが、それも

いつまで続くかが危ぶまれていた。


まさに、内乱の日が近づいていた。


「その日、俺はいつものようにアリアの頼みで市に行っていた。市って言ったって、あんま

り人の姿は見えなかったし、自分だってこっそり行っていたんだけどね。流通してるもの

だって、ヘムンブルクの店と比べたらずっと少ないし粗末なものだった。それでも、俺たち

は必死で生きていたんだ。」


疲れは限界まできていた。ファルシオンら民衆派代表たちの会議の内容も、市長派にい

つ攻撃を仕掛けるかなどといった方向に傾いていた。レイドが出かけたその日に、民衆

派は攻撃を始める予定だった。そして彼は、そのことを伝え、ともに避難するために買物

を急いでいた。


「もう少し・・・ほんの数日、攻撃開始が早ければと、私は何度も後悔した。」


高まった緊張に耐えられなくなった市長派は、その日の昼に攻撃を開始した。

―――民衆派の民を焼き尽くすという、非道の手段をとって。


「市が急に騒がしくなったから、俺は急いで市を後にした。父から攻撃をその日の夜に行

うことは聞いていたけど、まだ日は高かったし、俺がアリアのところに行ってることは知っ

ているはずだったからね。・・・何が起こったのかは、行ってみて分かった。」


街は、真っ赤なローブに包まれたように燃えていた。吹く風が、レイドのもとに熱気を運ん

でくる。

彼は、考える前に走り出していた。

持っていたものはすべて投げ捨てて、勢いを増しつつある火の手の中へ。

「アリアーッ!!」

叫ぶと同時に熱い空気を吸い込み、思わず彼はむせ返った。

火の手が回るのは予想以上に早かった。火事に気がついた民衆は、皆盛んに火を消そ

うと水を掛けているが、収まる気配は一向に無い。通りは大混乱だった。

レイドは、来た道を疾風のように駆け抜けた。大通りへ出て、角を曲がり、脇道をまた曲

がって、路地を抜けて・・・

暑さで、吹き出した汗が彼の前髪を額に、顔に貼り付けた。

・・・しかし、彼女の家はすでに崩れ落ちていて、中にいた住民は皆、黒門(南門のこと)

へ避難したという噂が立っていた。

つまり、レイドはアリアとすれ違う形となっていた。

黒門は民衆派が集う場所だったので、その噂を聞いて彼は安心したが、急いで自分もそ

こを後にした。・・・彼の心中を、、垂れ込める暗雲のような重い何かが占めはじめていた。

火の手は、街のあちこちから上がっていた。そしてそれは、民衆派の民を徐々に黒門の

周辺へと追いやっていた。メーレンには3つの門がある。一つはリュームの樹海へと続く

光門(東門)、一つはイジュンの森の街道の伸びる黒門、そして金と銀の街キンリガカン

に通じる街道の伸びる闇門(西門)である。市長派はいち早く、物の流通の盛んな闇門を

確保し、そこを中枢として、長期戦になっても不利にならないよう腰を落ち着けたのだった

。どこを取ってみても、民衆派の方が不利であった。そのままイジュンやリュームへと追放

されれば、どうにもならない。そうやって、降伏するのを待っているのだ。

大通りへ戻ったレイドは、目の前の光景に足を止めざるをえなかった。逃げる住民たちは

、二つに分かれていたのである。

一方は、民衆派の本拠地である黒門・・・おそらく民衆派に助けを求めようと押し寄せる

人々である。もう一方は―――

人垣の動く方向から察して、群集は港に向かっていた。正確には、海に。おそらく、火を

逃れようと動いた者たちだろう。だが、逃げたとしても助かるとは限らないだろう。港には

、市長派が待ち伏せしているかもしれないのだ。

一行に収まる気配のない炎の消火に専念する人々を見て、レイドはふと、見覚えのある

顔を見出した。だがしかし、その男は確か市長派にいた。・・・男は必死にバケツに一杯

の液体を掛けていた。その様子を見て、レイドはそのバケツの中身が水なのかどうかを、

確認せずにはいられなかった。レイドは、落ちていた紙くずに火をつけて火種を作り、人

ごみにまぎれてバケツの中にそれを放り投げた。

瞬間、男の持っていたバケツが・・・いや、正確にはその中身が、炎上した。

やはり、男がまいていたのは水ではなく、油だったのだ。

男は、驚きと暑さのあまりバケツから手を離した。炎をあげるバケツは、転がり、逃げる人

々にさらに混乱を呼んだ。あちらこちらから悲鳴や叫び声が聞こえ、たちまちのうちに人

の流れは乱れた。

レイドは、人垣を掻き分けて、人のやや少ない裏通りへと抜けた。

そして彼は、迷いに迷った末、港への道を選んだ。


角を曲がる時に、レイドは「市長派」、という言葉を耳にした。立ち止まり、少しの間耳を傾

ける。

「海岸へ向かったって言うのは本当なのか!?」

「市長派のヤツラが話すのが聞こえた。間違いないだろう。早く黒門へ逃げた方が・・・・・・」

話しをそこまで聞いて、彼は全力で走り出した。そこまで聞けば、十分だった。

「アリアーッ!!」

力の限り叫んだレイドの声は、群集の騒ぐ声に掻き消された。

熱い空気を吸い込んで喉が焼けるように痛かったが、彼にはそんなことなどどうでもよか

った。

―――どうか、無事でいてくれ・・・アリア。

不安に駆られ、彼の息は・・・鼓動は、上がった。





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