11.

「気づかれたな。」

レイドの案内した部屋に入るなり、ヴェレヌはそう呟いた。

「やっぱり、レンもそう思うか?」

無言で頷く神官の横顔を、シェルファーは不安そうに見つめた。

レイドは大きく息を吐くと、近くのソファに腰掛けて部屋全体をぐるっと見回した。

「そういえば、レイドさんは以前ここにいたんですよね?」

「・・・うん、まあね。」

返事をするレイドの様子が、メーレンへ向かう街道の途中で見せた彼のぎこちなさと重な

り、彼女はそのことを訊かずにはいられなかった。

「もう5、6年か。ずいぶん掃除が大変だったろうな。」

彼は軽く笑って、自身の座るソファの革を撫でる。彼の手には、少しの埃もつかなかった。

余程、メイドが丁寧に掃除をしたのだろう。そのことだけでも、彼がどれほどこの家で大切

にされているかがわかる。それなのに、なぜ彼は家を出て、ヘムンブルグに行く必要があ

ったのだろうか?

「レイドさん・・・・・・?」

彼は軽く笑って、話し掛けようとする彼女を前のソファへと促した。

ソファは彼女が思ったよりもしっかりしていて、沈んだかと思われた身体をゆっくりと押し

上げた。

「あの・・・どうして、レイドさんは、メーレンを出て行ったのですか?」

「ん・・・・・・まあ、いろいろあってね。そんなことより、シエルはやっぱり違う部屋の方がい

いよね?男が二人もいるんだし。―――ちょっと、メイドに言ってくるよ。なにか他に欲し

いものはある?」

彼は、そう言うと、部屋からさっさと出て行ってしまった。まるで、シェルファーナの言葉か

ら逃げるかのように。

釈然としない表情のままレイドの出て行った扉を見つめるシェルファー。メーレンへ向かう

途中でも、レイドは彼女の質問から逃げた。いったい、彼に何があったのだろう。

「―――シエル・・・」

レイドを問い正すことを諦めて、ソファに背をもたせ掛けたとき、ヴェレヌは彼女を呼んだ。

彼女が振り返ると、彼は無表情に机の上を見つめていた。何があったのかと、首をかしげ

てそちらへ向かうと、そこには木枠の写真立てがあった。古いものなのか、写真の色は

少し褪せており、木枠自体も陽に焼けたような色をしていた。

そして、そこに写る一組の幸せそうな男女。

「レイドさん・・・?」

「・・・おそらくな。」

顔や容姿はやや幼いが、それでもあの金髪と人のよさそうな顔付き、それに新緑を思わ

せる碧眼は、見間違えようもなかった。彼が以前ここにいた時に、撮ったのだろう。

そうすると、隣に映っている女性は、レイドの幼馴染か、あるいは―――

「レイドさん・・・・・・メーレンに来てから、ずっと何かを抑えているみたいだわ。」

その言葉を聞いて、ヴェレヌの表情に何かが現れ、そしてすぐに消える。それは憂いの情

に似ていた。けれども、シエルはまったくそのことに気づいてはいなかった。


レイドが戻ってきたのは、それから大分たってからのことだった。シェルファーナはまたソ

ファで休んでおり、ヴェレヌはといえば、窓の外の手入れの行き届いた庭をただ見つめて

いた。その二人の様子を見て、安心したように彼は机のところへ向かい、飾ってあった写

真立てを、引き出しの中にしまった。

「隣にある部屋に、しぇ・・・シエルの部屋を用意してもらったよ。片付けにちょっと時間が

かかるけど、夕飯までには部屋には入れると思う。」

「ありがとうございます。・・・れ・・・お兄様は・・・・・・」

「俺がソファで寝るから、レンはベッドを使うといい。」

相変わらず何も話そうとしないレイドに、シェルファーは戸惑いを感じていた。

訊きたいことだけれども、おそらくそれを訊かれるのはレイドにとって嫌なことだろうし、そ

れを訊くことでまた、自分もたまらなく嫌になりそうだった。けれども訊かなければ、レイド

だけに何かを背負わせているような気がして、それもまた彼女にとって辛いことだった。

結局彼女には、黙っていることしかできなかった。


晩餐の前にシエルは部屋を移り、荷物を置きにいった。

晩餐でヴェレヌの素性が明らかになることはなかったが、それでもレイドの両親の、彼に

対する丁寧な態度は変わらなかった。

そして晩餐の終わるころ、レイドの父親は息子に、彼を地下書庫に案内するように言った。

「レン殿は歴史に精通しているご様子。メーレンを出る前に、是非見ていかれるのがよろ

しかろう。」

「ありがたく存じます。」

そう言って父親は席を立ち、書斎へと戻っていった。


地下にあったのは、とてつもなく広い部屋と、そこに整然と並ぶ数々の書物だった。本だ

けではない。冊子のようなものから絵画集、事典はもちろんのこと、古い地図や著名な神

官学者の日記に至るまで、書物と呼ばれるありとあらゆるものがそこにはあった。

「す・・・凄い・・・・・・。」

感嘆の意を表す、シェルファー。それは神官もまた、例外ではなかった。

「―――よくここまで集めたな。」

彼は中のテーブルの上に広げてあった本を手にとって見る。そこには、エルフ語の優美な

文字が連なっていた。テーブルの上には埃など積もっていないし、本にもきちんと補修が

施されている。

そして、本棚の上にわずかに残された壁には、盾が掛かっている。

「以下の者を、グレード1の神官学者として認める。・・・・・・ファルシオン=フレデリクス・・・

レイドさんの、お父様ですか?」

「うん・・・父は神官学者なんだ。」

「それも、グレード1、か。」

レイドは困ったように頭を掻く。

「だから・・・正直困ってるんだけどね。気づかれてないといいんだけど・・・」

シェルファーは、おずおずとレイドにグレードのことを訊いてみた。

「ああ、シエルは神官学者について聞いたことないんだっけ?」

「ええ・・・」

「神官学者には、グレードという階級みたいなものがあって、数字が小さいほど、神官学

について詳しいということを表しているんだ。といっても、グレードは1から5までしかない

んだけどね。」

では、レイドの父親は神官学の権威とも言えるような人だということになる。

「まあ、グレード1って言う人は少ないかな。グレードは自分で名乗るものだからね。父さ

んは、自信過剰なところがあるから・・・。あの盾も、自分で作ったものなんだよ。」

「レイドさんのお父様って、凄いんですね。」

「そうでもないさ・・・・・・シエルは、どうする?部屋に戻って休んだ方がいいんじゃないか

い?」

考えてみれば、ヘムンブルグを出てから彼女は、まともに休みを取ってはいなかった。そ

れでも彼女がそれほど疲れを感じていなかったのは、見知らぬ世界へ足を踏み入れたこ

とへの嬉しさがあるからなのだろう。

レイドにそう言われて初めて、彼女は若干の疲れを感じた。

「そうします・・・・・・じゃあ、お先に失礼します。」

「お休み、シエル。」

「お休みなさい、レイドさん、お兄様。」

軽く二人に微笑みかけて、シェルファーは書庫を後にした。





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