10. 彼女にとって、町で見るものは全て新鮮だった。 そしてそれはなにも、扱っている品物に限ったものばかりではない。 当たり前のような人々の生活の様子も、彼女の目を楽しませた。 「あ、あれが船なんですね?」 シェルファーの声に、レイドとヴェレヌは彼女の指した海の方を見る。 そこには、2雙の大きな船が停泊していた。帆の先には、旗が海風を受けて激しくはため いていた。 「ちょっと聞いてくるよ。」 レイドは二人にここをあまり動かないようにと伝えると、港まで走っていってしまった。 「あの・・・レンさん。」 「店でも見てみるか。」 「えぇ・・・それから、あの・・・」 少しばかり頬を赤らめて、シェルファーが続ける。 「”お兄さん”てお呼びしてもよろしいでしょうか?」 「―――仕方がないだろう。私がそう言ってしまったのだからな。」 「はいっ。じゃあ、お兄様、参りましょうか。」 そして自分の手を引きながら、喜んで先に店に入っていく彼女の姿を見て、ヴェレヌはふ と、サイのことを思い出していた。 「この世界では、兄妹として振る舞った方が、活動しやすいわ。」 神官として、この世界を守ると決めたとき、何を思ったのかサイはそう言った。別に私には どうでもよかったが、なぜ私より年上の彼女が妹になったのかは未だに謎である。 「そうだな・・・・・・なんにしても、この世界にこれ以上迷惑を掛けるわけにはいかない。我 々で、奴の侵入を食い止めねばならん。」 こう答えたことを、私は今も覚えている。 ・・・それなのに。 ヴェレヌはシェルファーの声によって、現実に引き戻された。 「お兄様見て、とても綺麗。」 彼女が見ていたのは、貝細工だった。白や薄紅の貝の表面に、精緻な細工が施されて いる。彼女が手にとって見ていた貝には、横向きの女性の顔が彫ってあった。その顔が、 どことなくフェルディーンに似ていることに、彼女はおそらく気付いてはいない。 「外套留めだな。」 「そうなんですか。・・・でも本当に綺麗。」 ヴェレヌはその時になって、彼女に金銭を持たせていなかったことを思い出した。セレナ に用意してもらった荷物は、レイドとヴェレヌが手分けして持っていたのだ。 「欲しいのか?」 「・・・え?」 「すまんが、これをくれ。」 彼は驚いた様子のシェルファーの手から、貝細工を取って店の主人に見せた。 「5000リンにまけとくよ、旦那。うらやましいねぇ。」 店の主人の言葉に、気まずそうに顔を見合わせる二人だった。 「船は、昨日ラムドを出たらしい。」 レイドが戻ってきたのは、ちょうどその時だった。 「そうか。では、明後日には着くな。」 「ギリギリだけど・・・仕方がない。あれ?シエル、その外套止めは?」 ふと、彼はシェルファーの手元にある貝細工に気が付いた。 「私、お金持ってなかったから・・・」 「だったら俺が買ったのに。一歩遅かったな〜」 陽気なレイドの態度に、彼女は少し俯いてしまった。 「では、そろそろ行こうか。」 「そうだね。・・・シエル、どうしたの?」 不思議そうな顔をする彼に、彼女は慌てて顔を上げる。 「なんでもないですよ、レイドさん。」 「こっちだ。」 レイドに案内されてたどり着いた所は、白い大きな屋敷だった。塀は高く建物を囲み、更 に高い門が侵入者を拒んでいる。 レイドが、門に吊されていたベルを鳴らすと、先ほどの女が門の横にある扉を開けた。 「レイドちゃん、お帰りなさい。御主人様がお待ちですよ。」 女に案内されるままに、三人は屋敷の中に入っていった。 玄関ホールにかかる螺旋階段を上り、赤い絨毯の敷かれた廊下を歩いた突き当たりに、 書斎とおぼろし き部屋へと続く大きな扉があった。女はドアを叩かずに、レイドを扉の前 に勧めた。ノックをして入った部屋には、大きな机と机が中央に、本の敷き詰められた 本 棚が壁を埋め尽していた。天井からは、豪奢なシャンデリアが部屋を明るく照らし、落ち着 いた色のカーテンは、退屈な空気に彩りを添えていた。 仄かに暖か い部屋には人影が二つあり、ひとつは椅子に、ひとつは机の隣に控えてい る。いずれも顔付きはレイドによく似ていたが、主人とおぼろしき椅子に座った男は、 レ イドと違って艶やかな黒髪を後ろに結っていた。 「父上、只今戻りました。」 「よく戻ってきたな、レイド。ガルシアは今街に出かけているよ。リサからお前が戻ってい ることを聞いて、急いで夕食の材料を買いに行った。・・・そちらの お嬢さんかね?」 「・・・父さん?」 「名前はなんと言うんだい?」 レイドの困惑した様子を気に掛けず、彼はシェルファーに声を掛ける。 「し・・・シエル=ディグラーと申します。この度はお世話になります。」 「いやいや、こちらこそ、放蕩息子を貴女のようなお美しい方にもらって頂いて。お礼をし なければならないのはこちらの方だ。」 レイドの父親は、三人が止める間もなく話を勝手に進めていた。隣に控える、弟・・・レイド よりも若く見えるため、弟なのだろう・・・は、微笑を漏らしているが、笑いをこらえているよ うにも見えた。堪らなくなったレイドは、会話を割って父親に話しかける。 「父さん・・・・・・もしかして、わざとやってるんですか?」 その彼の言葉に、向かいの二人は声をあげて笑った。 「いや、失礼、失礼。お前が連れてきたのが、あまりにも素敵なお嬢さんだと聞いてな。つ い、そう言ってみたくなったんだよ。親心というのかね。」 言ってまた、含み笑いを漏らした。 「でも、兄さんよりもレンさんの方が似合っているようですよ。」 父親に同意を求めたのは、レイドの弟だった。その二人の意見にあきれて、彼は溜息を 吐いて肩を落とした。 「お変わり無いようで何よりです・・・。」 「お前も相変わらず、冗談が通じないな。」 和んだその空気に、シェルファーは顔をほころばせた。 「そちらは、シエル殿のお兄様と伺っているが・・・」 今度は神官を見て、そう声をかける。 「レン=ディグラーと申します。この度は、私と妹がお世話になります。」 彼は挨拶をして、滑らかな動作で一礼した。頭を下げただけだったが、その洗練された動 きに父親は目を見張った。 「とにかく今日は、ゆっくり休むがよろしかろう。これからの予定は、明日伺いましょう。」 そう言って、彼は視線をヴェレヌとシェルファーの2人に巡らせ、席を立つ。その彼の言葉 の変化に、ヴェレヌはなんとなく気がついた。 「狭い部屋で申し訳ない。用があれば何なりと私にお申し付けください。」 「・・・父さん?」 「レイド、部屋を案内して差し上げなさい。」 もしかすると、父はレンが普通の人ではない・・・・・・あるいは神官であることに、気がつ いてしまったかもしれない。 内心そう心配しながら、レイドは二人を連れて部屋を出て行った。 |