12.

シェルファーが去ってから、ヴェレヌは無言で本を読み始めたため、レイドもしかたなく、彼

の邪魔をしないよう辺りの整理を始めた。しかし、はっきり言ってそこまで狭くは無い部屋

に男が二人、それも無言で本を読んだり整理したりしているのは、レイドにとっては苦痛

以外のなにものでもなかった。それでも、神官が分厚いエルフ語の本を半分ほど読み終

えるまで耐えられたのは、彼なりの努力の結果であろう。

「あ・・・あの・・・・・・」

ヴェレヌはそのまま本に見入っていた。顔を上げる気配は無い。

「ヴェレヌ・・・ちょっといいかな?」

名前を呼ばれて、ようやく彼はレイドの方を見上げた。しかしその表情に、読書を邪魔さ

れたという嫌悪の色は無い。彼はレイドの次の言葉を待つかのように、無言のままレイド

のほうを見ていた。

「まだここにいたい?俺はそろそろ上に・・・あ、自分の部屋に戻りたいんだけど。」

彼の言葉のどこが気に入らなかったのか、神官はまた視線を元に戻してしまった。それを

了解の意ととったレイドは、彼に背を向けて書庫を出ようとした。

「―――レイド。」

彼が声をかけたのは、レイドがちょうどドアの取っ手をつかんだ時だった。

「・・・・・・なにか?」

「いつまで隠すつもりだ。シエルが心配している。」

「・・・・・・。」

取っ手をつかんだそのままの姿勢で、レイドは次に掛けられるであろう神官の言葉を待っ

た。

「この街で、いったい何があった。そして、なぜ隠す。」

「何をいっているんだ?」

「写真はもう見た。だから何も知らないとは言わせない。」

「・・・見たのか。」

そうしてようやく、彼は神官を振り返る。いつの間にか、ヴェレヌは本を片付けてしまって

いた。

「話してくれる時を待っていたんだが・・・」

その言葉でレイドは、声をかけたときに嫌悪の表情を彼が示さなかったことのわけを理解

した。神官は続ける。

「自分から話す気は・・・・・・ないか?」

無言のまま、時は過ぎた。


「・・・もう、6年前に、なる。」

語りだした彼の表情は暗い。

「俺は、一人の人を好きになった・・・・・・生まれて初めてね。」

耳を傾ける神官の瞳には、不思議な光が宿り始めていた。



「レイドさん・・・どうしたんだろう・・・・・・」

シェルファーに宛がわれた部屋は、レイドの部屋とさして変わらない広さだった。そのソフ

ァに一人座って、彼女はメーレンに来てからのレイドの様子のぎこちなさを思い出してい

た。彼は、自身の生まれ育ったこの街が好きではないのだろうか。

「きっと・・・あの写真の人に関係してるのね・・・。」

そして、彼の部屋にあった机の位置と同じ場所に、視線を向けた。そこにもレイドのもの

よりも小さいが、やはり机があり、ペンと紙が置いてある。溜息をつき、のんびりと部屋を

見まわした時、誰かがドアをノックした。あわてて身の回りを整えると、彼女はドアの前に

立った。

「・・・・・・はい。」

「夜分遅くに申し訳ない。」

返ってきた声は、レイドのものでもヴェレヌのものでもなかった。それは、どことなくレイド

の父親の声に似ていた。

「ファルシオンです。・・・・・・シエル殿、少しお時間を頂いてもよろしいかな。」

そばに二人ともいないためシェルファーナは戸惑ったが、外で待たせるのは悪いと思い、

ドアを少し開けて顔を出した。

外にいたのはやはりファルシオンで、彼は夕食の席の時と変わらない衣装でドアが開く

のを待っていた。

「お休み中でしたか・・・」

「い、いえ・・・・・・」

「少し、お話をしたいと思いまして。入ってもよろしいか?」

彼女は頷いて、ファルシオンを部屋の中へ入れた。

「座ろうか。」

ドアを閉めた彼女を、彼は向かいのソファに勧めた。落ち着いてから、シェルファーは彼に

、いったい何の話をしに来たのかを訊いた。

「他でもない、レイドのことだ。」

彼は、長い溜息を吐いた。

「レイドは、君に何か言っていたかね?」

「・・・・・・いいえ。」

何について、とは言われなかったが、何のことを言っているのか彼女にはすぐわかった。

「話を・・・聞きたいと思うか?」

シェルファーは、無言のまま顔を伏せた。

「君に心配を掛けたくない。おそらくレイドはそう考えて、今まで君に何も言おうとしなかっ

たんだろう。だから私も、君が嫌だというのならば言いはしない。」

「・・・・・・いいえ。」

彼女の声は明瞭だった。

「私は、知らなくてはいけないんです。」

顔を上げた彼女の目を、ファルシオンは正面から見つめた。

「それで、君は後悔しないのかい?」

彼の視線を、シェルファーはまっすぐ受け止めた。

「私は、レイドさんに助けていただきました。だから今度は、私がレイドさんを助ける番で

す。」

知るということ。それは、時として人を凄絶な真実の中に打ち落とす。そして、出口の見え

ない暗闇を彷徨うように、真実の重さに押しつぶされてしまう。だが彼女は、導きの光は

あると、確信していた。あるいはそれを、見つけなければならないのだと。

意を決して、彼女は言った。


「教えてください。レイドさんに、何があったのかを。」





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